あいだのはなし4 レオンとミシュ
朝早くから六月の空に高く昇った太陽は、ぎらつきながら長い時間を掛けてのろのろと進み、やっと山の端に近付いた。その夕方の橙色の光を浴びて、ネルント開拓村の道を村長の息子であるレオンが顔に汗を流して早足で歩いている。熱をもった顔は日の光も照り返して髪の色に負けないほどに赤くなっている。
山に囲まれた盆地にあるこの開拓村の夕闇は、平地よりも少し早く訪れる。レオンはまだ明るいうちにと、村の各家を訪れては戸口から顔だけを覗かせて何かの声を掛け、また次の家に急いで向かっている。その後ろを恋人のミシュが懸命に追い掛けながら、詰まらなそうに声を掛けた。
「レオン、ちょっと待ってよ。この暑いのに、歩くのが速すぎよ。お話ししながら行きましょうよ」
「いいけど、もうちょっと急いで歩いてくれよ。全部の家を回る前に、真っ暗になっちゃうよ」
「まだ陽はあるわ、ゆっくり歩いても大丈夫よ」
「いいから。他にもやることはあるんだ」
振り返りもせず素っ気ないレオンの返事に、ミシュは頬を脹らませ、口を尖らせた。
「こんなに毎日毎日、全部の家に声を掛けなくても大丈夫よ。『農具を夜露に曝すな、家畜小屋も戸締りをきちんとしろ、火の始末に気を付けろ』って、みんな子供じゃないんだから、わかってるわよ。それより少しは私の話も聞いて欲しいわ」
ミシュが不満たらたらの声を零すと、レオンは漸く足を止めて振り返った。
「そうやって油断をした頃が危ないんだ。兄さんは毎日きちんとやってたんだ。俺にだってできるところを見せるんだ」
ミシュは今度はくすくす笑いながら近付くと、レオンの手を握った。その手を両手で包みながら顔をレオンの耳に寄せると、嬉しそうに囁いた。
「……村のみんなが笑ってたわよ」
「何だって?」
「『レオンは、真面目っぷりがケンにそっくりだ』って」
「う、煩い!」
レオンが朱に染まった顔を慌ててミシュから離した。それでも二人の手は繋がったままだ。
「『喋り方もケンに似て来て、びっくりしちゃう』って。『ケンがもう領都から帰って来たのかと思った』って言う人もいたわ」
「そんなの、錯覚だ。似てなんかいない」
「時々、物見台に上がって村を見回しているのもみんな知ってるわよ」
「……べ、別にあいつを真似してるわけじゃないからな」
「はいはい」
「もう、いいから行くぞ」
そう言うと、レオンはミシュの手を引っ張って、また歩き出そうとした。
「ちょっと待ってよ」
「いいから来いよ」
髪色と同じぐらいに赤い顔を隠すように、レオンはミシュより一歩先を前を向いて歩いていく。
ミシュはレオンに強く握られた手を握り返しながら尋ねた。
「なんで、こんなに頑張ってるの?」
「村長の息子なんだから、当たり前だろ!」
「ふふーん、違うわね。当ててあげましょうか」
「何だよ、言ってみろよ」
「ケンに安心してもらいたいから、村のことを心配せずに領都で頑張ってもらいたいから、でしょ」
「ち、違う!」
レオンは焦ってミシュの手を放し、両手の拳を握り締めて顔を強く左右に振って叫んだ。
「馬鹿を言うな! あいつが今度帰って来た時に、『どうだ、俺の方が父さんの跡継ぎに相応しかっただろう』って胸を張って自慢してやるんだ!」
「はいはい。もう、本当に素直じゃないんだから。あ、待って、走らないで!」
「煩い、一緒に来たかったら早く来い!」
レオンは少し走ると立ち止まって振り向いた。
西の空はもうレオンの髪と同じ色に染まっている。ミシュが追い付くと二人はまた手を繋ぎ、何かを話しながら夕焼けの村の道を歩いて行った。




