宇宙を感じる
とある晩、地域限定のローカルCMの少しクセのあるリズムに合わせて身体を揺らし、細長いポークウインナーを齧っていた。どこか安心感さえ漂うその時間の番組は地域のラーメンの名店を紹介する内容で、有名なタレント達が舌鼓を打つシーンが流れる度に羨望らしきものが生まれる。個人的には細麺にあっさりしたスープを所望しているような感覚で、店主がこだわって何時間も掛けて作り出した輝く液体に溶け込んだ旨味はいかほどのものか、最早想像できないレベル。
「ああ…」
あまりに気持ちが昂ってしまい、ガウンを着て一度寒空の下の元に出てしまった。晩酌が進んでしまっていたその日には流石に出向くつもりはなかったが、澄んだ夜空に星が瞬くのが見え、月はもう眩いくらいだから夢見心地のする雰囲気があった。こんな夜は何か特別なものがなくてもそれでいいような気がしてしまうし、自分はそんな時間が何気なく続くことを望んでいるのかも知れないと思えてくる。
<『ラーメン星人』でもあるまいし、なんでこんな気持ちになってるんだか>
少し自嘲気味に浮かんだ言葉にはどこか面白味があり、勿体なく感じた自分は写真投稿SNSに映り具合の冴えない月の写真と一緒に載せた。
それから一月ほど経った頃、県内の知人に仕事上のアドバイスをもらう機会があり、会合の場所が番組に登場したラーメン店の付近だったという偶然に恵まれる。とても為になる話を伺ったあと、何となくそのラーメンの評判を聞いてみて「めちゃくちゃおすすめですよ」とお墨付きを貰えたので一緒に食べにゆくことに。昼過ぎだったから勇んで暖簾をくぐった店の中は空いていて、注文すればすぐ絶品にありつけそうな雰囲気。
「この間番組のランキングで上位になってたんですよ」
「へぇ、そうだったんだ。あ、確かにあそこにサイン飾ってありますね!」
知人が指差した壁には番組のものと思われるサイン色紙が飾ってあった。日付を確認するとどうやら取材があった日であるらしく出演者の名前も読み取れる。満足気におすすめの品を注文して、ウキウキしながら到着するのを待っていた時、全然想像していなかったことが起こった。
「コンニチハ」
その時一人の男性が入店した。長身で黒いスーツを纏っている事はまだいいとして、サングラスを掛けている上に明らかに『外国人』だったのが正直驚きだった。
<いやいや、こんなことで驚いていては失礼じゃないか>
そう思い直したところで、知人が微笑みながら3、40代くらいの『彼』に会釈したのを見てまた不思議に思ってしまった。
「彼と知り合いなんですか?」
「はい。ふふふ、彼は『ラーメン星人』なんですよ」
「え?」
なぜかここでシンクロニシティのような事が起こってしまってびっくりしたが、さすがに混乱してしまったのでどういう事なのか知人に訊ねた。
「彼、自分で言ってたんですよ。【ボクは『ラーメン星人』なのでラーメンばっかり食べてます】って。ここの常連です。近くに住んでるらしいですよ」
『なるほどそういうことか』と納得したいところではあるが、某コーヒーのCMでスーツ姿の「宇宙人」の印象を植え付けられているせいか、一瞬だがあり得ない妄想が膨らんでしまった。
『私は宇宙人。人間の姿でこの国に潜伏しているが、それというのもこの国のソウルフードである【ラーメン】を調査する為なのだ』
ついニヤニヤしそうになるのを堪えていたら待望の塩ラーメンが運ばれてきた。とりあえず写真を撮ってから知人と一緒にスープをレンゲで掬い、透明度を確かめながら口に運んだ最初の感動。そこに引き続き、あっさりとしながらも深い旨味のスープが絡んだ細麺を慎重に啜る。咀嚼している間に全身に満足感が行き渡り、脳は活性化し生き返る。ただただ夢中で食べ続けていた時間は至高であり、それこそ宇宙人が調査に来ていたとしても驚きではない、そんな風に感じさせてくれた。麺の消えてしまった後もスープを堪能していたところでふと我に返り、隣のテーブルで同じようにしてラーメンをとても器用に啜っていた『ラーメン星人』の姿を認めた。
席を立ち、会計後に「ありがとうございました」と店主に告げたところで、あの人に何かを伝えたくなっていることに気づく。少し緊張気味に食事中の彼のテーブルの前に近づき、
「塩ラーメン、すごく美味しいですね!」
と一言。彼は少し驚いた様子ではあったが上機嫌でスマイルを浮かべて最後に一言。
「ここはイチバンです。世界一」
番組内では3位だったけれど、世界一と言ってもらえて嬉しい気持ちがあった。店を出て、晴れた空を見上げると一瞬何かが見えたような、見えなかったような。
<もしかしたら『宇宙一』だったりして>
ラーメンの写真とその言葉もしっかり投稿しておいた。