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Fox Tail 狐のいる喫茶店   作者: 雪本 風香


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狐の会合2


八紘と多尾が席に戻るのを見計らって、千草は口を開いた。

今の人間界の現状。詣でる者もいなくなって寂れていく稲荷神社。そして、稲荷神社を統べる能力を持った妖狐が減ったことにより、管理できないまま放置されている稲荷神社。

そして、なにより。


「人間はかつてのように狐を信仰せぬ。八百万の神がおり、折に触れ祈りを捧げた時と時代が違う。大半の者にとっては風習として残っているのみで、昔のように『お狐様』と崇められる者ではない」


静寂が場を包み込む。あまりの現状に誰も言葉を発することができなかった。そして、千草が付け足した言葉が追い討ちをかける。

「これは吾の推測だが……人間の信仰心が薄れたことが、力を持った妖狐が生まれない要因ではないか」


沈黙を破ったのは八紘だった。

「面白い推測だ。人間はかつてのように妖狐を崇めない。だが、それがどうした。我々は神だ。信じない者に阿る(おもねる)必要はない」

八紘の言葉で妖狐たちも正気を取り戻したようだ。

彼の声は響く。妖狐の心の奥底に。自信に満ち溢れた長の言葉。

どんなことがあっても自分の信念は揺らがない。妖狐という誇りは失わない。

さすが、狐を束ねることはある。

こういう時に八紘の発する言動、態度。

敵わぬ、と呟いて千草はある提案をする。

「人間界に妖狐の拠点を作る。全国各地にある稲荷神社は、今まで殺されていた力を持たぬ狐を派遣し管理する。そして我々に協力的な人間に稲荷神社の復興を手伝ってもらう。そうすればまた力の持った妖狐も生まれるだろう。

人間に阿るのではなく、人間と共存していく道を探らぬか?」


「そんなこと、幻想よ!」

八紘ですら何と言いあぐねている中で、沈黙を破ったのは葛の葉だった。この場にいる狐で唯一人間と子を成し、暫し共に過ごした狐。安倍晴明の母親である葛の葉は自分の体験を語る。

「人間は裏切るわ!保名(やすな)も狐と人と共存を目指していたけれど、力を持った子どもが生まれたら『人間と妖狐は相容れない』と言って私の元から去っていったわ」

「それは言葉通りの意味なのでしょうか?」

葛の葉の話に反応したのは浅葱だった。葛の葉は鋭い眼差しを向ける。浅葱は正面からその視線を受け止めて続けた。

「保名さんは怖かったのではないでしょうか?」

「怖い?」

「ええ。お狐様と居ればいるほど自覚するんです。自分の命の短さ、護ろうと思っているのに護ってもらう不甲斐なさ。自分はどんどん失っていくのに、お狐様は変わらずそこに居てくれる。……人間にとって、それはとても怖いことです」


「だから何?」

自嘲するように笑うと葛の葉は続けた。

「今更保名の気持ちを知ったところで、何も変わらないわ。人間と妖狐は相容れない。相容れないものは交わらない方がいい。だから人間と関わるのは禁忌になった。それが掟。

たまきもわかっているでしょう?」

「ああ、分かっている」

「掟破りはたまき。禁忌を犯して人間なぞに妖狐の力を分け与えた。罰しないといけないわ。たまきも、人間も」

「ならば、お主も罰しないといけないな。葛の葉」


何で私が、という顔をした葛の葉に千草は伝えた。

「あちらにいる時に八紘から直々の依頼を受けた。安倍晴明の子孫が拝み屋のようなことをして人間を呪っていると。……その顔を見る限り、八紘は葛の葉の耳にはいれていなかったようだな」

愕然としている葛の葉の表情は返事を聞くよりも雄弁に心の内を語っていた。

浅葱も郷田との一件を思い出す。千草が断れない依頼と言った訳がこの場でやっと理解した。

八紘以外の狐も初めて聞くのだろう。どよめきが場を包み込んでいる。


「事実なの、八紘?」

「それを知ったところで何になる、葛の葉。安倍(なにがし)の子孫が妖狐の力を使い、呪をかけるなぞ、今まで数えきれないほどあった。その度に対応していては追い付かぬから、今まで不干渉でいたまでだ。たまたま人間界にたまきが居て、依頼の仕方が気に食わぬかったから少々仕返しをしたまでだ」

八紘は千草に目をやる。余計なことを言うな、と咎める視線を受けた千草は、口を開いた。

「安倍の一族が妖狐の力をどのように使っているかは些末なこと。一番は、我々妖狐が人と距離を取り、そして何百年も同じやり方に固執をしていることじゃ」


誰も何も言わない。千草は気にせず更に言葉を紡ぐ。

「人間は変わった。それに合わせて変化する種族もいる。……狸たちのように」

呆然としていた狐達が一斉に沸いた。

妖狐は他の種族、ことさら狸と比べられるのを嫌う。わかっていて敢えて口に出した千草の思惑通り、場は紛糾する。

千草を非難する言葉が四方から投げつけられる。千草は気に止めない。ただ一点、真っ直ぐに八紘を見つめていた。


「八紘」

千草が口を開く。ざわついていた狐達が静まり返った。

八紘は目で千草を諌めようとする。彼にはこの後、千草が何を言おうとしているか予想できたのだ。

軽く首を振った千草は、八紘の制止に気づかないふりをして言葉を発した。


「妖狐も人間と共に生きる道を見つけよう。吾はそのためにこの命を差し出す」

暫し流れた沈黙を破ったのは、八紘の盛大なため息だった。


「認め……」

「面白い」

八紘の声に被せるように、今まで沈黙を守っていた多尾が口を開いた。

「人間に妖狐、それも稀有な黒狐が命を張るという。妖狐を、否、わしを満足させる答えを持っているということかの?」

「多尾様」

咎める八紘の視線に多尾はいたずらそうな笑みを浮かべていた。

八紘は先程と別の意味でため息をついた。

(止められぬか)

この笑みを浮かべている時の多尾は人の話を聞かない。

自分の欲求を満たされるまで、決して追求の手を休めないだろう。

そして、千草もまた笑みを浮かべていた。


(やられた)

自分に話しかける振りをして、実際に問いかけていたのは多尾だったのだろう。

千草は八紘よりも多尾の性格も知り尽くしている。どのような話題をもっていけば多尾の興味を引けるのかも熟知している。

事前に示し合わせていたわけではないだろう。それは多尾の顔が語っている。次に千草がどのように口を開くのか待ち構えているのだ。

千草も多尾がうまく乗ってきたことに心持ち安堵したようだ。少しだけ余裕ができたのか、ゆっくりと言葉を紡ぎ出す。


「人間界に拠点を作ります。そして、その場から全国の稲荷神社に狐を派遣いたします」

「ほう。……拠点はすぐに作れるだろうが、派遣する妖狐たちはどうするのじゃ。ただでさえ妖狐の数は減っているだろう」

千草はニヤリと笑った。多尾のその言葉を待っていたかのように。

「いえ、妖狐ではありません。狐です」

「狐?」

「ええ。狐です。……生まれて10年以内に殺されてしまう、力を持たない狐です」



「きつね……」

狐に包まれた表情をした多尾が口の中で呟いた。呆気にとられている多尾に変わって口を開いたのは八紘だった。

「あやつらは我々と同族でない」

吐き捨てるようにいう八紘に向き合った千草は自分の思いを吐露する。

「あの者も我々の血を引いておる。妖狐の親を持ちながら、残念ながら力を持たなかったばかりに殺された命だ。……八紘。お主と吾の子もその中にいただろう。吾はもう見たくないのだ。自らの天寿を全うすることなく、この世から去って行く命を」

千草は一旦言葉を切ると、チラッと浅葱を見た。一瞬何故見られたかわからずキョトンとしていた浅葱だったが、いつものように穏やかに微笑んだ。

その笑顔に勇気付けられたように千草は頷くと、八紘をはじめとする執行役の狐に再び向かい合った。

「吾は人間と共に生きたいと思うのと同じくらい、力を持たぬばかりに処分される狐も救いたいのだ。妖狐になるよりも、力を持たない者の方が多い。その者を妖狐が統括し、妖狐の目の届かない中小の稲荷を管理させれば今のような廃墟のような稲荷はグッと減るでしょう」

「ほう。それで人員は確保できるが、果たしてそれで納得するかの。妖狐が」

食いついたのは多尾だった。八紘は苦虫を噛み潰した表情をしており、葛の葉を始め大多数の狐は信じられないという顔で千草を見つめている。


「まずは、誰が人間界の拠点で狐を束ねるのか。次に人間界で暮らす狐の食い扶持をどうするのか。そして、一番の問題は我々には人間界で拠点を暮らすノウハウはない。それがすべて解決してもここにいる妖狐を納得させるのは骨が折れるぞ」

「ええ、わかっています。ですが多尾様、吾も人間界で遊んでいた訳ではありません。人間界での算段はもうついているのです」

「どうするのじゃ?」

千草は今日何度目かの不敵な笑みを浮かべた。

「先に人間界で暮らしてきた狸が相談役になってくれます」

再度狐達がざわついた。だが、先程のように非難というよりも驚きの方が勝っている。


場の空気が変化する。突拍子もない千草の提案。だがこの話は、妖狐達が多かれ少なかれ感じていた問題の確信をついていた。

ざわめきが大きくなる。提案に否定する声に混じって、自分達が巻き込まれないのであればやらしてみれば、という意見も少数だが混じっている。

妖狐たちも、稲荷神社がこのままで良いとは思っていないのだ。

千草の訴えは、女狐の心を打った。母になった狐は、喜んで子を手放した者はいない。狐の掟、だから従った。

女狐だけでない。男狐も力を持たぬばかりに殺される狐のことを是と思っている者は少ない。ただ、変えようとするものがいなかったのだ。


千草が提案するまで。


ましてや千草は黒狐だ。稀な存在であり、その一挙手一投足が注目される。彼女もまた、八紘とは違う意味で人を引き付ける魅力のある狐だった。


千草の提案の発端が、千草の後ろに控えている浅葱。穏やかに微笑みながら千草に守られるように座っている浅葱だが、先程八紘と対峙したときの動じない姿勢は、狐たちの興味を引いている。

ましてや黒狐のたまきが肩入れしている人間だ。

変化がない日常を送っている狐たちにとって刺激的な出来事。

一旦火がついたざわめきは大きな声になり、喧々囂々の渦になった。


沸く狐を制したのは八紘だった。

「何故、そこまで必死になる?そこまで人間の味方をする?」

一瞬だけ苦しそうな顔をした八紘は平坦な声で尋ねた。

「人間に、いやその男に惚れているのか?」

八紘のその言葉は、狐たちの気持ちを代弁していた。



「惚れている、か。……それはよくわからぬ。だが、浅葱の元で生きてきたこの100年はとても心地よい期間(とき)であった。こちらの世界では体験できなかった感情だ。

……黒狐の本能は人と共に生きることだ。

吾が黒狐に生まれたこと、そして、人間界に追放されたこと。全て吾の宿命(さだめ)なのだろう。

この時代に黒狐が生まれたこと。妖狐よりも大きな力が、運命を動かそうとしている。そのような気がしてならないのだ」

狐たちのため息がもれた。感嘆か、嘆息か。どちらともとれるため息が場を包む。だが、千草はその声にならない音には一切気にも止めない。ただ一点、真っ直ぐに八紘を見つめている。千草の眉が申し訳なさそうに寄った。

「すまぬ、八紘。……吾は白狐の、いや、妖狐としては普通には生きられないようだ」

八紘は何も言わなかった。その代わり、千草と視線を交わす。千草は困ったように笑った。

この後、八紘が発する言葉に予想ができた。


(難儀だの、長というものも)

目で語りかけた言葉はきちんと八紘に伝わったようだ。

(うるさい。だからお前は……)

その続きを八紘は心の内に納めた。そして、長として発言する。この発言をすれば、多尾が口を開く。平穏に飽きている多尾だ。きっと千草の味方になる発言をするだろう。

表だって千草を肯定できない立場である八紘は、大多数の妖狐を代表して発言する。


「理想を語るのは良い。だが我々は妖狐であり、神だ。我々が守るのは人間ではなく、神としての秩序だ。そのために掟はある。掟の枠をはみ出したことは認めぬ。それが稀有な黒狐であってもだ」

八紘の長としての発言を聞いた時に発した狐は、案の定多尾だった。

「よいではないか」

多尾は八紘にニヤリと笑いかけると、千草に向かい合った。

「お主のことだ。きちんと算段はつけているのだろう。ならば道楽でやってみればよい。たまきがおらぬ200年、ここにいる妖狐達で回っておった」

「ですが」

八紘が口を挟む。本気で制止しようとは思っていない声だが、それが伝わっているのは、これが茶番だと理解しているのは、千草と八紘、多尾のみであった。


「よいではないか。先程たまきは尾をかけるといった。それほどの覚悟があるならば好きにさせたらよい。どちらに転んでも我々には影響はないことじゃ。

それに……」

多尾は浅葱についてあることを告げた。

その一言で千草は驚き、浅葱を見た。いや、この場の狐全員が浅葱を見る。

周りから来る視線を受け止める浅葱は動じない。

いつものように穏やかに微笑んで発言した。


「僕は許される限り、千草さんのお側にいたいです。そして彼女を守りたい」

そして八紘を見る。

「千草さんに救っていただいた命です。ですので、彼女のためにこの命をかけたい。八紘さん、この場で僕を殺めるのでしたら、ひとつお願いがあります」

固唾をのんで狐達が見守る。八紘が目で続きを促した。

「僕の命の代わりに、千草さんの尾は切らないでいただけますか?」

「浅葱!」

千草の強い声が飛んでくる。浅葱は笑みを絶やさない。


「いいだろう」

八紘の声が浅葱の目の前で聞こえた。動揺していた千草は動けなかった。

八紘の指が浅葱の首元に添えられる。千草が動くよりも早く八紘が浅葱を絞め殺すだろう。

「八紘!吾が尾を切る。だから浅葱は……。吾の身勝手で生かしたのだ。責任は吾が負う!」

千草の悲鳴のような声が響く。

八紘の背中は動かなかった。浅葱は、この場でもいつものように穏やかに微笑んでいる。

「八紘!……頼む!」

聞こえていないかのように千草の声を無視する。少しずつ手に力がこもっているのか、浅葱の顔が少しずつ苦しそうな表情に変わる。


「浅葱!……八紘!」

千草の声が切羽詰まる。

浅葱の顔が赤く染まる。八紘があと少し力を入れれば浅葱の命は奪える。

逡巡したのは一瞬だった。



千草が八紘を止めようと飛びかかろうとした瞬間、八紘の手が浅葱から離れた。

「……ふぅ。つまらぬな」

ドサッという音と浅葱の激しく咳き込む声。

「浅葱!」

駆け寄り浅葱を抱き起こす千草に八紘の声が降ってくる。

類稀な(たぐいまれ)な力を持ち、それでも人間に肩入れする。お前は馬鹿な狐だ」

呆れた声色。だが、その声を聞いた千草は八紘に笑いかけた。

「分かっておる」

千草の言葉に初めて八紘は相好を崩した。もう一度口の中で馬鹿め、と呟いた八紘は、冷静な長の顔に戻る。


八紘の目が榛色から金色に変わる。

(千草さんが力を使う時と同じだ)

ぜいぜいと呼吸をしながらも、千草と八紘の共通点を見つけ、浅葱は感慨に耽っていた。

力を使うときのお狐様の神秘的な姿。千草だけでなく、他の妖狐の力を使う姿を目の前にし、浅葱は自然と頭を垂れた。

他の狐達も頭を下げる。

皆の頭上に響き渡るように、八紘は妖力を込めた声で厳かに告げる。

長としての命。強引であろうが狐は黙って従うだけだ。


「黒狐たまきに命ずる。尾3本を対価に向こう10年人間界に留まることを許可する。そして眷属の人間に関しては、たまきがこちらに戻る際に自らの手で始末をつけよ」





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