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土竜・オブ・ザ・シティ  作者: 九木圭人
スリーカード
51/259

スリーカード8

「……」

 足音を立てず、物音を立てず、エリカが取り出した内視鏡が、細心の注意を払って扉の下から差し込まれる。

 彼女の指が、手の中で内視鏡を転がし、また細かく手繰る。

 その数秒の後、ハンドシグナルが再び=中に一名。拘束状態。


「……」

 一瞬、俺たちは目を見合わせた。

 拘束状態の一名。しかし監視もないし、この部屋だけでなくこの建物自体にも見張りはいなかった。

「……」

 そっと、ドアノブに手をかける。施錠はされていない。

 状況がよく分からない。

 だが、よく分からないで帰れる仕事でもない。

 何者が拘束されているのか、何故拘束されているのか、拘束しているのは誰で、どういう意図によるものか、それらを確認しなければ。


「私が行く」

「了解。用心しろよ」

 扉の前に立たず、そっとドアノブとは反対=蝶番の側に回り込む俺。

 そこから手を伸ばしてドアノブを握り、そっと回して奥へ。

 極僅かな隙間に滑り込むようにしてエリカが飛び込み、俺もすぐ後に続く。


「「ッ!?」」

 入った先は、恐らくかつての事務所。

 広さは二十畳あるかないか。

 最初のエリカの所見通り、その部屋の中央で拘束されている人物以外には誰もいない。

 ――だが、問題はそれではない。


「こいつは……」

「ひどいね……」

 それぞれ感想が漏れる。

 思わず銃口を降ろして、口と鼻を覆う。それほどまでに凄まじい異臭が、室内に満ちていた。

 その発生源は間違いなく目の前で拘束されている人物。いや、拘束されている死体。

「拷問、したんだね……ひどい」

 既に相当の時間が経過しているのだろう、吐き気を催す程の腐臭を放ち、ベールを纏っているかのように蠅がたかっているそいつを、俺たちはぐっとこらえて身元を確かめなければならなかった。

「アルファ1よりCP」

「こちらCP」

「ザームリック社の倉庫で身元不明の死体を発見。拘束されており拷問を受けた形跡があります。正確には不明ですが、死後72時間以上経過しているものと思われますオーバー」


 彼女の報告の間、改めて死体の状況を確認。

 ひじ掛け付きのパイプ椅子に縛り付けられた男。

 一糸まとわぬ上半身には、刃物による無数の傷が残り、恐らく出来てすぐにほじくられたのだろう跡も見える。

 ひじ掛けにダクトテープでぐるぐる巻きにされた両手は、全ての指が根元から切り落とされていて、椅子の脚に固定された両足の間に纏まって落ちている。

 そしてその指たちが、失禁だろう水たまりの中心になっていた。

 自動車用バッテリーから伸びた線が、ボロボロのズボンの中に入り込んで、股間の辺りがぐっしょりと濡れている。

「……ッ」

 腐臭とアンモニア臭に混じって僅かに肉の焦げたような臭いがしているのに気付き、思わず己の股間に手をやる。男であれば、決して味わいたくない思いをしていたのは想像に難くない。


「CP了解。念のため映像を回せ」

「アルファ2了解」

 今見たものをカメラに写す。心霊現象なんてものは信じないが、信じていなくともあまり残したくない映像だ。

「う……ひどいな……」

 エルマさんも同意見のようだ。


 だが、それからすぐに彼女も仕事の目になっていることを教えられた。

「ッ!待った。アルファ2、もう一度左手を映してくれ」

「左手ですか?了解」

 言われた通り、ぐるぐる巻きになったそれにカメラを向ける。

 手のひらを下にした状態で縛り付けられたそれは、赤黒く変色して萎れた皮膚でもタトゥーが入れられている事が分かる。

「人差し指と親指の間にコブラの頭……間違いないな。この男はバルシン・ファミリーの一員だ」


 エルマさんの発した、耳慣れない名前に反応したのはエリカだった。

「バルシン・ファミリー……ってなんすか?」

「元々は南部メリオロを拠点にしていたマフィアだ。銃火器や麻薬の密売、脅迫、誘拐……まあ派手にやり過ぎてな、数年前に恨みを買った別の組織との抗争でトップが暗殺され、幹部も逮捕されて、今や落ち目の組織だが……」

 そこからたどり着く想像。

「ではここで抗争が?」

 この無茶苦茶な拷問の様子からして、そういう筋が絡んでいるとしてもおかしくはないだろう。

「そこまでは分からない。だが見たところ、その男は別に幹部でも何でも無さそうだ。アルファ1、身元の分かるものは無かったか?」


 その呼びかけに合わせて彼女にカメラを向けると、ちょうどお目当ての品を見つけたようだった。

「ありました。これは……免許証っすね。本名かは分からないっすけど」

「だが顔は本人のようだな……フェリオ・ゴルジアーニ。偽名だとしてもやはり聞いたことのない名前だ。指名手配犯でもない。精々組織の下っ端だろう」

 だとすれば、その下っ端をわざわざ拷問にかけて、一体何を聞き出そうとしていたのか。


「その下っ端を拷問して、何を聞き出そうとしていたんですかね?」

「さて、それは分からない。とにかく、この件にはマフィアが絡んでいる可能性が出てきた。慎重に動けよ。……お前らがそうなる所など、見たくないからな」

 縁起でもないことを言いやがる。

 だが、警戒するに越したことはないだろう。マフィアかどうかはともかく、少なくとも捕虜の拷問、それもただ殴るだけでなく切断や傷口の破壊といったスプラッターなやり口が出来る思考回路の人間に捕まれば、ろくなことにならないのは目に見えている。


「その男についてはこちらから依頼人に報告しておく。お前たちはそのまま調査を続行してくれ。CPアウト」

 残る調査ポイントはあと一か所。

 にわかにきな臭くなってきた。


(つづく)

今日はここまで

続きは明日に

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