エピローグ
終わった。
終わったんだ。
俺と相方以外に動くもののいない世界に、改めてその実感が湧き上がってくる。
まだ遠くで銃声は響いているが、それでも、だ。
「終わったな……」
「うん……」
ただそれだけを噛みしめて、お互いに沈黙した。
ザガンは捕らえられ、身柄の引き渡しを完了した。そして俺たちは今こうして生きている。
これ以上ない程の成功。
「うっ……」
「大丈夫か!?」
不意に力が抜けたように、俺の方へ崩れ落ちるエリカを慌てて受け止める。
まだ真新しい打撲の跡が返り血の下で青黒く変色していて、細かな傷を含めればまさに完膚なきまでと言える状態だった。
「ごめん……一生分ぐらい殴られたからさ」
俺の血を止めてくれた時には、既に限界を超えて動いていたのだろう。
そっと、彼女の体を横たえる。
二人で並んで、ただ呼吸だけの時間。
「「……ッ」」
だが、そう簡単に終わらせてはくれない――南側から近づいてくるLD兵二体が視界に入った。
武器はない。起き上がろうにも血を大量に失った体は地面に縛り付けられているかのように重い。
それはエリカも同じことだ。
「「……」」
二人で何とか上体を起こして、ただじっと迫ってくる相手に目をやる以外にない。
「なぁ」
「ん」
その状況だとは思えない程に静かな返事。
「ありがとうな」
それに匹敵するぐらい、自分でも驚く程落ち着いた声が出た。
何についての礼なのか、それは自分でもよく分からない。だが、とにかく今日この瞬間までの全てについて、俺はこいつに感謝していた。
「……うん」
LD兵はもう目の前まで迫ってきている。
「……こっちこそ」
奴らがこちらを捉えたのがわかる。
その銃口がこちらを向いたのも。
「「ッ!!?」」
その直後、頭の遥か後ろからの狙撃で奴らが倒れたのも、また。
「二人とも、生きてはいるみたいだな」
――ああ、そうだ。
まだまだ終わらない。
「ほら、立てるか?」
たくましい腕が俺たちを拾い上げる。
「……よくやった。二人とも」
ハーストを繋いだままの社長が、左右の腕を俺たちに差し出して掴ませている。
「帰ろう」
「「はい」」
耐荷重ギリギリの状態のハーストが一層へと俺たちを巻き上げ始めたその瞬間、俺たちのその空気は一変した。
「……待て」
「ッ!?」
それは確かに起き上がった。
最早それまでのような余裕を持った表情ではない――当たり前だ。腹に穴が開いているのだから。
ふらつきながら、しかし確実にこちらに近づいてくるその男の名を、ぼそりと社長がつぶやく。
「アモン……」
「ラディコス……お前は……どうして……」
それが何を意味する問いなのかは分からない。社長は答えることなく、ハーストを巻き上げて俺たちごと空に浮かぶ。
「待て……ッ!」
叫ぶアモンが少しずつ小さくなっていく。
その背後に、新たなLD兵達が集まり始めていた。
「終わりだな」
その姿に、社長がただ一言だけ。
「相応の末路だ」
アモンも自らの状況に気づいたのだろう。包囲しつつあるLD兵たちの方へと振り向くと、そちらに手を伸ばす。
「ま、待て……」
恐らく学園生たちに向けていただろう声。
そして恐らくその声を発していたころに見せていただろう表情も、引き攣りながらなんとか再現しているのだろう。
だが、目の前の人形たちは、そんなものに絆されるなんてことはない。
「ッ!!!」
無数の銃声が奴を包み、ただ狂ったAIに従い続ける人形たちが、他人を振り回し続けたその男をぼろクズのように吹き飛ばす。
その光景がどんどん小さくなっていく。そしてそれに比例して、俺たちを包む光が強まる。
「よし、全員生きているぞ!!」
穏やかな冬の朝日の中に戻った俺たちが聞いたのは、ハンターさんのその声だった。
改めて周囲を見る。辺りを囲んだ彼らと国家警察局の対テロ部隊。
ああ、全て終わったのだ――何度目か分からない確信。
だが、今回は決してぬか喜びではない。俺たちを囲む笑顔に、俺も相棒もそれを確信して笑い返した。
事実関係のことごとくが明らかになった。
アルフレート・ザガンは当初こそ徹底的に争うつもりでいたし、そのために金に糸目を付けぬ弁護団を用意していた。
だが、ブローカーの用意した情報はそれらをもってしても覆し難く、加えてアーネスト・マツユキ及びラミー・シャルマン両名は司法取引に応じた。
無理もない。内乱企図罪の罪状は極刑以外ありえないのだから。出揃った証拠を前に彼らは全てを事実と認めて、一切の証言を拒まず、それによって命だけは繋がり、残りの人生を牢獄に暮らすことからも免れた。
ただし、彼らは今後24時間365日、常に監視がつき続ける。
一切の公的資格は剥奪され、コンビニでガム一つ買うためにも監督官庁の許可が必要となる。
事実上、自宅での終身刑と呼ぶに相応しい扱いだった。
彼らがその生活と引き換えに供述調書に署名したことで、アルフレート・ザガンの命運は尽きた。
国内で最も厳重なマーレボッシュ特別刑務所に収監されたかつての大物は、今はただ毎朝訪れるかもしれぬ死刑執行通知に哀れなまでに怯えて暮らしている――しでかしたことを考えれば、それでさえ温情のある措置と言えるだろう。
当のブローカーもまた自首した。本人曰く「この状況では娑婆より安全だ」とのことだったが、結論から言うとこの点に関してだけは諸事抜け目なく振舞って切り抜けていたこの男の目も濁ったといえるだろう。
ザガン逮捕のきっかけとなった情報提供とその後の捜査への積極的な協力、そして自首という点を加味して懲役40年=奴の年齢的に実質的終身刑となったが、収監された刑務所内での暴動で頭をかち割られることとなった。
一命は取り留めたものの、後遺症で一生下半身不随となった彼は、山奥の医療刑務所での寂しい生涯を送ることになった。
彼を襲ったのがザガンの関係者或いはその何者かの意思が絡んでいるのか否かは、その暴動の実行犯が獄中で自殺した今、恐らく永遠に分からないだろう。
他にもニューサイス署の所長を始め、関わった人間の多くが、相応の末路を辿ったがその全てを語る必要もない。
社会情勢もまた、大きく変わりつつある。
それまでアシュファーラ国民が――意図的か否かに関係なく――透明化してきた学園生、ひいてはプロダクテッド全般の扱いについてもようやく光が当たるようになり始めた。
もっとも、まだ十分な対策が取られたわけではない。だが、労働環境や少子化対策なんかと同じぐらいに注目を集める議題になりつつあるのは確かだろう。
そして、サイストックについての扱いもまた、がらっと変わった。
サイストックは危険である――その認識は、今や誰でもが共通して抱ている感想だった。
これまでの完全放置、治外法権状態への非難は根強い。その背後はともかくとしてエスクラーヴ爆殺というテロが発生したセンセーショナルさも相まって、現状を肯定していたスミス派はその発言力を失い、打って変わって積極的にサイストックの治安回復への介入が行われることとなった。
――皮肉なことに、その際に採られた手段はザガン一派およびウィーゼルが利益を独占するべく画策したそれと同じだった。
そして、その際にウィーゼルの代わりにその地位を得たのは、サイストックの都市モグラたち=俺たちだった。
都市警備AI自体の破壊による残存LD部隊の機能停止には軍が投入されることとなったが、それに付随するサイストックの治安維持活動には都市警備アライアンスと改称された連絡会が当たることになった。
それから一年後。
「アルファ1よりアルファ指揮官。アルファ1及び2、ブレーカー前に到着しましたオーバー」
「アルファ指揮官了解。ブレーカーを落とせ、オールアルファ突入」
エリカがインカムの指示に従い目の前の主幹ブレーカーを落とす。闇夜の丘の上、ぼんやりと浮かび上がっていたその民家の光が完全に消えた。
「突入」
俺がバールでこじ開けた扉に音もなくエリカが滑り込む。
直後にサイレンサーを通した銃声。
「キッチンクリア」
「アルファ1及び2はキッチンからリビングに移動する。撃つなよ」
彼女の背後を抜け、無力化したテロリストの脇を抜けてリビングへの扉を開く。
「アルファ指揮官よりオールアルファ、対象を救出した。正面玄関から出るぞ」
同じくリビングを制圧した味方と合流したところでインカムに声。
「終わったようだな」
「私たちも出よう」
社長と、彼に同行した部隊が保護した女性と子供を連れて正面玄関から出ると、バックアップチームと合流した。
「すぐにヘリが来る。二人をまずそちらに乗せる」
サイストックの治安維持だけでは仕事はすぐになくなる。俺たち都市モグラ改め都市警備アライアンスは、それを見越して次の仕事を起こしていた。即ち、都市警備アライアンスとしての業務で得た資金とこれまでのノウハウを活かしたPMCの設立。
この新興PMC『サイストック・アライアンス』は、都市や施設の警備に要人警護、ロジスティクスの構築といったノウハウから今のところ順調な滑り出しと言えた。
こうして、未だ政情不安の続くコルウェルで、拉致された商社マンの家族を取り返すような任務もまた、俺たちの新たな仕事だった。
「アメリア!ラナ!」
「あなた!」
「パパ!」
降りてきたヘリから飛び降りた男が、救出された二人と抱き合っている。
彼らを乗せて後送するヘリの直後に、俺たちの乗るそれが来る。
「よし、上がれ」
今や人数の増えた俺たちモーラー・アルファ=現在のサイストック・アライアンスコルウェル派遣部隊アルファチームが、今の俺たちの仕事――そしている場所だ。
「夜が明けるな……」
向かい側で社長がつぶやく。
ヘリの窓の向こう、山脈の稜線がオレンジに縁どられる。
「!」
その薄らいでいく夜の闇の中、山脈の中腹辺りに、あの日俺が走っていたような道路が見えた。
「ふっ……」
「どうした?」
思えば、あの日から随分と変わった。
人生は不公平だ――今だってその認識は変わらない。
だが、一度ダメだった人間が、一生ダメでいなければならないという理由もない。
「いえ……お?」
ぽすん、と静かに寝息を立てる相棒の頭が俺の肩に寄りかかる。
俺の新しくその考えを得られるようになった、その第一の立役者が。
「……ふっ」
もう一度、ため息のように笑う。
ヘリは方向を変えて山道を飛び越え、山脈の向こうの朝日に向かって飛んで行った。
(おわり)
ここまでご覧いただきありがとうございました!
土竜・オブ・ザ・シティ以上で完結となります!
巨大な都市の廃墟でガンアクションという好きなもの×好きなもので書き始めた本作、もし少しでも面白いと思っていただけたのでしたら幸いです!
それでは、ここまでご覧いただきありがとうございました!




