菊池一族のルーツ?
池のほとりを歩いていた高校生四人組。そこに美しい菊の花が咲いていました。
コロン様主催『菊池祭り』参加作品です。
夏の午後、あたしたち四人の学校の近くの公園を歩いていた。
木々の緑が濃く、蝉の声がうるさく響き渡っている。
あたし菊池ジュリと、幼馴染の藤田ミナト、それに中学からの友人の佐藤ユズナとその彼氏?の鈴木イタルは高校で同じクラスだ。
あたしたちは日常の雑談を交わしながら歩いている。
「今日は本当に暑いね」
と、少し汗ばんだ額をぬぐいながら、明るい笑顔を見せる女の子、ユズナが言った。
「本当に。だけど、こんな日は公園でのんびりするのが一番だよ」
と応じたのは、クラスでも不思議な雰囲気のイタルだ。
こいつはネットに自作の歴史小説を投稿しているらしい。
あたしは読んだことないけど、なぜかユズナが自慢していた。
池のほとりに差しかかる。水面には睡蓮が浮かび、涼しげな景色が広がっている。
そこで突然、もう一人の男の子、ミナトが立ち止まって、池の反対側を指さした。
「見て、あそこ。ジュリの名前ってこういうことだよな」
とミナトが言うと、みんなの視線は彼の指先に向けられた。
そこには、鮮やかな菊の花が一面に咲いていた。
白や黄色の花びらが風に揺れ、まるで生き生きとした絵画のようだった。
「菊を背景にした池か。あたしの名前がここにあるって、なんだか不思議な気持ちだね」
あたしは小さな声でつぶやいていた。
それにこたえるように「菊池という苗字には深い意味があるんだよ」と、イタルが言った。
「菊池は日本での古い姓の一つで、もともとは菊の花がたくさん咲く土地に由来しているんだ」
「へえ、そうなんだ」とユズナが感心したように言った。
「うん。特に九州の熊本県菊池市なんかが有名で、昔はその地域が菊の栽培で栄えていたらしい」とイタルが続けた。
「だから、菊池って名前は、その土地の自然や歴史と深く結びついているんだよ」
イタルの話では、菊の花は平安時代に中国から入ってきたらしい。
そのころに九州の熊本の豪族と大宰府の貴族が結びついて菊池という一族ができたそうだ。
菊池氏は戦国時代に九州での覇権争いに敗れ、別の姓になって東北などの地方にわかれた。
明治以降に菊池一族の子孫に改めて菊池の苗字がもどったそうなのだ。
「あたし名前に、そんな背景があるなんて知らなかった。なんだか、もっと自分の名前が好きになれそう」
「そうだね。名前には色んな意味が込められているんだ。ところで、みんなは魏志倭人伝って知ってる?」
とイタルが微笑んだ。あ、知ってる。最近、それ系の本を読んだんだ。
「イタル。たしか邪馬台国って日本の昔の都のことが書かれてある書物だよね」
ユズナが答えた。
「そうだよ、ユズナ。邪馬台国が日本のどこにあったは近畿説と九州説が有力だ。で、九州説を唱える人には、魏志倭人伝にでてくる狗奴国が熊本にあって、そこを治めていた狗古智卑狗という名前が菊池になったという説もあるんだよ。もしもその歴史が本当だとすると、日本でも特に古い苗字のルーツってことになるね」
「へぇ……そうなんだ」
ユズナは首をかしげている。どこまで本当かはわからないんだろう。
あたしが最近読んだ本では『邪馬台国は東北にあった』って書いてたけどね。
「なあ、イタル。菊池って名前は由緒はあるみたいけど、日本でそれほど多くないと思う。でも、佐藤と鈴木って無茶苦茶多いよな。うちの学年にも複数いるし。佐藤と鈴木って、これも何か歴史的な由来があるのか?」
ミナトがきくと、イタルは「うん、あるよ」と答える。
「昔は苗字を持っていたのは、貴族やある程度身分のある武士、あとは幕府に仕えるとか寺社関係の人だったんだ」
イタルによると、平安時代に藤原一族が勢力をもっていて、その関係者には『藤』の入った苗字がつけられたんだって。
建物の壁を塗る佐官や、『佐渡』『佐野』などに住む人が佐藤になったとか。
鈴木は、和歌山にあった熊野神社の神主さんの姓が大本らしい。
昔は『熊野信仰』というのが浸透していて、寺社の関係者や信者が鈴木の姓になったそうだ。
「へぇー……。さすがイタル。歴史には詳しいね」
その時、ユズナが「でも……」と声をかけてきた。
「明治になって、日本国民のみんなに苗字がついたんだ。町の名前とか、有名人とかの苗字を使ったり、近くの山や田んぼや畑を苗字にすることもあったんだよ。だから、鈴木や佐藤の苗字でもさっきの由来とは無関係の人もいると思う。うちも怪しいしね」
たしかにそうだよね。あたしの両親や親戚も東北の出身だ。
元々の菊池と関係があるか微妙だね。こんど田舎にいったら、うちのルーツをきいてみよう。
あたしたち四人はしばらく菊の花を眺めていた。
急にミナトが「あれっ?」と言った。
「なあ、イタル。苗字に『藤』がつくと貴族だった可能性もあるんだよね。でも、農民が苗字に『田』をつけることがあったんだよな。じゃあ、オレの苗字の『藤田』はどうなるんだよ?」