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「やっぱりユリね、神野先輩はあの時の様子からして由香の事嫌いじゃないと思うのよね」
ユリちゃんが言う。
「うんうん。私もそう思う。由香ゴメンね、あの時教室の中で神野先輩と由香が話してる所、2人で覗き見してたの」
ヒナが続けて言う。
あの時というのは、私が上履きを投げた後に教室に逃げ込んで閉じ籠った所に、神野先輩が来た時の事だろう。
「全然、謝らないで。私の方が騙す形になってしまってゴメン」
私が言う。
私は、ヒナとユリちゃんに説明する為に全て正直に話した。
ヒナとユリちゃんの恋バナに付いて行けず辛かった事。ヒナとユリちゃんが仲良くなって、自分がハズされるのではないか?と怖かった事。嘘を付いてでも好きな人と彼氏を作って、また3人で話せるように戻りたかった事。
そして、神野先輩の事を、好きになってしまった事
・・・。
ヒナとユリちゃんは、私の嘘を快く許してくれた。それどころか、自分達が楽しいからと言って私が付いて行けない話ばかりになってゴメン、と謝ってくれた。
そして、神野先輩への恋を応援してくれる、と。
こんな私に協力してくれるなんて、嬉しい。
「ユリはね、改めて神野先輩に告白すべきだと思うの」
「そうだよね、そうしないと始まらないよ!由香!」
2人は、私に詰め寄りながらそう言った。言葉に力が入っている。
その勢いに押されて、私の中の『神野先輩に気持ちを伝えたい』という思いが膨らんでいく。
けれども・・・。
「・・・でも、もう既に一度先輩を呼び出して、間違えました!と言ってしまった立場としては・・・」
自分で言って、あの時の事を思い出してしまった。ズーンと心が重くなる。体も一緒に重くなる。
再び神野先輩の前に立って「やっぱり好きです」とは言えない・・・。
ため息混じりに下を向いた。
そんな私の肩に手を置いて、ユリちゃんが元気に言う。
「怖気付いても進まないわ。ここは次の作戦よ!」
「ユリちゃん、何か良い案があるのね!」
目を輝かせながらヒナが言った。
本人よりも盛り上がる2人。でも私は有り難いと思った。沈み込む度に引っ張り上げてくれる2人の存在が頼もしい。
でも、ユリちゃんの次の言葉を聞いて、私は「ん?」と思った。
「とにかく呼び出す!まずこれ!森のクマさん作戦よ!」
・・・。
「最新のヤツ来ました!」
拍手する2人。また、変なのが流行り始めているのかな・・・。
「告白したい!と想いを寄せる人に追い掛けられた所で、白い貝殻の小さなイヤリングを落とすのです!」
「拾った相手は落とし主を追い掛けて返すのです!」
・・・なんか、こんなのばっかりだなぁ・・・。
「えっと、ど、どうやって追い掛けてもらうの・・・かな?」
勢いのある2人に、私はちょっと引きながら聞いた。
「目を合わせて微笑んで、走り出せば良いのよ。大体付いてくる筈!」
「早速行こう!由香!クマさんになるのよ!」
「ヒナ、なるのはクマじゃなくてお嬢さんの方よ!」
ユリちゃんがポケットの中を探る。何故か持っていたイヤリングを渡された。そして、私は3年の教室へと送り出されたのでした・・・。
3年3組の教室をそっと覗くと、すぐに神野先輩の姿は見つかった。さっきサッカーに勝って貰った賞品のイチゴオレを、横に居る友達に上げて何か話してる所だ。
しかしながら、こちらに背を向けて机に寄りかかるように腰掛けている。当然の事ながら、私の存在には気付いていない。
後ろ向いてるのに目を合わせるって、どうやるんだろう?
そう思いながら背中を見つめていると、急に神野先輩が振り返った。
わっ!
思わず私は逃げた。目なんか合わせられなかった。
なのに・・・。
「待って鈴原ちゃん、逃げないで」
神野先輩は追い掛けて来た。
足が速い。
すぐに追いつかれ、手を掴まれてしまう。
「神野先輩・・・」
言って私は振り返った。顔は赤くなっているだろう、すごく熱い。
でも、次の神野先輩の言葉で一気に体温が下がった。
「あのさ、コジの事見てるんでしょ?俺連れて来てあげようか?」
「!」
サーッと音を立てて、体中の血が足元へと降りて行った。
そんな、私が見てるのは神野先輩の事なのに。
だけど、そう思われても仕方ない。だって私、あの時「間違えた」って言ったんだから。
神野先輩は優しいから、私の為に動いてくれようとしているんだ。
私が上履きを投げた時に、一緒に居たのは確か神野先輩を含めて4人だった。他の3人の中から、何をどうやって児島先輩を見出したのかは分からないけれども、私が児島先輩と間違えて神野先輩に上履きをぶつけてしまったのは事実だ。
訂正しないと。見てるのは神野先輩だって伝えないと。
「ち、違うんです。私、その・・・」
「違う?」
先輩の顔が近い。目を合わせるどころか急接近だよこれ。
私の顔はまたまた熱くなる。
「あっ、ゴメンなさい。私、行きます。失礼しました」
私は、恥ずかしさに負けて逃げ出した。
掴まれた手を振り解いた拍子にイヤリングが落ちる。
もう、どうでも良いから、とにかく今は1人になりたい。一度全てから目を逸らしたい。
そして、落ち着いて考えたい。
熱い頬を、緊張で冷たくなった手で押さえながら、とにかく走った。走って走って逃げ出した。
ある程度走って、神野先輩がもう追いかけて来ないと分かってから止まった。肩が激しく上下する。息が苦しかった。胸も苦しかった。
一応、追い掛けて貰えた。イヤリングを落として逃げた。でも・・・
その後、神野先輩は私を追い掛けて来てはくれなかった。
「追い掛けて来てくれなかったよ」
私はヒナとユリちゃんと合流して、泣きながらしゃがみ込んだ。
「由香ー、泣かないでー」
ヒナが私の頭を撫でて慰めてくれる。
「もしかしたら、最後追い掛けるって知らなかったのかも。神野先輩、シンデレラの時もやり方解ってないような感じだったもん」
ユリちゃんも私の肩を優しく叩きながら慰めてくれる。
そんな2人には申し訳無いが、私はもう諦めモードだった。
「児島先輩の事呼んでこようか?って言われちゃった。もう望みないよ」
「由香ー」
2人も私の名前を呼びながら一緒に泣いてくれた。
その後の授業は、一緒にサボってくれた。
私は、泣きながらも3人でサボってしまうと誰もノート取れないな、などという申し訳ない思いも抱えながら泣いた。
私、本人に迷惑な女だなぁ。
放課後、昇降口の向こうに出るのが怖かった。ヒナもユリちゃんも部活。「一緒に帰る」と言ってくれたのを私が断った。これ以上迷惑をかけたく無かったから。
グズグズと靴を履き替えて、足取り重く外に出る。
倉庫脇には2人。そのうちの1人は神野先輩。
どうしても目が向いてしまう。
神野先輩じゃない方の先輩が、私を見ながら神野先輩に話しかけた。それを聞いて、神野先輩が私を見る。そして立ち上がり、こっちに向かって歩いてくる。
もう、逃げ出したりしないで向き合おう。