目覚めし者の夢23
「傷、治療しよう」
その手の中のものを見せながら、彼女はそう言った。
「済まない」
「生身の部分は大丈夫?」
「ああ、幸いな」
やり取りを交わしながら、彼女はナノペーストのキットからプランジャーと一体化した透明の容器を一本取り出す。中には薄いクリーム色の液体が充填されていて、現在は外されている専用の注射針を容器の先端に取り付け、人工筋肉に直接注射するのがこのペーストの使い方だ。
「ならよかった。はい腕出して。異物も残っていないね?」
「ああ。大丈夫そうだ」
幸いなことに、セルフチェック機能によれば体の破壊は表層と質量及び衝撃による筋肉の破壊に留まっていた。貫通しなかった異物をほじくり出す必要はない。
言われるまま、コンバットシャツの袖をめくり上げると、表皮が裂けた損傷個所から半透明のチューブが姿をのぞかせている。
これが俺の体の過半を構成するナノマシン還流型人工筋肉だ。注射針で直接ここに補修用ナノペーストを流し込み、人工筋肉自体の機能によって全身の損傷個所に送り届けるのがこうした俺のようなサイボーグの基本的な前線での治療法だ。
「はいチクッとするよ」
針の内蔵されたプラスティック製の直方体が傷口に当たり、プランジャーの押し込みと同時に中の針が筋肉に突きこまれて中身を送り込まれる。
所謂筋肉注射だが、子供の頃に打たれたそれに比べて痛みが無いのは、人工筋肉故の痛覚制御が働いているからだろう。
眼下に見えるクリーム色がなくなっていく。
その残量と正比例して体中の痛みが退いていく。
容器の中身が完全に空になった時には、既に俺が負傷したと分かる部分は、所々破壊されている表皮部分だけとなっていた。
「ありがとう。助かった」
生身の肉体ならどれぐらいの間通院が必要か分からない傷だったが、それもこの注射一本。注入前の用意を含めても数秒の話だ。
「アルファ1よりCP。アルファ2及びダイヤと合流。アルファ2の治療を完了しました。作戦続行可能ですが、アルファ2のメディックポーチを喪失。もう一件の依頼の遂行前に補給が必要ですオーバー」
「CP了解。ダイヤ回収地点で補給を行うが、作戦の続行に関しては現在の状況の突破が最優先だ。回収地点到着時の状況で判断する。CPアウト」
とりあえず今は生き残ることが最優先という訳だ。
空になった容器と針をダンプポーチに放り込むと、エリカは再び銃をとり、改めて目の前で沈黙して黒煙を上げている先程までの脅威に目をやった。
「LD兵と一緒に来られたらヤバかったね」
「だな」
どうしてこいつだけが突出して来たのかは分からない。何かの都合でLD兵の到着が遅れていたのか、或いは無反動砲を使用する関係上、バックブラストに巻き込まれることを警戒して初めから距離を置いて運用するつもりだったのかもしれない。いずれにせよ、そのおかげで随分助かったのは事実だ。
――とはいえ、ここで感傷に浸っている時間もない。
マクロファージと同時に来なかっただけで、LD兵自体は辺りにいくらでもいるのだ。一刻も早く移動するべきだろう。
「……よし、移動しよう」
「了解」
エリカが先頭に立ち、エルウィン氏を挟んで俺が殿。
屋外の銃声や爆発音が絶え間なく聞こえてくる中、俺たち三人はそのフォーメーションを維持して奥=東棟の方向へと進んでいく。
「……」
マクロファージを越えてすぐに現れた、急増のバリケードと店舗の入口の周りに倒れ伏しているレジスタンスたちと、彼らが期待したほどの防御力の無かった穴だらけの壁やコンテナが目に映る。
恐らくそんなつもりは無かったのだろうが――俺たちが今こうして生きているのは、彼らが目を引き付けてくれたおかげと言える。
一歩間違えれば俺たちもこの中に混じっていた。その想いを抱きながら通過した時、エルウィン氏が絞り出すような声でごちた。
「政府の奴らめ……狂っていやがる……!」
「政府?」
思わず尋ね返してしまったのは、彼のその非難の感情をむき出しにした声音に引き寄せられるように無意識の行動だった。
「連中余程俺たちに真実を知られることが不都合らしい。XD551の漏洩なんか捏造だという真実を隠すための口封じのつもりだ」
幸せな奴――内心に抱いたその感想は、意識して吐き出さないでおいた。
それに、仲間の死体の山を前にしてパニックを起こされるよりは余程いい。今必要なのは、自分を納得させて足を動かすための理屈だ。
それきり俺たちは誰も何も発さずにただ進み続けた。
「よし、ここだ!」
それからしばらくして、目当ての場所を発見する。
ボロボロに朽ち果てて、ガラスが破られ、天井も所々崩落している東棟を抜けた先、西棟と繋がっているそこの一角に、恐らくショッピングカートごと乗り込めるようにだろう、貨物輸送用のような大きな扉をもつエレベーターが三基並んでいる。
そしてその横に設けられている下にも続いている階段は、隙間なくびっしりと打ち付けられた板材と、それを補強するように積み上げられた土嚢袋によって封鎖されていた。
構成しているものは全てそれなり以上に古いのだろうという辺りから、ここが封鎖されたのはレジスタンスたちが現れるより前のように思える。
「どうする?」
「エルウィンさん、他に道は――」
俺が尋ねた時、彼の人差し指が真っすぐにエレベーターに伸びているのが目に入った。
そして、そのエレベーターの真ん中の一基のみ、階層表示が点灯しているのも。
「この前俺たちの探索隊で復旧した」
心なしか誇らしげな声と表情。
どうやらレジスタンスたちは、ただあのキャンプに籠っているだけではなかったらしい。
「しかし、どうやって電力を……」
その疑問への答えもまた、彼らご自慢の方法らしかった。
「都市復興事業団の保守用電力網からの盗電さ。このサイストック全域を覆っている除染プラントということになっている施設の中枢には発電所が備わっている」
その説明は俺も以前聞いたことがあった。
除染プラントには、外部からの電源供給が断たれた状況――即ち今のような状況だが――を想定した発電能力が備わっており、そこで生み出された電力は二つの系統、即ち施設保守用の無人機プレートレットを中心とした都市復興事業団の施設保守運営システムの系統と警備部隊の系統の電力を、ひいてはその活動の基盤を賄っている。
別系統とはいえそんなところから電気盗むから警備部隊に捕捉されるのでは?という疑問は何とか飲み込んだ。
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




