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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
幕間

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115/119

あいだのはなし1 フェリックス・ヴァイツ

 ユーキがピオニル領に向かって王都を出発する数日前の事である。



 ヴァイツ伯爵はヴィンティア王国東部にある自領の館にいた。

 彼の領は伯爵領としては広くはないが、平地に恵まれ、農業が盛んで豊かである。また彼自身が妻と子供に恵まれてもおり、そのことを神と豊穣の精フローラに感謝している。

 愛する妻との間には四人の子供がいる。そのうちで継嗣の長男はこの領都で自分の片腕として辣腕を揮っている。次男は王都のヴァイツ家の館を取り仕切り、他家とのやり取りをそつなく(こな)している。三男も頭が良く、自分の秘書として働かせている。年齢も二十歳を暫く前に越え、いずれは他家に婿入りさせ、自家との繋ぎをさせるつもりだった。

 齢の離れた末娘は王家の王子達の婚姻相手とも目されているが、本人はスタイリス王子は気に入らぬようで、あまり王都には行きたがらない。将来のことを考えて他家の貴族に慣れさせるために命じて社交界に行かせてはいるが、伯爵としても、王家の者とはいえ浮名が絶えないスタイリス王子や、彼に頭が上がらないクレベール王子には可愛い一人娘はやりたくない。時が来れば、どこかの優しい貴族の正妃として嫁がせられれば良いと思っている。王都では近衛勤めの変わり者の従弟が見張ってくれているから、変な虫は付かないだろう。


 それはさておき、ヴァイツ伯爵は今は自分の執務室の椅子に座り、国王の要請を伝える宰相からの書簡を大きな机に広げて物思いに(ふけ)っていた。

 事は三男のフェリックス・ヴァイツに関わる。書簡を受け取ったのは一昨日であったが、伯爵は昨日一日を掛けて慎重に考慮した末に、今日、フェリックスを自室に呼んだ。

 待つこと暫し。


「ユークリウス殿下、か……」


 そう伯爵が呟いた時に、トントントントンと続け様に扉が叩かれた。この(せわ)し気な叩き方は、フェリックスのものだ。「入れ」と伯爵が命じるのも待ち遠しそうに扉が開き、フェリックスの小さな姿が現れた。この一家は伯爵も含めて全員その背が低いが、中でもフェリックスは際立って小さい。女子の中に入っても埋もれてしまいかねないほどである。

 だが小さいのは体付きだけで、気弱くはなく自信と誇りに満ちている。


「父上、お呼びでしょうか」

「おお、フェル、来たか。まあ座れ」

「はい」


 伯爵とフェリックスは向かい合って座った。薄茶色の髪と瞳、顔付きも良く似た二人である。伯爵は、きょうだいの中でも一番自分に似たこの息子を取り分け可愛がっており、また心配もしている。


「父上、何用ですか?」


 親子の気安さか、伯爵が腰を落ち着けるのも待たずにフェリックスが尋ねた。


 伯爵は内心で顔を(しか)めた。自分も気が長い方ではないが、フェルは輪を掛けて短い。外へ出れば礼儀作法はきちんとしているので大丈夫だろうが。

 心配は押し隠して、かねて命じていた懸案処理について尋ねた。


「ナアト村とコル村の水争いは、どうなった?」

「はい。昨日、兄上と共に現地で両村の村長の話し合いに立ち会いました。穀物・野菜・その他の順に水を両村が交互に取り、またそれも一度に全量を取らず、三分の一ずつ順番に取ることで、どちらかの村に水が偏ることをできるだけ避ける、分水弁を動かす際には必ず両村の代表者が立ち会うという、私の案でまとまりました」

「そうか、穏便に収まって良かった」

「はい。まあ、ごく普通の処置です。合意するのにこれほど時間が掛かるとは思いませんでしたが。この程度は自分たちで何とかして欲しいものです」


 フェリックスは胸を張って答える。その姿を見ながら、伯爵は穏やかに応えた。


「普通のことでも、他からでなければ折れられぬという感情は誰しもあるものだ」

「私には理解できません。簡単なことだと思うのですが。今回も、兄はこの話に入る前に両村村長と、両村のこれまでの因縁や婚姻関係やら、大昔の飢饉を共同で乗り切った時の話やら、長々と雑談をしておりました。無駄なことです」

「だが、結局は丸く収まったのであろう」

「雑談が必要な理由がわかりません」

「人とはそういうものだ。頭が話を受け入れる前には、心の準備が必要なのだ」

「私にはわかりません」


 フェリックスは両手を拡げて掌を上に向けて首を振って答えた。

 こういうところだろうな、と伯爵は息子の不満そうな顔を見ながら心の中で頷いた。


「そうか。まあいい。それより、今後も水不足には備えさせんとならんな」

「それですが、話が纏まった後に、農閑期に溜池を掘って旱魃に備えるように両村に提案しました。今年の雨季には間に合いませんが、来年からは役に立つでしょう。あの地は勾配と地質のために川の水が細りやすいですが、雨量そのものは少なくありません。水を留める工夫をすれば、干害とは縁が切れると考えます」

「そうか」

「それで、溜池を掘るための工事ですが、村人だけでは工数が足りないと思います。傭兵ギルドから人手を雇う必要があると思いますが、両村共に資金が足りないでしょう。そこで貸し付けを行っては如何かと思います。村が発展しますし、利息も得られます」

「そうだな。良いだろう。だが、予算の半分はこちらで負担し、もう半分は無利子での貸し付けとしよう」


 伯爵の言葉にフェリックスが目を丸くした。


「何故ですか? 村のためのものであれば村人が金を出すべきですし、金を貸すのであれば、当然利息を取るべきだと思いますが」

「いや、全額負担、その上に利息まで取られるとなれば、村人の中には躊躇する者も出るだろう。干害は恐ろしいが、すぐに来るかどうかは知れないものだ。それに備えるために大きな負担を負わねばならないとなっては、理不尽に思う者も出る。そのようなことで村の中に不和が生じるのは良くない」

「……はあ」

「それに、溜池が出来れば干害以外の時もこれまでよりも水を潤沢に使える。収量も上がるだろう。そうすれば豊かになり、やがて税収も上がる。それが仮にこちらが負担した額以上にならなくても、村民の安心感とこちらに対する信頼が得られるだろう。それを考えれば安いものだ」

「そういうものでしょうか」


 フェリックスが眉根を寄せるのを見て、伯爵は声を強めた。


「お前は少し目の前の利に聡すぎる。世の中には理と利だけでは得られぬものもある。少し長い目で物事を考え、人の心を(おもんばか)るようにしてはどうだ」

「気を付けます」


 フェリックスの顔が表情を失い、瞳から光が、そして返事をする声から抑揚が消えた。

 伯爵は、やはりな、と思った。自分の言葉はフェリックスの心の耳には届かなかったようだが、まあ仕方が無い。それはこれからのことになるだろうと、伯爵は本題に移ることにした。


「それはそれとして、お前は内政に明るい。いつも感心しているぞ」

「有難うございます」

「農事にも明るいな。兄たちもいつも褒めておる」

「有難いですが、お褒めがすぎると、(くすぐ)ったいというか、体が(かゆ)くなるというか……」

「まあ、そう言うな」

「御用はそれですか?」

「いや。実はな、王都から知らせがあったのだが、ピオニル子爵が一時の間、廃爵となる」


 フェリックスがぴくりと動き、目に光が戻った。他家のこととはいえ大事件だ。貴族なら敏感になるのは当然だ。


「ピオニル領で騒ぎがあったという噂は、本当だったのですね」

「そうだ。詳しいことはここでは言わん。それで、あの領の臨時の(まつりごと)をユークリウス殿下が御執りになられる」

「そうですか。大変に真面目な方と伺っておりますが。お若いのに、御苦労なことです」

「そうだな。大変だろう。だが、王族が若くから難事に当たる経験をされるのは、国にとっては良いことだと思う。御本人には申し訳ないがな」

「まあ、国のための御苦労なら、王族の御本分でしょう」


 ()も当然、王族も国の政治装置の一部と言わんばかりのフェリックスの気軽な言い様に、伯爵は苦笑が零れてしまうのを堪え切れない。予想通りではあるのだが。

 力強く頷いて言葉を返す。


「そうだ。それを手伝うのが貴族の本分であるようにな」

「……何だか、雲行きが怪しくなってきた気がするのですが。本題は何でしょうか?」

「うむ。相変わらず察しが良いな。嵐だ」

「嵐?」

「フェル、ユークリウス殿下の政を補佐せよとの陛下の御命令だ」

「陛下が? 父上に? あの遠い子爵領へですか?」

「いいや、お前だ。お前を直々に御指名だ」

「なんでまた」


 フェリックスの眼が丸くなった。国王から声が掛かるのも、他領への武者修行も全く予期していなかったのだろう。伯爵自身にとっても予想外だったのだから無理もない。


「そうだな。一つには、お前が内政に明るいという評判が、陛下の所まで届いているということだろうな」

「私など、まだまだだと思うのですが……」

「そうだ。お前もまだ若い。それが恐らく二つ目の理由だろう。領主のユークリウス殿下御自身が二十歳にもなられぬお若さだ。年嵩の者相手では抑え切れず、勝手なことをされる恐れがある」

「ピオニル領の騒ぎ自体、子爵の若さが原因の一つであったようですね」

「そうかも知れんな。三つめは、貴族の派閥を考えられたのだろう。ユークリウス殿下は陛下の嫡流ではない。側近の貴族は殆どいない。マルガレータ殿下、マレーネ殿下の御実家も王家を(はばか)って派閥活動は控えている。近しい貴族家で候補者が見付からなかったのだろう。かと言って、例えばスタイリス殿下に近い貴族を送れば……」


 伯爵が言葉を呑んだ。王族の悪口や、それに近い言い種は憚られる。だがフェリックスはその続きをずけずけと口にした。


「足を引っ張られますね」


 伯爵の顔に苦笑いが浮かんだが、他に誰が聞いているわけでもない。窘めることはせず話を続ける。


「そこへ行くと、我が家は派閥色が薄い。一応、ミンストレル宰相閣下の派閥に属してはいるが、実際には活動しておらず中立だ」

「確かにユークリウス殿下の足を引っ張る理由はありませんね」

「我が領は安定しており、お前を外に出しても問題無い、というのもある。儂が断る理由は無かろうと言うことだろうな。それやこれや、そして最後に……」

「まだあるのでしょうか?」

「お前のことも鍛えてやろうという、陛下の御厚意だろう」

「それを言われますと、お断りし難いですね」

「どうする? 断るか?」

「断れるのですか?」

「難しかろうな。だが、どうしても嫌なら、何とか理由を(こしら)えよう。陛下の覚えは悪くなるかもしれんが」


 伯爵の言葉は探るような口調だったが、フェリックスは胸を張って答えた。


「いえ、それには及びません。お引き受け致します」

「そうか。多分そう言うとは思ったが」

「ええ。自分の力を確かめる好機ですから。お若い殿下に領政は無理でしょう。王族方を助けて差し上げるのも、貴族籍を持つ者の務めでしょうし。真面目な方のようですから、私が思う存分力を揮っても邪魔はされないでしょう」

「殿下を立てるのは忘れんようにな」

「はい、心得ております。子爵領程度のことです。仕事をお任せいただけさえすれば、業績は殿下に差し上げますので」

「……では、いろいろと準備があるだろうから、取り掛かれ。陛下には、儂から受諾の返事をしておく」

「はい、では失礼します」


 伯爵は自分の言葉の半ばでフェリックスがもう立ち上がり、せかせかと返事をして胸を張って早足ですたすたと出て行くのを見守った。

 宰相からの書簡にあった国王陛下のお言葉をフェリックスに伝えるのは差し控えたが、それで良かったかどうかは難しい。言えば反発して引き受けなかったかもしれない。だが、言わなかったことで、ユークリウス殿下との間で軋轢が生じるかも知れない。


 書簡にはこのようなことが書いてあった。


「予の見るところ、其方(そち)の息子のフェリックスは有能だが、『理』と『知』が勝ちすぎ、『義』や『情』がやや欠けている。それは頭では学ぶことが出来ず人と人との間での経験でしか得られないものだ。ユークリウスは民への愛が強い男だ。補佐としてユークリウスの業を助けながら、自分に欠けているものが何かを学ぶ機会とさせれば良かろう」

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