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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第五章 旅立ち

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第百十二話 知らせ

王国歴223年6月(ケン19歳、ユーキ18歳、菫13歳、ノーラ20歳)


 菫が国王の許しを得てユーキと婚約しさらにリュークス伯爵家の養女に迎えられたという知らせは、花園楼にもテレーゼ・コルネリア王城侍女取締によって、国王の褒美と共に(もたら)された。

 さらに、ユーキの母、マレーネ王女からもクーツが(つか)わされた。こちらは内々にではあるが、結納の品々持参である。もう前々からマレーネが準備を命じて万端整えさせてあったらしい。


「薄様、椿様。殿下は御自身が来るという言葉通りにできなかったこと、深くお詫びして欲しいとの仰せでした。真に申し訳ございません。あまりの御多忙でして、いつになるかわかりませんが、機会があり次第、必ずお礼に来られるとのことです」

「いえ、それよりも肝心(かなめ)の、国王陛下とお家から菫のことのお許しを得られるという、大切なお約束を殿下は果たしてくださいました。楼一同、心より感謝いたしております。御領地入りを目前にしたお忙しいお体、どうぞお気になさいませぬよう、お伝えください」

(しか)るべく、承りました。それでは結納の品々、どうぞ幾久しくお納めください」

「有難うございます。謹んでお受けいたします。どうぞ末永く、菫をお願いいたします」

「確かと承りました。時に、マレーネ殿下からの、内密のお話があるのですが……」


「……」


「……いや、あれはちょっと」

「そこを押してのお願いでございます。何卒」

「……考えさせてください」

「よろしくお願い致します」



 クーツが帰った後、広間に山と積まれた華やかな品々を柏を始めとした若衆たちが整頓する中を、菖蒲や他の禿たちが興奮して跳び回っている。


「すごーい。さすがユー様んち、質も量も桁違い!」

「本当だね!」「すっごく綺麗!」「可愛いのが一杯!」


「菖蒲、静かにしろ。お前らもちょろちょろすんじゃねえ。蹴飛ばしでもしちまったら、婆様にどやされるぞ。あっちへ行ってろ」


 柏が叱り付けて落ち着かせようとしても、菖蒲は跳びはねるのを止めようとしない。


「大丈夫、大丈夫。そっちも見たいしあっちも見たい。あ、足に当たっちゃった。えへへ」


 蹴り転がした結納飾りを拾って誤魔化し笑いしていたところに、いきなり襖が空いて薄が入ってきた。顔の笑いを凍り付かせた菖蒲をぎろりと見ると、冷酷に言い放った。


「菖蒲、ちょっと私の部屋へ来なさい」

「婆様、ごめんなさい。許して。えへへ」

「来なさい」

「お願い」

「いいから……」


 有無を言わさず首根っこを薄婆に掴まれ、片手に飾りを持ったままで「えへへ」と顔を引き()らせながら引き摺って行かれる菖蒲を見て、他の禿たちは首をすくめて震え上がる。

 柏も「あれは治りやしねえよ。無理だろ……」と呆れて見送った。


------------------------------------


 カウフマン商会では、商会主のノルベルト・カウフマンが外出から戻るなり、娘のノーラを呼んでいた。


「ノーラ、ピオニル領の領主が交代になるらしいぞ」

「父さん、本当? どういうこと?」

「今朝ギルドへ行ったら、噂になっていた。どうも領主が罰せられて、交代させられるらしい」

「じゃあ、ケンたちの訴えが通ったのね? 良かった……」

「多分、そうだろうな。新領主にはユークリウス王子が就くらしいぞ」

「そうなんだ。ユークリウス王子って、カチカチの堅物だって噂だよね。ケンたち大丈夫かなあ」

「頼むから、言葉には気を付けてくれ。わからんが、とにかく、早いうちにまたピオニル領へ、ネルント村へ行けるようにしよう」

「うん。次から気を付ける。村の人たち、どうか亡くなったり怪我したりしていませんように」


------------------------------------


 国王の御裁断を携えた使者が主街道を通ってピオニル子爵領へ、ネルント開拓村へと急ぐ。道中、ローゼン大森林の側も通り過ぎて行く。その様子を(さと)ったアリエッタがローゼンに話し掛けていた。


「ローゼン、ローゼン、あの子、領主様に御出世してこっちの方に来るみたいね」

「それがどうしたの? 子爵領の領主ぐらいじゃ、ユーキには出世のうちに入んないでしょ」

「そんなことわかってるわよ。違うわよ、大事なのは、こっちの方へ来るってことよ」

「それが何か?」

「飴、持ってくるわよね?」


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 数日後、国王の使者はようやくネルント開拓村に到着した。

 既に衛兵長から、監察団は村からの訴えの正当性を確認して帰都したと伝えられてはいたが、御裁断がどうなるかと村長を始めとして村の全員が気を揉んでいたところだった。

 さすがに今回は、使者をフォンドー峠で誰何して止めたりはできない。衛兵長からの早馬の知らせを受けて、村長自らが麓のフーシュ村で出迎え、開拓村へと案内した。


 村長の家で村の主だった面々一同が平伏する中、使者は御裁断の結果を告げた。


「村長、訴人以下、一同揃ったか?」

「はい、揃いましてございます」

「うむ。では申し渡す。畏れ多くも国王陛下にあらせられては、今回の()の方らからの訴え及び領主、代官との衝突に対し、以下の御裁断を下された。謹んで聞くように」

「ははっ」

「ひとつ、税率に関する訴えについては訴人に理由あるものとする。既存の契約書を有効と認め、税率等の税の変更は無効とし、一切を従前に戻すことをピオニル領領主に命じる。ひとつ、領主と事を構えんと、村民一同が紛争の準備をし代官との闘争に及んで死者を出した事、誠に遺憾であり厳しく叱り置くものである。しかしながら、該代官により不当なる暴力を受けた事、および該代官が領内諸所にて粗暴の振る舞いを繰り返していた事に鑑みると、幼き者たちを守らんとの思いには汲むべきものがある。前領主も領政不行き届きについて代官の所業を理由として罪一等を減じられた事を考慮し、この件については今回に限り罰せぬこととする。なお、前領主は交替を命じられたため、納税及び今後の村政については新領主に従うこと。御裁断は以上である」


 使者が告知し終わると、聞いていた村人たちが互いに顔を見合わせた。囁きを交わし始めてざわつきが広がるのを村長が「皆、静かにしろ」と制してから、使者に恐る恐る確認する。


「あの、ということは……」

「簡単に言えば、お前たちの全面勝訴だ。税は元通り、罰は無い。良かったな」


 それを聞いて、村長たち一同は一斉に顔を上げて使者を見た。


「は、はい。お使者様、お蔭様を持ちまして、有難うございました」

「私に礼はいらぬ。国王陛下に感謝することだ。それと監察団の王子殿下の方々にもな」

「はい。あの、新領主様にはどなた様が?」

「王大甥ユークリウス・ウィルヘルム・ヴィンティア王子殿下であらせられる。領都には、約一週間後に赴任される御予定と伺っている。お前たちも存じておろうが、真面目な優しいお方だ。期待していると良い。それもまた陛下のお心のお蔭だな」


 もう村人たちの喜びの声は止まらない。「良かった。おい、聞いたか、もう大丈夫だ、良かった」と互いに肩を叩き、抱き着き合う。涙を流し始める者もいる。村長も涙声で使者に応えた。


「はい。国王陛下と王家の皆様のお蔭様をもちまして、我々はこれからも平和な暮らしを営めます。皆、国王陛下に万歳三唱だ!」

「おう!」

「国王陛下、万歳!」「万歳!」「万歳!」


 万歳は三唱で終わらず延々と続く中、使者はケンを呼んだ。


「ケン・ファジアと申す者はおるか?」

「俺です」


 ケンは使者の前に進み出た。自分には別に処分があるのだろうと緊張する。


「これを」


 使者は小さな書簡を差し出した。


「新領主となられるユークリウス殿下から言付かってきた。個人的な書簡とのことである。返事は、こちらに来られてから直接聞くとのことであった。確かと渡したぞ?」

「はい、有難うございます」


 処分ではなかった。書簡を受け取ってケンは大きく息を吐いた。肩に入っていた力と心に張り詰めていた覚悟が緩んでいくのがわかる。

 ケンは書簡を押し頂いたが、個人的なことなら今読むべきではないだろうと、衣嚢(ポケット)に入れた。


「では、以上で全てである」

「お使者様、真に有難うございました」


 村長が涙ながらに礼を言い、歓喜の声が続く中を国王の使者は帰って行った。



 その日、村はお祭り騒ぎになった。村長の家やマーシーの家、その他あちらこちらに集まって村人たちが(うたげ)に興じる。ニードとの戦いを指揮したケンは引っ張りだことなり、宴から宴へと連れ回された。

 戦いに参加した連中がケンの肩を抱きかかえて戦いを振り返り、ケンの指揮を褒めそやす。他の者も、口々にケンを讃えて感謝の言葉を雨のように浴びせる。自分では酒を一口も飲んでいないのに、人々の熱気に当てられて頭がくらくらとして何も考えられない。

 日が落ちる頃になってようやく皆の目を盗んで一人になると、ケンは(のぼ)せた頭を冷やそうと久し振りに塔に登った。


 薄暗がりの中、一段一段を手と足で確かめながら梯子を登り、登り切ると(やぐら)に座り込んだ。月は昇っておらず、まだ残る薄暮の明りで微かに見える村や畑、そして草原や山の方を眺めた。


 ここに登るのはこの前、ユークリウス殿下と話をして以来だ。

 あの時は、ニードたちとの戦いを振り返り、戦闘報告として纏めることで頭が一杯だった。今はもう、考えなければならないことは何も無い。

 家々から洩れてくる村人たちの喜びの声や笑い声に混じり、遠くから小さく、季節外れの黒狼の遠吠えが聞こえる。このところは戦いのことで頭が一杯で、畑仕事や害獣の出没には気が回っていなかった。各家の家畜小屋はきちんと戸締りをしているはずだが、勝訴の喜びで気が緩んでいる者もいるかも知れない。後で確認に回ろうか。いや、こういう仕事もレオンに一緒にやらせて憶えさせないと。


 そこまで考えて、ケンは首を振った。

 俺がどうこう言うべきじゃない、あいつは村長になるために自分で頑張っている。俺なんかが口出ししちゃいけない。俺はあいつを突き放したんだ。もう、あいつに何かを言える立場ではない。

 頭に浮かんだレオンの顔を振り払おうとして、ケンは昔からのことを一つ一つ思い出した。



 村長に連れられて初めてここに登った時のこと。

 黒狼と銀鹿の闘いを見詰めた時のこと。

 レオンを連れて一緒に登った時のこと。

 村長が実の父でないと知って、一人で登った時のこと。

 レオンに下から呼び戻され、実父の危篤を知らされた時のこと。

 マーシーに習って剣術の修行を繰り返した時のこと。

 そして村の危機とニードとの戦い。


 今はもう、考えなければならないことは何も無いとまた思い返し、自分自身が可笑しくなり、少し寂しくなった。

 これから俺は何をするのだろう。もうここには戦いはない。俺はここで何をすればいいのだろうか。


 また黒狼の声が聞こえる。繰り返し繰り返し、人の名を長く叫ぶような声は、遠くから俺を呼んでいるようにも聞こえる。急に吹いてきた季節外れの北風に乗り、さっきよりも大きく聞こえてくる。風の精霊(シルフ)が俺に聞かせようとしているのだろうか。

 遠吠えに耳を傾けていると、ユークリウス殿下の顔とここで話した事が頭に浮かんできた。


『ケン、君はここで何をしたい?』


 殿下の言葉が頭の中で何度も響く。

 俺は何をしたいんだろうか。どこで何がしたいんだろうか。


 そこまで考えて、ケンは衣嚢(ポケット)の中の殿下からの書簡のことを思い出した。

 空は既にとっぷりと暮れた。星明りだけの中、まだ続く黒狼の遠吠えを聞きながら、塔を降りて自分の小さな部屋に戻った。暗闇の中で灯りを点け粗末な机に向かって座り、書簡を取り出して作業用の小刀で静かに封を開く。


 一枚切りの便箋を両手で持ち、そこに流れるような文字で書かれた短い文をケンは何回も何回も読み返した。


「ケン、領都に出てきて私の下で働いてくれないだろうか。君の村だけではなく領全体を守ることに、君の力を貸して欲しい。 ユークリウス」

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