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風の国のお伽話(改稿版)  作者: 花時雨
第五章 旅立ち

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第九十九話 国王の悩み

承前


 国王の執務室では三人の王子が下がった後に、ゲルプ内相が領主任命の係りの者を連れてやってきた。任命に必要な手続きを指示し、彼等が宰相と共に退室して国王が一人になってほっとしたところで、侍従が来客を告げた。


「陛下、クリーゲブルグ辺境伯がお目に掛かりたいとのことですが、如何致しますか?」

「通せ」



 侍従が扉を開くと、クリーゲブルグ辺境伯が高い背を小さくして入ってきた。


「クリーゲブルグ、今回はお前も何かと大変だったなあ。儂も疲れたわ。まあ、座ってくれ」


 国王が席を勧めたが、辺境伯は座ろうとはせず国王の前に進んで直立すると、深く頭を下げた。


「陛下、お礼とお詫びを申し上げに参りました。この度は御裁断、有難うございました。また、御面倒と御心労をお掛けし、申し訳ございませんでした」

「気にするな。結局、面倒事はお前の所へ舞い戻ることになったわけだからな。ああ、領間の契約事は、ユークリウスを臨時のピオニル領主にすることにしたから、あいつと良く話し合ってくれ。あれはまだ若い、というかむしろ幼い。手加減を頼む。但し甘やかさん程度にな」

「はい、承りました。ですがユークリウス殿下は、私共から見れば十分に大人です。長くお目に掛かっておりませんでしたが今や長じられて、幼いどころかむしろ、竜の風貌とお見受けします。お身内の皆さまには、初々しい所が目に付かれるのでしょうが」

「そうか?」


 問い返す国王に、辺境伯は深く頷きを返した。


「はい。今回も子爵の罪を明らかにされる一方で、村人そして私の落ち度も見逃さず指摘されました。その上で、両方の罰を軽くするようにとの御進言。どちらも庇わず、どちらも救う。容易くできることではありません。さらにその後も、陛下の強い御勘気を代わりに(こうむ)る恐れも構わずに、堂々と子爵を弁護してくださいました。そのお姿に私は感服し、涙零れる思いでした」

「ふむ……確かにそうだな。今回は見習の難しい立場で試練であったろうが、今日だけではなく現地でもクレベールと共に相当活躍しおったようだな」

「はい、淀みなき清水流るるが如くの御報告、御自ら現場に行き、先頭に立って実情を調べられねば、あのようにさらさらとは出てきません。御試練を見事に乗り越えられたと拝察いたします」

「そうだな。試練というものは大雨のように人を試す。水を得て若々しく大きく伸びる者もおれば、熱を奪われ萎れる者もおる。ユークリウスもクレベールも、どうやら伸びる者のようだ。子爵も、ああ、最早元子爵か、彼奴(あやつ)もお前の下で精々励めばよかったものを」

「はい。彼は私の親友の子息です。ユークリウス殿下が見抜かれたように、今回、訴えるに当たっては大いに躊躇いました。しかしながら、亡き友が手塩に掛けたあの領が子息と共に見る影も無く衰亡していくのを見るのは耐え難く、また、()の村人から窮状を訴えられてはそれを突き放して傍観もできず、お願いに上がった次第です」

「難しい決断であったな」

「はい、ですが結果として悪は去り、彼は更生の機会を得て、彼の村も救われる、この上ない決着となりました。陛下と殿下方、特にユークリウス殿下には感謝に()えません。彼も今度は殿下を見習って、真っ当に励んで欲しいものです」


 辺境伯の感慨深げな言葉に、国王も()()みと言った。


「あれだな、貴族と言うものは寄り先を間違えると、将来が(しぼ)んでしまう。ほれ、言うであろう? 『エルフは自分の依る木を決めるには、鷹のように枝を揺らし啄木鳥のように幹を叩く。芯の腐りや(うろ)が無いか、気の済むまで確かめるのだ』とな。ピオニルも、寄り先を変える前に十分に相手を調べれば良かったのにな」

「陛下、それについては元々は私に責任がございます。彼の継爵の儀の際に私が上都して出席しておれば、シェルケン侯爵に手出しさせずに済んだでしょう」


 辺境伯が気まずそうに、少し声を小さくした。


「しかし、あの時はフルローズ国とのごたごたが起きておったであろう。仕方があるまい」

「それだけではなく。以前から、彼は私とは疎遠になっておりました」

「そうなのか?」

「はい」


 問い質されて辺境伯は頷くと、打ち明け話を始めた。


「一つには、彼より姉の方が優れていたこと。先代の子爵も姉を可愛がりその教育に力を入れておりました。正直に申しますと、私も彼をつい軽く見ておりました」

「ああ、先代は、偶に上都するときも姉のみを連れてきておったな」

「その分、奥方が弟を不憫がって甘やかしておりました。私から夫妻に注意すべきでした」

「そうかも知れんが、それを言えば切りがなかろう」


 国王の取り成すような言葉に辺境伯は少し躊躇ったが、さらに続ける。


「実はもう一つございます。彼が私を疎ましく思う理由ですが」

「何だ?」

「私、というか、アンヌです」

「『アンヌ』?」


 その名を聞いて、国王は「はあー」と大きな溜息を吐いた。


「……まさか、お前の娘の『やりすぎアンヌ』か?」

「はい。やりすぎました」

「何をした?」

「かなり以前になりますが、腕試しで立ち合い、彼の剣を九度、宙に飛ばしました」

「……それは確かにやりすぎだな」

「それ以来は彼が我が領を訪れることもなくなり、疎遠になった次第です。本当は彼に嫁がせるかと先代と談合していたのですが、立ち消えになりました」


 辺境伯の徐々に小さくなる声での告白に、国王は「むぅ」と(うな)って尋ねた。


「それは無理もないな。ひょっとして、それが『やりすぎアンヌ』の二つ名の由来か?」

「いえ、その後にアンヌを連れて上都した時に、近衛の子弟の練習試合に飛び入りし、五人ほどの腕や脚を叩き折りました」

「その話は聞いたことがある。五人抜きならぬ五人折り、とか」

「他にも最近では、先程のお話の、フルローズ国から無断侵入してきた連中の手足をへし折り、叩き切り、薙刀から血の雨を紅の夕立の如く……」

「ああ、もうその辺で良い」

「実はそれで事が(こじ)れてしまい、子爵の継爵の際に上都できなかったのです」

「それでか。まあ、今更言っても仕方あるまいが、ピオニルは運も無かったようだな」


 国王が片手で顳顬(こめかみ)を揉みながら『わかった』とばかりに逆の手を振るのを見て、辺境伯は恐縮して肩を(すぼ)めた。


「申し訳ございません。その件以降は警邏巡回からは外して館に留まらせておりますが、あまり薬にはなっていないようです。普段は慎ましいのですが、薙刀を持つと抑えが利かぬのです」

「美人の上に気立ても悪くないと聞いたが、玉に瑕なのか、(オーガ)に金棒なのか」

「最近では『へし折り女』とも言われており、親として頭が痛いです。そろそろ縁付かせたいと思っているのですが、こんな二つ名が付くようでは、難しく」

「想像が付くな」


 片や国王は呆れ顔、片や辺境伯は諦め顔、話は親の愚痴に変わっている。


「私も貴族の端くれですから、関係の悪くない派閥の家に嫁がせて縁を結ぶとかも考えたのですが、あれでは夫殿の心をへし折って、関係を台無しにしたあげくに戻ってきそうです。それどころか、最近は我が家の寄子からも、話をしようとしただけでも『ちょっと難しい』と敬遠される始末で。もう、一兵士となった方が幸せかも知れぬとすら思います」

「……本人はどうなのだ?」

「『どのような方でも父上の仰せのままに、ただ自分より強いお方が望ましく』と申しております」


 辺境伯が思わず吐いた「はぁ」と言う溜息に、国王は同情せざるを得ない。


「低そうに見せかけて高い障壁だな」

「陛下におかれましても、良いお相手を御存じでしたら、何卒御紹介いただけたらと思います」

「心掛けておくが、当てにはしてくれるなよ」

「はい、よろしくお願い致します」

「近衛の有名処は大概が既婚だし、なかなか難しいとは思うが。貴族は最近は緩んでおるからな。武を(おろそ)かにする風潮で困っておる。お前の所はフルローズ国との最前線だ。油断の無いように頼む」

「心得ております」

「ピオニルもびしびし鍛えてやってくれ。それこそ、やりすぎても構わん」

「承知しました。然るべく」


-------------------------------



 辺境伯が辞した後、国王は頭を垂れて暫く沈思黙考していたが、やがて顔を上げると侍従に告げた。


「宰相を呼んでくれ」


 国王はクリーゲブルグ辺境伯がユークリウスを評して言った『竜の風貌』という言葉を、頭の中で繰り返し吟味していた。そして思い出していた。ユークリウスが、以前からの閣議の席で自分の問いに胸を張って答えていた姿とその言葉を。


 いずれも十分とはいえず穴はあるが良く考えられたもので、またそれだけに、他に頼らず自分自身で考え出したことがわかった。それを誇るではなくまた欠点を曝すを恐れるでもなく、儂や閣僚に厳しく批判されてもむしろそれで自分を正すのを喜びとしていた。

 今回も調査の実務に労を惜しまず身を粉にしたようだし、また今日も儂の不興を怖れず堂々と振る舞った。周りの貴族たちもその姿に瞠目し敬意を払って謹聴していた。

 もし儂がピオニルや村人に過罰を下そうとしたならば、躊躇わずにその身を投げて庇いもしただろう。


 ではスタイリスはどうか。

 いくらこちらが閣議で質問しても、それを所轄の大臣やクレベールに流すだけで、己の頭で考えようとはしていなかった。

 今日もそうだ。ピオニルを嘲笑(あざわら)うばかりで、実のあることは何も言っていない。クレベールとユークリウスの報告を我が手柄としただけで、自分の意見を述べられないなど、正使としてあるまじきだ。もし、彼奴を大役に()けたら、国に大事が起きた時にも自分で判断せずに他人に押し付けかねない。

 そのような者が、人々の上に立って良いわけがない。

 また彼奴が常々誇る『剣術無敗』も、周囲の遠慮で成立しているものと近衛の将軍や師範から聞いている。一方でユークリウスは評判こそ何もないが、その手は剣胼胝(だこ)で固くなり、時にはそれが割れて血を(にじ)ませている。


 ただ、国民の人気は今のところはスタイリスが圧倒的だ。社交の場でも耳目を集めるその美麗な容貌は他国にも伝わり噂されるほどで、国の華とも言える存在であることには間違いない。

 ユークリウスは真面目なのは良いが、あまりに堅すぎる。何事も、遊び緩みというものが無ければ長く使うと無理が来る。社会にも芸術や遊戯など、文化が無ければ人々の心は疲れ(すさ)む。だが、妃も以前言っておったが、色恋すらも縁遠そうなあのユークリウスに、はてさてそれが理解できるだろうか。せめて浮いた噂の一つもあれば良いのだが、何も聞いたことが無い。メリエンネの所には通っているそうだが見舞いと学びがもっぱらで、男女とは程遠い仲良し姉弟と言うべきか。社交の席でも令嬢たちとの接触は避けているようだ。ならばこちらで何とかせねばならぬ。


 二人の他にメリエンネとクレベールもいる。

 メリエンネはかなり体調が良くなってきているらしく、車椅子で部屋から出て廊下を往復することもあると聞いている。勿論何かの役に就くにはまだまだだろうし、能力も未知数だ。だがその血は王太子の嫡出で、誰にも文句の付け様が無い。

 クレベールは能力十分だが、兄との頸木(くびき)に自らを繋いでしまっている。母の立場を(おもんばか)ってのことだろうが、母は母、自分は自分と思い切るまでは、離れることはできぬだろう。母や兄から無理やり引き離すことはできるが、それがあいつのためになるかどうかはわからない。


 メリエンネ、スタイリス、クレベール、ユークリウス。誰を出し、誰を残すか。

 出すならば、相応しい位が要る。不満は禍根となる。残すならば、相争わせてはならん。次代に上に立つ者を決めかねるうちに自分が斃れるようなことがあれば、国の大災となりかねん。


 さらに国王が思考に深く沈むうちに、侍従が部屋に戻ってきた。


「陛下、宰相閣下がいらっしゃいました」

「入れろ。お前たちは外で待て。暫く誰も入れるな」

「承知致しました」



 ミンストレル宰相は急いで入ってくるなり尋ねた。


「陛下、何か急な御用でしょうか?」

「急ではないが、重要なことだ。座れ」


 国王が応接用の椅子に移り宰相がそそくさと向かい合って座ると、国王は切り出した。


「アンデーレ伯爵の長女のファレノはまだ再婚しておらなかったな?」

「はい。そのように聞いております。美人ですが派手好きで身持ちが悪く、一度もらった婿が逃げ出してからは、どこの家からも敬遠されておりますが……縁談ですか?」

「うむ。落ち着かせた方が良かろう。新たに婿を取らせようかと思う」

「どなたですか」

「耳を貸せ」

「はい」

「…………」


 顔を寄せた宰相の耳に国王が何かを告げると、宰相は色の変わった顔をがばっと起こした。


「陛下、それは!」


 大声を上擦(うわず)らせ、さらに何かを言おうとして慌てて手で自分の口を押さえた。


「何だ、反対か?」


 問われると、再び顔を寄せて声を潜めて答える。


「いえ、反対とまでは申しませんが……少し早いのではありませんか?」

「いや、早くはあるまい」

「しかし、初めて役を担われたばかりで、今は御修行の真っ最中。これからまだまだ伸びられる可能性があるのでは。私はやがて大成されると見ているのですが」

「そうかも知れん。いや、是非そうあって欲しいとは思う。だが、決めた」

「そうですか。陛下がお決めになられたのであれば、もう何も申しません」

「うむ。時間が掛かっても構わん。密かに、慎重に事を進めよ。表沙汰にするのは当分先になるであろうから、本人たちにはまだ洩らすな。伯爵は王家との縁組とあらば受け入れるであろうし、ファレノも儂の命は断るまい」

「彼女は陛下と妃殿下を深く敬い慕っておりますからな。断りますまい」

「ファレノは男(あしら)いは巧みだ。性格の違いで多少はぶつかり合っても、上手く手綱を操るであろう」

「然様ですな」

「伯爵も名誉職とはいえ外務に席を置く男だ、秘事は守るであろう。お前も、お前の存念はあっても国を誤ることはせんであろう。委細は任せる」

「承りました」


 宰相が了解の返事をすると、国王は安心したように小声で付け加えた。


「うむ。なに、本人たちも元の鞘に納まるだけの話だ」

「はい、確かに」

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