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土竜・オブ・ザ・シティ  作者: 九木圭人
転移、そして転職
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転移、そして転職1

「では最後に、若い世代に対しての道しるべをお願いします」

「そうですね……、やっぱり自分を信じる事ですかね。人間って、誰しも必ず何らかの才能を持っていて――」

 最近有名なバイオリニストだかピアニストだかをゲストに迎えたラジオ番組は、エンジンを切ると共に山道の暗闇に消えた。

 計器類の光も後を追うように失せ、星の光だけの闇の中で、俺はホルダーから温くなった缶コーヒーを摘まみ上げ、それだけ持って車を降りた。


「……」

 日付の変わる今ぐらいの時間帯の山の中は、だいぶ涼しくなってきた――というより肌寒いぐらいだ。

 曲がりくねった山中の道。その一角にある、恐らく何年も前に閉店したのだろうボロボロに朽ち果てたそば屋の残骸の横、往時は店の駐車場だったのだろう場所に車を停めて、目の前の崖のはるか向こうに見える街並みに目をやる。

 真っ暗闇の山の中、遠くに見える大都会。

 俺が生まれ育った場所。そして――俺の居場所などないと分かった場所。


「……ふん」

 温くなった缶コーヒーを飲み干して、ため息を一つ。

 帰りはカーラジオをつけないで帰ろう。

 一体、あの番組は誰に人気なのだろう。たまたま生まれてきた時代に評価される才能を持っていて、それに集中できる環境を与えられただけの人間の、人生やら人間やらを悟ったような口利きなど。

 自分も同じような才能が眠っているなどと思いたい人間か?或いはそう考えることで悲惨な現実から目を背けたいだけの人間か?


 才能は誰にでもある――まあ、そうなのだろう。多分、あの出演者も嘘は言っていないのだ。

 才能は誰にでもある。それがそいつの生まれた時代に評価されるものだったり、金になるものだったりするのかは別というだけの話だ。

 つまり、俺みたいな人間には全く関係のない話という事だ。


「……」

 ぼうっと遠くの町を見る。

 数分前に日付が変わった。そんな時間なのに、大都市は光の海のようにキラキラ輝いて見える。

 昔、俺はあの中で生まれた。あの中にある、多分ここからでは分からない端っこのほうの、満足にものも食えないような有様ではないけど、特別裕福という訳でもない家に。


 両親は俺に絶大な希望を寄せていた。俺の人生を産まれる前から決めていた位に。

 物心ついた俺に最初に与えられたのはサッカーボールだった。

 生まれてくる子供が男だったらサッカーをやらせる――サッカーの名門高校を出た父親がそう息巻いていたらしい。

 当然、小学校に上がった辺りからの俺の生活はそういうものになった。

 サッカーが好きだったかと言えば、対外的にはそうだ。つまり、模範解答としてはそう答えて生きてきた。

 実際は?日曜の朝から父親のコーチングで走らされて、試合の帰り道では父親の運転する車内で延々罵倒され続けるようなクソッタレ球蹴りが好きな訳がない。中学生ぐらいになった時には何度ボールの代わりに寝ている父親の頭を蹴り飛ばしてやろうかとさえ思ったものだ。


 当然、そんな状態で上手くなるはずもなく、俺は父親の希望するサッカー部だけの寮がある全国規模の名門校に進学など出来ず、地元の平凡な高校に入ることとなった。

 高校ではサッカーはやらなかった。当然、懲役刑のようなサッカー生活が終わったのだ。やりたくなどなかったし、やらせたかった人間が失望したので仮入部さえもしなかった。


 もっとも、それでまともになるのなら俺は多分こんなことになっていない。

 小中学校では問題にならなかった存在=教師がここにきて牙をむいた。


 小学校の頃、教師は空気だった。

 俺の担任になったのは問題を起こさなければそれでいいというタイプばかりで、表立った問題児以外は全て適当に処理していた。

 当然、俺がそこで問題児の判定を受けることなどない。彼らの中では、そして通知表でも、俺は問題を起こさず扱いやすい、家庭での教育が行き届いている児童だった。


 中学に入ると輪をかけて簡単になった。

 中学三年間の担任はもっと古いタイプの人間で、スポーツに打ち込んでいると見るや問答無用で優等生扱いだった。その程度の認識の人間がなんで教師なんて出来ているのかは分からないが、まあ人手不足という事なのだろう。

 父親がサッカーに入れ込んでいて、息子も部活動に一生懸命――少なくとも傍からはそう見える――時点で、彼にとっては素晴らしいことなのだ。彼に見えていたのはきっと俺ではなく昭和の熱血教育ドラマか何かだろう。


 だが高校に入ってすぐ、とんでもないのがご登場だ。

 高校の担任は中年女だった。普段は物腰穏やかだったが、周りから聞こえてくるのは「ハズレ」の一言だけ。

 その理由はすぐに分かる事となった。

 多分、これまでのどの教師よりも教師に向いていない人間だった。

 生徒が騒いだり逆らったりした場合、普通なら説教したり、昔ならぶん殴ってでも黙らせていただろうが、この女がその場合に取るほぼ唯一の選択肢はヒステリーだった。

 居丈高に叫び、それから自己憐憫満点の涙。それも、どうしようもない問題児相手という訳でもない、ただ単にちょっと突っ張っただけだったり、反抗期が調子に乗っただけだったり、そういうレベルの、多分教師なら誰でもぶつかる事態だ。


 その状況で一番割を食うのは?反抗しない生徒だ。そして俺はその時そういう立場だった。サッカーを辞めて、しかし他にすることも無ければつるむ友達もいない俺は、必然的に大人しいタイプになっていった。

 そしてあの教師のような人間にとって、大人しくて逆らわない人間は、例えそれが生徒であっても頼るべき存在なのだった。


 クラスが荒れる。教師がヒステリーを起こして泣きだす。当然、そんな状態なので何も進まない。例えば文化祭の準備の分担だったり、クラス委員の割り当てだったりの類は何も。

 だが、何も決まらないからと何もしない訳にはいかない。となると――まあ、つまりそういう事だ。


(つづく)

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