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土竜・オブ・ザ・シティ  作者: 九木圭人
狡兎死して
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狡兎死して8

「かなり広いですね……」

「残念だが、連中の物量からすればこれでも少ない方だろう。まったく羨ましい話だが、モノが人手より多い状態だ」

 と、場違いに明るい電子音が会話を中断させた。

 カプシス氏が、その音の主=ドルニエ商会の社内用PHSを自らのポケットから摘まみ上げると、何も言わずに通話ボタンだけを押す。

 電子音が消え、それから数秒の沈黙。


「……ああ、分かった。そうしてくれ」

 その小さな機械の向こうから伝えられた情報がどういったものかは、彼の表情から読み取ることは不可能だ。

 だが、通話を終え、再びPHSを元のポケットにしまった時の表情と、俺たちを見る目、そして何より通話終了の合図のようについたため息一つ。

 それらがいい知らせではないと雄弁に物語っていた。


「早速だが、予定変更だ」

 俺たち全員を見回した後、その視線は俺とその隣にいる相方に向く。

「今回使用を想定していた階層間リフトだが、ウィーゼルの連中が周囲に張り付いていて使用できない。以前使ったデリックは起動音で嫌でも目立つ。となれば、多少骨は折れるがプランBだ」

 そう言ってプロジェクターを操作する。それに合わせて映像に変化が生じるが、図面の上では間違い探しのような小さな変化だ――あくまで、図面の上では。

 階層間リフトによって二層に降りることを想定していた最初のルートのすぐ近く。より細い竪坑を垂直に降りた先で東に直進。目の前に浮かび上がっているその図が正確なら二層の天井付近に張り付くように進んだ先で、再び垂直に降りていく。

 結果として警察署には少しだけ近づくのかもしれないが、それがイコール楽な道ではないというのは言われなくても想像に難くなかった。


「うちの店舗の裏手に、外からは入れない小さな道がある。そこを通って、古い物置から入れる非常口を使ってもらう。そこから梯子で下に降り、二層の天井……というべきか、一層の床の裏側というべきかに張り付いているメンテナンス通路を通り、二層側からの出入り口を使って二層に降りてもらう」

 どうやら図は正確らしい。

 サイストックは巨大な構造物によって覆われている階層式都市という事情から、こうしたメンテナンス通路が所々残されている。元々ほとんどがLDを始めとしたしかるべき相手にしかるべき額を納めることで諸々の問題をクリアして来た場所である割りにはその辺は律儀にやっていると言うべきだろうか。


 まあとにかく、お陰で俺たちの仕事にも利益があるのだ。


「降りた先はこのハイゼル通り。だが、警備部隊暴走の際の影響で所々道路状況が変わっている。幸い、この辺りはジャミングの影響にないため、都度情報支援を行える。通信はいつでも拾えるようにしておいてくれ」

 釈迦に説法ではあるが――そう付け加えて結ぶカプシス氏。

 とにかく、これでやるべきことは決まった。


「質問が無ければ、お待ちかねの奴だ」

 そう言ってカプシス氏が部屋に自らの部下だろう男たちを招き入れると、彼等が台車に載せて運び込んできたコンテナを会議用の長机の上に持ち上げた。

「普段の装備と同じものではないが、これが今うちで用意できる最良の品だ」

 それがどこまで信じていいものかは分からないが、今回の仕事を失敗すれば彼等にも危害が及ぶと考えれば誇大広告という可能性は低いだろう。

 頭の片隅でそう結論付けながら、提供されたそれらを取り出す。

 ハンドガードを四面ともレールに換装したM4カービンに45口径のオートマチック。そしてそれら用のサプレッサー。予備弾とマガジン。

 加えて各種グレネードに、パルスナイフ。さらにメディックポーチとその中身一式と、我が社で用いるのと同機種の無線機。それに眼帯式の暗視装置やら昆虫サイズのドローンやら内視鏡やらジェルロックやらが続く。

 つまり、都市モグラスターターキットと言っていい代物が飛び出して来た。


 加えてトラウマプレート付きのプレートキャリアと、このコンテナの中身で都市モグラを開業するに足りないものがあるとすれば、ハーストと都市モグラ本人位のものだろう。

「他に必要なものは?」

 そして確かに最良という言葉は、あながち誇大広告とは言えないだろう。

 ――細かい所を挙げれば100%真実でもないのだろうが、それでも実用には十分な水準にある。


「いえ、十分です」

「よし、なら早速かかってくれ」

 支給されたブラックのプレートキャリアと両膝のパッドを着込み、全身のポーチにそれぞれを収納。

 弾もマガジンに詰め込んでポーチへ。今回の任務はあくまでシルバー・ホール一人の救出だ。居場所も分かっている以上、それほど大量には必要あるまい。銃本体に差し込んだものと併せて五本のマガジン。計150発の5.56mm×45弾を纏い、更に.45ACP弾も計三本のマガジンを用意。コンバットシャツ等ではなく完全な私服の上からこうした諸々を身に着けるのは初めてかもしれない。


 ともあれ、支度は出来た。俺もエリカも、日常生活からそのまま戦場に放り込まれたような格好だが、まあ仕方がない。事実として、形の上では都市モグラとしての活動は自粛を余儀なくされているのだ――自粛の強制というのもおかしな話だが。

「時計合わせ。0621。5秒前……4……3……2……1……今」

 準備を整えたらカプシス氏に率いられて店舗の裏へ。

 先程使った裏口とはまた別の、建物の裏にある道――というか空間を、建物に沿って進んでいく。

 建物と背の高いフェンスで囲まれたこの場所を外から伺う事は出来ない。それどころか、知らなければこんな場所がある事すら分からないだろう――今歩いている俺たちがそうであるように。


「この中だ」

 そのどん詰まり。掘っ立て小屋のような小さな物置の中へ。

「今はちょっとしたハーブ園みたいになっているがな、こいつは……女房の趣味だ」

 その言葉通り扉以外の全ての面を覆っている棚には所狭しと鉢植えが並べられ、様々な植物が蔦や葉っぱを辺りに伸ばしていて、建物全体が植物で覆われているようにさえ感じるほどの密度だ。どうやらカプシス夫人の入れ込みようは相当なものらしい。

 その棚のうちの一つ。扉の向かい側にあるそれの下に敷かれたブルーシートを、カプシス氏が器用にどかすと、出てきたのは円形のマンホール。その名の通り人の通れるサイズのそれを、横に立てかけてあったオープナーで引き上げる。


「……っと」

 それなりに重さだろうその蓋を、後ろに倒れ込むようにして動かしたカプシス氏。彼の肩越しに見えるぽっかり開いた穴には、金属製の梯子がその奥に向かって伸びていた。

 そこに氏が手のひらサイズのドローンを投げ入れると、自らのスマートフォンを持ち出して映像を受信。自由落下中にローターが起動し落下速度が急速に落ちたそれが梯子の終点=格子状の金属に囲まれた場所の周囲を映し出す。進路上に異常なし。


「ここから真っすぐ下に降りて、メンテナンス通路を進んだ先の階段から二層に降りることができる。健闘を祈るぞ」

「「了解しました」」

 彼に見送られ、暗闇に伸びている梯子に手をかけると、ひんやりとしたその感触と共にはく離した塗料がぱりぱりと落ちていくのを感じた。


 タン、タンと暗い穴の中にスニーカーの底と鉄の棒が触れる微かな音だけが響き、時折それに装備品のぶつかる音が混じる。

 下を見たら降りられなさそうで――それ以上に狭さ的に不可能そうで、ただ前=梯子を見たまま降りていく。

 時間にして、恐らく一分か二分だろう。それまでの真っ暗闇に僅かな光が差し込むのが、下を見下ろすことが出来なくても分かった。

 そのまま一番下へ。


「クリア」

 周囲を確認し、後続するエリカに伝える。

 話の通り、二層の天井にぴったりと張り付くように設けられたこのメンテナンス通路。それを覆うまるで鳥かごのように細かい鉄格子の向こうに、二層の街並み全体が広がっていた。


(つづく)

投稿遅くなりまして申し訳ございません。

今日はここまで

続きは明日に

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