表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第五章 旅立ち

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

101/105

第百話 報告

前話同刻


 ユーキは国王の命を受けた後は、クルティスを供に、シュトルツを駆って急いで帰った。帰り道の途中にある祖母の邸に寄り、臨時領主に任じられたことを報告してからの帰邸である。


 玄関ではアンジェラが出迎えた。


「お帰りなさいませ、坊ちゃま」

「アンジェラ、ただいま。母上、父上はいる?」

「はい。お二人揃って、執務室にいらっしゃいます。お客様とかはいらっしゃいませんので、伺われても大丈夫だと思います」

「有難う。クルティス、クーツに話をして準備を始めてくれないか? 僕は二人に報告してくる」

「はい、ユーキ様」

「では、いってらっしゃいませ、坊ちゃま」


 頭を下げたアンジェラに送られ、ユーキが両親の執務室に向かう。その姿が見えなくなる頃を見計らい、アンジェラは頭をがばっと起こしてクルティスを見た。ユーキの『準備』『報告』という言葉への期待で、その眼が物陰から獲物を狙う猫のように光っている。

 が、クルティスが顔を素っ気なく横に振るとその光は瞬時に消えた。鼠の玩具を取り上げられた猫のように肩も首もがっくりと落として「まだなの、坊ちゃま……」と苛立たしそうに呟き、とぼとぼと足を引き摺って持ち場へ戻って行った。



 ユーキは両親の執務室の扉を叩いて「私です」と声を掛けて中に入った。

 奥の窓を挟んで向かい合って置かれたそれぞれの机で、二人は書類の処理をしていたらしい。ユーキが入ると二人ともこちらを向いた。


「あら、ユーキ。早かったわね。お疲れ様」

「ユーキ、午前中は大活躍だったようだな。陛下の御用はもう済んだのか?」

「はい、済みました。母上様、父上様に報告することがあります。お聞きくださいますでしょうか」


 それを聞くと二人は急いで立ち上がり、緊張と期待に満ちた顔でユーキの方に歩いてくると目の前に並んで立ってごくりと喉を鳴らした。


「改まったその物言い、大切なことのようね。聞きましょう」

「はい。私、王大甥ユークリウス・ウィルヘルム・ヴィンティア、国王陛下からピオニル領の臨時の領主を命じられました。明日午後に任命を受ける予定です」


 ユーキが胸を張り笑顔で報告すると、二人は一瞬意外そうに顔を見合わせたが、すぐに息子と同じように笑顔になった。


「そうですか。おめでとう。領民のために力を尽くし、国王陛下の御期待に応えて見せなさい」

「はい、母上様。有難うございます」

「ユークリウス、おめでとう。領主は見た目とは異なり、なかなかの難役だ。だが、一度引き受けた以上は全力を尽くして見事に果たしなさい」

「はい、父上様。頑張ります」


 ユーキが父母の祝いの言葉に答えると、それを待ちかねていたように、マレーネが急き込んで尋ねた。


「で、他に報告は無いの?」

「いいえ。あ、ここへ帰る道筋でしたので、お祖母様に先に報告しました。順番が逆になり申し訳ありません」

「それは構わないわ。そういうのじゃなくて、他に」


 マレーネが少し(いら)付いた口調で促す。横でユリアンも(せわ)しなく頷く。


「えっと、別に何も。お祖母様にも、『よかったわね、頑張りなさい。でもそんなのより他に何か無いの?』と聞かれたんですが、何かあるのでしょうか?」

「いえ、無ければ別に構わないのよ。座って少しお話ししましょうか。ペネロペ、お茶をお願い」

「承知しました」


 何かあるはずなのだろうか。ユーキは不思議に思って尋ねたが、マレーネは良い笑顔で打ち消し、応接椅子へと(いざな)った。両親がそれぞれ座るとユーキも卓を挟んで向かい合う長椅子に腰を下ろし、マレーネが話を再開した。


「そう、ピオニル領の領主に。午前中の御裁断を聞いていたら、そんな気がしたのよね。やっぱり、という感じだわ」

「そういうものなのですか?」


 ユーキが尋ねると、父も母に同意した。


「ああ、そうだな。貴族には持って行けないし、王族で引き受けそうなのはお前だけだからな」

「自分では、『思い切って』だったのですが、周りから見れば『やっぱり』だったのですね」


 ユーキは肩を落とした。困難な決断を下した高揚感がちょっと削がれたように感じたのだ。それを見た両親は誤解を解こうと急いで取り成した。


「あら、ごめんなさい。そういう意味じゃないの。とても難しくて損な役回りでしょ? それでも領民を思って引き受ける気持ちがあるのは、ユーキ、貴方だけだろうと思った、ということよ」

「そうだな。国民のために自分を捨てる覚悟がきちんとできているのはお前だけだったということだ。陛下も分かっておられるだろう。メリエンネ殿下がお元気なら、御自分から手を挙げられたかも知れんが」

「そうですね」


 ユーキが気を取り直して頷く。それを機に、マレーネが話題を転じた。


「メリエンネ殿下、最近はいかがなの、ユーキ」

「初めてお目に掛かった時よりは顔色も良くなられ、随分と明るくなられました。夜もかなり深く眠れるようになられたそうです。車椅子なら、御自分でもかなり移動できるとおっしゃっていました。廊下を往復して腕を鍛えようとしておられるようで。『車椅子で閣議を傍聴しても良いかを陛下に願い出てみようかしら』とも」

「そう、良かったわね。一部はあなたのお蔭もあるんでしょうね」

「どうでしょう。メリエンネ様はそうおっしゃってくださいますが」

「今回の件、メリエンネ殿下にはもうお伝えしたのか?」

「いえ、まだです」

「そうか。早目にな。短時間でも直接お伝えした方が良い。きっと喜んでくださるだろう」

「はい。お見舞いが難しくなることをお話しします。書簡でのやり取りも頻度は減るでしょうが続けようと思います」

「そうね。遠く離れて忙しくなると、会うのも手紙も難しくなるものね。で、似たような件だけど、他に、手紙関係で何か忘れていない?」

「手紙? ……あ、そうか。母上、有難うございます。大事なことを思い出しました」


 母親が再び探るように尋ねたのを切っ掛けに『ああ、気付いた』という顔をしたユーキの言葉を聞いて、両親は顔を輝かせて身を乗り出した。


「何、何?」「何なのだ、ユーキ?」

「はい、実は、新たに私に仕えてもらいたい者がいるのですが、よろしいでしょうか?」


 だが期待していたこととは異なった。両親は詰めた息を吐き出して体を背(もた)れに戻したが、不思議そうに首を傾げたユーキの視線に気付いて慌ててまた体を起こした。


「あ、あら、誰か良い人と出会ったのね? それは良かったわね。ユーキ、あなたはもう領主なのだから、自分の思ったように人を召し抱えて構わないのよ」

「ああ、その通りだ。相手は貴族家の出か? もしそうなら、当主に筋を通す必要があるが」

「いえ、庶民です」

「それなら問題は何もない。本人が応じるなら好きにすれば良い」

「はい、有難うございます」

「そうね。似たような件だけど、」


「失礼します」


 またマレーネが何かを言い出そうとしたが、その言葉を遮るように扉が開いて彼女の従者のペネロペが部屋に戻ってきた。


「お茶をお持ちしました」


 ペネロペは押してきた手押し車から紅茶を給仕した後に姿勢を正してユーキに向いた。ユーキが何の気なしに「ペネロペ、有難う」と礼を言うと、彼女は深く頭を下げた。


「勿体のうございます。ユークリウス殿下、この度は領主への御就任、また、独立して一家の主となられる事、併せてお祝い申し上げます。本当におめでとうございます」


 同時に父の従者のシュテファンも自席から立ち上がり一歩進み出て「おめでとうございます」と声を合わせ、ユーキに向かって丁寧に頭を下げた。


「二人とも、有難う」


 礼を返すと二人はユーキに向かってもう一度頭を下げ、それぞれマレーネとユリアンの机の隣の自分の席に戻った。


「でも、独立? 一家の主?」

「それはそうだろう」


 ユーキが聞き返すとユリアンが答えた。


「そういうものなのですか?」

「領の主が、一家の主でなくてどうするんだ。これからは、お前が自分で臣下の面倒をみなければならんぞ。さっき言っていた召し抱えたい者もそうだ」

「やっぱり、大変ですね」

「心配しなくても、クーツがその辺は引き受けてくれるわよ」

「陛下からも補佐役を付けてくださるそうなんですが」

「そちらは、領政の補佐をしてもらうのだろう。クーツは家令とすれば良い」

「そうね。貴方の周りの他の者も連れて行っていいわよ」

「そうだな。クルティス、ヘレナ、アンジェラ、」

「ヘルミナとヘロイーゼはどうしましょうか」

「それはヘレナと相談だな。家族と共に連れていくか、ここに残して侍女見習の修行を最後までやらせるか。本人たちは兄と離れるのを嫌がりそうだが、ヘレナはそちらでは侍女頭として忙しくて二人の修行の面倒まで見切れなくなるだろうしな。あと、他にも志願者がいないか募ってみよう。全員が『私こそが』とか言い出しそうだがな」


 息子のための段取りを笑顔で語る両親を見て、ユーキは胸が熱くなるのを感じた。ここまで来られたのも、二人が惜しみなく注いでくれた愛情と教育のお蔭なのだ。思わず頭が下がる。


「母上、父上、有難うございます」

「いいえ。こちらから連れて行く者だけでは足りないでしょうから、その分は、これまで子爵家に仕えていた者を引き続き雇ってあげるようにした方が良いわね。いずれ、前子爵が戻ってくる可能性があるわけだものね」

「はい。そう考えています。ただ、前代官が雇った者も含め、注意して見る必要はあると思っています」

「王都の子爵邸も引き継ぐのかな?」

「それについては、まだ伺っていません。その他にも、細かい点は任命式の後になるのだと思います」

「そうね。任命式は明日?」

「はい、午後に」

「そうか。では、早く準備に取り掛かるといい。他にもやるべきことがあるかも知れんし」

「そうね。忘れた大事なことがないように、良く考えてね」

「はい、良く考えてみます。では、失礼します」



 両親に念を押されたユーキは胸を張って部屋を出て行った。扉が閉まると同時に二人は顔を見合わせた。


「ユーキが役に就くとは、思ったより早かったわね」

「そうだな。それも臨時領主とはな。だが、あいつなら大丈夫だ。自分で思っているより、十分に準備はできている」

「そうね。私も心配ないと思うわ。でも、もう一つの方じゃなくて、ちょっとがっかりね」

「まあ、気は揉めるが、焦っても仕方がない。こちらも準備はできているんだから、落ち着いて待つしかないさ」

「あの子、忘れちゃってるんじゃないかしら。大丈夫かしら」

「大丈夫だ。もし忘れていても、クルティスが思い出させるさ。あいつ、学術はともかくとして、肝心なことはしっかりしているからな」

「本当に。ユーキも、クルティスがいて良かったわね。でもさっさとしてくれないかしら。気が揉めて、仕事どころじゃないんだけど。もたもたしていて陛下にばれちゃったら、折角の楽しみが台無し」

「また馬鹿なことを。それにここで言っても始まらん。ユーキ次第なのだ。それはそれ、これはこれだ。いいか、ユーキが言い出すまでは、こちらからは何も言わない。一切知らない、気付かない振りだ。いいな」

「はーい」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ