あの国に思い知らせてやろう。絶対だ。
『あの「お姫様」に、目に物をみせてやる。 』の婚約者側。
お姫様側を考えていたのですが、こちらが先に出来てしまいました。
「逃した魚は大きかっただろう。思い知るが良い!」というシリーズの2つ目です。→https://ncode.syosetu.com/s8970h/
本日は晴天なり。
天気の良い日に兄がよくつぶやいている言葉を真似てみる。
侍従と共に茶会の予定であるガゼボに近づくと、婚約者である令嬢がこちらを見つけてふと雰囲気を和らげてから礼を取る。
「お目通りありがとう存じます。今日は良い日ですこと」
着席し、茶を用意される間に婚約者の顔を見る。
ああ、気が重い。
ともすれば眉を顰めてしまいそうになるが、あえて気づかないふりをして目線を庭園に向ける。
彼女が好む、見目は多少地味だがとびきり香りが良い薔薇が満開だ。
この花が嫌いにならなければ良いが、などと余計な心配をしてしまうが口に出すような間抜けではない。
これから彼女を傷つけるのだ。心配などする権利は無いだろう。
暫く、当たり障りの無い会話を続けた。
早く伝えなければならない。後回しにして良い話ではない。
視界の隅にぽつねんと文官の姿が見える。
あれは兄の側近だな。私が予定通りの伝達を行うか、余計な事を言わないかを見張っているのだろう。
信頼はされていると思っていたのだが。彼女に対しては兄より優先順位が高くなる可能性が捨てきれないと見える。
ちらりと目線をくれると、さっと顔色が変わるのが分かった。
さぞ、目つきが悪いことだろう。睨み付けられていると感じているのか。当然だ。睨んでいるのだから。これくらいは当然且つご愛敬と飲み込んでくれ。
「君に伝えなければいけないことがある」
「何でしょう?」
小首をかしげる様は、気を許した者の前だけで見せる仕草だった。
本来なら、数ヶ月先に迫った婚姻の儀式についての打ち合わせをする予定の場だ。
彼女の頭の中では、招待客や式の手順、その後に行う予定の夜会のことなど、私に伝えられた事柄に対して何が譲れて、どこが譲れないか高速で考えているのだろう。
「私たちの婚姻はなくなった。婚約もまた然り。君に責が無いことを知らしめるためにも、王家有責の婚約破棄となる」
周りの音が消える。
彼女の表情も一瞬で無くなり、ぴんと空気が張り詰めた。
「婚約破棄、ですか」
「ああ。君にはすまないと思っている。が、聞き分けてくれると助かる」
茶器を口に運ぶのを視界の隅に納める。指先がわずかに震えているのが見て取れて、即座に撤回しそうになるのを、手を握りしめて堪えた。
「なぜか、とお伺いしても?」
理由。理由か。
私の意思ではない。そのような事はしたくない。
そう言えればどんなに良いか。
常ならば「国への、ひいては王家への恭順は貴族の義務である」、とこちらを建ててくれるのを良いことに多少の無理は苦笑しながらも飲み込んでくれるのだが、これは多少ではない。私にとっても、彼女にとっても。
「驚いたな。君にも意思というものがあったのか」
「それは失礼を」
「いやこちらこそ失礼した。馬鹿にした物言いであった」
「いやだ」と言って欲しかったが、それは私の我が儘だろう。
ここはプライベートに見えて公の場だ。貴族としての立ち位置を崩さない彼女を、皮肉に思ってきつい物言いをしてしまう。
「恐れながら。これでも貴方様の婚約者として不足は無いと少々自信を持っておりましたのよ?それが覆りそうなのですから。今後のためにも私に何が足りなかったか、勉強させてくださいませ」
うっすらと微笑みを浮かべているが、相変わらず指先が小さく震えている。
許せ、とは言えない。言いたくはない。
「不足など無かったさ。君は大変出来が良かった。良すぎたのだよ」
「は?」
「私には勿体ないとね。喜びたまえ。君は次の国母となる」
絶句した様子に、自分と同じ反応だな、と埒もないことを考えた。
「悪いんだけど、カリーナを譲ってくれないかな」
書類を裁きながら軽い調子で伝えられた内容に言葉を失った。
今現在、兄である王太子の執務室に居るのは限られた人間のみだ。
この部屋の主である兄、私、兄が最も信頼を寄せる側近である事務官のみ。
「突然、何を」
「離縁することとなった。妃は国に帰す。よって、妃の席が空いてしまうんだけど丁度良い令嬢が居ないんだよ。悪いんだけど、カリーナが最適なんだ。お前が是と言えば、議会に挙げる。承認される手はずは整っているから、お前次第だね」
机の上に手を組んで、こちらを見つめる兄にどう言って良いかわからない。
丁度良い?丁度良いとは。
答えを返すことができず、まじまじと見返す私の様子に、兄が大きなため息を吐く。
「悪い。丁度良い、は暴言だった。だが真実だ。公、侯爵位には彼女より適任が居ない。また彼女以外とするなら教育が間に合わないし、どうしたって能力的に劣る。王太子妃より優秀な第二王子妃では、国内のパワーバランスが崩れる」
呆然とする私にもう一度「悪い」と言って苦笑する。
「お前には酷なことだと思うのだが、聞き分けてくれないか」
「…どうにもならないのですか」
「ならなかった。我が妃は既に、帰るための荷造りに入っているよ。「解放してくれ」とさ」
くつりと口の端を歪めて言い捨てる。
馬鹿にしたような笑みを浮かべる兄には、普段彼が装っている人の良さなど微塵も無かった。
「一応僕も努力はしたんだけどね」
ああ。兄は努力をしていた。知っている。
実のところ、兄を評する形容詞である「優しい」「穏やかな」は、作られた物だ。
ごく一部の側近と家族の前では。冷静沈着で一部苛烈な部分を見せる。
「この方が都合が良いんだ。ほら、父に比べて物が言いやすいだろう」などと言いながら、柔らかい口調で相手を追い詰めるのを知っている。
雰囲気が柔く、口調も穏やかなので責められる方が勝手に自責の念を持ってくれて便利だそうです、と側近が言っていた。
この外面に惚れた同盟国の姫君に、反意を持たれないよう、また不都合な情報を生国に漏らさないよう、甘い言葉と態度で妃の歓心を引き続けているのを知っている。
一応、内向きとされる姫の前でも気が抜けないのは何とも大変だな、と同情めいた感想を持ったこともある。
引き換え、私とカリーナでは……。
10年前、婚約を結んだときに兄のため、国のために共に同じ方向を見て、一緒に歩もうと約束したのを思い出す。
それ以降、国の「顔」である兄が良い印象を持たれるよう、民を、貴族達を引きつけることが出来るようにあえて強硬な態度を持つようにしてきた。
実際、時に強引な案や物言いをする私を宥めながら丁度良い着地点を探ったり、内憂に対しては私が法が許す範囲の内、最も苛烈な罰を提案して兄が多少和らげるといったことで周りの罰する側も罰せられる側も納得するといったことが多かった。
そんな我々兄弟に付いてきてくれるため、カリーナは大変な努力をしてくれているのを知っている。
問いに対する適切な答え、法の理解、国内外の知識、どれを取っても十二分に実力を発揮してくれていた。
また、それはろくにこの国のことを知らない王太子妃へのフォローでもあったのに。
「義姉上は」
「望んでいなかった、と言われちゃった」
「は?」
「帝国に外遊しただろう?夜会で笑われたんだって。自国の事に不勉強だ、ってね」
「それは…、確かにそうですが。それが良いとしたのは義姉上本人でしょう。いつもその役目はカリーナに任せきりなのを、望んだのはご自身だ」
「だろう?それが耐えられないんだってさ。何もさせて貰えない、私が居る意味はあるの?だって」
兄が吐き捨てる。
「同盟のため、居るだけで役目は果たしている。我々の友好を次代へと繋ぐのが、最も重要な役目である」とかの国の王が宣い、義姉本人も頷き、本当に「居るだけ」だった。
毎日与えられた豪華な居室で日がな一日茶をのみ、刺繍をし、兄の戻りを待ち。
愛されること、子を設けることが二国にとって一番重要なことだ、と嘯いていた。
性根が悪い女性ではない。
無駄遣いをする訳ではなく、周りを無駄に処罰したり我が儘を言ったりするわけでもなく、いつも兄に対して「愛している」「結婚できて幸せ」と甘い言葉と態度を伝え、おっとりとした所作で、優しい、柔和な、穏やかな、と称される笑みを浮かべて兄の隣に楽しそうに佇んでいた。
二人の時間と称し、兄と庭園を散策する様子は「睦まじい」「お似合いだ」と皆の笑顔を誘っていた。
周りからは特に問題とされたことは無い。「そういうもの」だとされていた。
それでも一応、輿入れ直後は王太子妃教育として座学を受けさせていたのだ。
それを独自の「輿入れを「してあげた」のが一番の功績で役目」との意思を貫いたのはかの姫だ。
授業は従順に受けていた。ただ、一向に身につかないそれに、私たちが諦めた。
いつまでも恋人気分で同じような愛の言葉を兄に求め、「妻」の役割が一番大事だと、政務で疲れた兄を癒やすのが役目だと、にこにこと微笑んでいた。
兄は「仕方がないよ。その分僕が頑張れば良いんだから」と、こちらから婚姻を破棄するわけにはいかないしと言いながら、王太子妃の分の職務も背負って倒れそうになって、見ていられなくてカリーナと二人、担える部分は奪い取るようにして4人分の職務を、3人で懸命にこなしてきた。
3人で回るよう役職を整備して文官を揃え、ようやく楽になってきた矢先だ。
「カリーナを…大事にしてください」
「勿論。最低限だよね、それは。お前にも、彼女にも辛いことだと思うけど」
は、と良いとも悪いとも言えない返事を返すだけの私の頭を、ぽんぽんと軽く叩いて退出する。
ここは兄の執務室なのだから、私を一人きりにするのは良くない。良くないと分かっているが動けない私を気遣ってくれたのを感じる。
動けないのだから一人でも良いのか。
埒も無いことを考えながら両手で顔を覆い、深く俯く。
かの姫は、何がしたかったのだろう。
おっとりと微笑みを浮かべる彼女に聞いてみたかった。
国に帰る、というのはある意味僥倖だ。これ以上、顔を見ずにすむ。
カリーナが、兄の隣に立つのなら、私は国内に居ない方が良いだろう。
外交官の顔を思い浮かべながら、部署内の人員の異動と再編成を頭の中で行う。
また、このことで同盟が破棄されるようなことはあってはならない。どれだけスムーズに立場の入れ替えを行うか、算段を始めた自分は、彼女に唾棄されてしかるべきだろう。
同盟を結びつつ、どれだけ有利な条件を引き出すことができるか。
我が国を、兄を、私とカリーナを馬鹿にしたかの国に、報復を。
義姉に、かの国の王に、思い知らせてやろう。絶対だ。