スリーカード6
「まあこれは無いとは思うが……」
そこでカプシス氏の指と目が壁に動いた。
それに倣うように俺たちの目も後を追う。
その先にあったのは、あの日俺の体をいじった二人の片方。ブローカーと呼ばれる男の写真。
「こいつは……」
「ブローカー、そう呼ばれている男だ」
背中に冷たいものが走ったのを、何とか顔に出さずに堪えた。
彼は知らない。目の前にいる相手が、そのブローカーと奴の仲間が作り出した存在であるという事を。
「一体、この男何をやらかしたので?」
努めて平静を装いながら尋ねる。声が震えていないのは、多分脳をいじってもらった恩恵だろう。
「その呼び名通りだ。俺たちのあずかり知らないところで、随分好き勝手に色々売り捌いてくれたようでな。おまけにまだ尻尾を掴ませないと来ている。これ以上この男を自由にしておくと、俺たちもあんたたちも、勿論この国の善良な市民にも不都合が多い」
まあ、確かにそうなのだろう。
今現在こいつとその仲間によって経歴を偽装した俺がまさしくその証拠だ。
「とにかく、この足元で何が起きているのか調べて来てくれ。不都合が発生した場合の復路については見取り図に乗っているものの他、西側に抜ければ外部点検用の歩廊がとりつけられている」
「「承知しました」」
説明を受け、それから来た道を戻る。
先程のプレハブ小屋に戻って手に入れるのは預けていた武器類。
念のため預ける前と変わりがない事を確かめてから、今度はそのプレハブ小屋の裏へ。
「これは……」
「下にはまずこれで移動してくれ。それから内部を探ってもらう。降下ポイント周辺は警備部隊が目撃されていない場所だが、油断は禁物だ」
そう言われて案内されたのは、ちょっとした広場に設けられたデリック。吊り荷には人間の乗れるような金属製の籠が繋がれていて、これに乗り込んで下に降ろされる。
階層間リフトを設置するまでもないという事だろうか、或いはリフトを逆用されての招かれざる客の侵入を警戒しているのか。
まあ、どちらでもいい。
「帰る時は連絡をくれればデリックを降ろす」
俺たちが乗り込むと、エンジンについた一人の作業員がその古い機械を何とか動かし、鈍い音を立てて回り始めたそれが、一定のスピードで俺たちを地下へと降ろしていく。
階層間リフトやハーストとはまた違う、微妙に不安になる揺れを感じながらの降下。
幸い事故もなく一番下=二層の小さな個人商店の中へと降下し、そこで籠を降りて上へ合図。乗って来た時と同じく一定のスピードで上昇するデリックを見送ったら作戦開始だ。
「アルファ1よりCP」
「こちらCP」
「サイストック商店街地下に侵入。これより調査を開始します」
そこに少しだけノイズの入った声が返って来る。
「CP了解。その辺りは電波が不安定……通信が繋がらない可能性もある。十分に警戒せよ。CPアウト」
まるでその証明のようなその声に俺たちはお互いに顔を見合わせ、その事実を噛みしめた。
幸い降下ポイントには誰もいない。
かつてはコンビニのような場所だったのだろう店。その空になった陳列棚の陰から店の外を走っている道路に目をやる。
「道路クリア」
先程伝えられた通り、警備部隊の姿はない。
外に何もない事を確かめてから店を後にする。薄暗い道路上は、二層の他の地域とは意外にも異なる、弾痕も血痕もない車両が停車していた。
周囲の環境もそこまで悪化していない――元々治安のいい場所ではなかったのだろうというのは何となく分かる状態ではあったが。
「この辺は戦闘が無かったのか……」
「多分ね。人自体があんまりいなかったのかも」
そのエリカの読みは恐らく正しいのだろう。このコンビニのような個人商店以外には小さな倉庫や駐車場と、何かの事務所のようなものが並んでいるだけで、他の地域のような民家やビルは見えない。
そうした事務所も、荒れ果ててはいるものの戦闘のあった様子が無い所を見ると、恐らくこの辺りを漁った連中が荒らしていっただけだろう。
「まずは南に向かおう。モルド印刷所が近い」
「了解」
彼女の言ったモルド印刷所というのが例の目撃情報が多数上がっているポイントの一つだ。ここからなら大して距離もない。
――つまりそれは、この辺りでも不審人物の集団と遭遇する可能性があるという事だ。
「後方クリア」
伝えてから、彼女の肩に手を触れる=進んでヨシの合図。
「了解」
動き出したのを気配で感じ、俺も振り向いて彼女の後に続く。等間隔に道沿いに進み、周囲の建物にも警戒しつつ進んでいく。
件の印刷所が見えてきたのは、それから数分としないうちだった。
「目標を発見。人影はない」
警戒を解かず、印刷所の従業員入口に回り込む。
扉のはめられているガラスは砕かれて中が丸見えになっているが、そこで見る限り人の気配はない。
「ドローン入れるよ」
「了解。頼んだ」
だが何事も念には念だ。その割れた窓からエリカが小さな昆虫型ドローンを投入。
眼帯型デバイスを装着して、中の様子を探る。
「やっぱり人気はないね……。誰かいた形跡はあるけど……」
「その誰かっていうのは?」
「分からない。ただ、機械類や紙の束で散らばっているのに、中に通路が確保された形跡があるから、恐らく誰かが中に入ったのは確実。それも割と最近だね」
(つづく)
今日はここまで
続きは明日に




