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暖炉の雪。

作者: じゅん

 午前七時五九分。その時間だけはいつも彼女と同じ方向を見ていた。


『今日の運勢、最下位は——』


 その日もテレビから聞こえるお姉さんの声。六時から放送している番組のラスト一分。星占いの時間。心のこもっていない謝罪を交えつつ、最下位は魚座だと発表。ラッキーカラーは金色。ラッキーアイテムは暖炉。


「暖炉て。今、夏本番なのにね」


 隣で彼女は得意げに微笑んでくれた。なぜ得意げなのかというと、この星占いは最下位のあとに一位を発表する。つまりまだ呼ばれていないのは——


『おめでとうございます、一位は山羊座のあなた。ラッキーカラーは白。ラッキーアイテムは和菓子です! ではまた明日——」


 まだお姉さんが喋っている途中であったが、無情にも八時になってしまった。バラエティ色の強い報道番組が始まる。そして、同じ方向を向いていた僕達は、お互いに顔を見合わせた。


「和菓子だって。えー、どうしよう」


 言葉では困っているように見えて、全く困っていない。一位の余裕、というヤツだろうか。だが、和菓子はたしかにライバルかもしれない。というのも。


「私、パティシエ目指してるのになー。でも和菓子も美味しいしなー」


 そんな間延びした声で楽しそうに。そして立ち上がる。


「じゃあ、そろそろ行かなきゃ。空港までの道、混んでたら嫌だし。あ、先に外行ってて」


 彼女はパリへ行く。職人としての技術を身につけるために。子供の頃からの夢だったらしい。素敵な夢だ、と心から思う。


「……もし、あっちでパティシエになれなかったらさ——」


 その先の言葉が発せられる前に、僕は搭乗口に向かう彼女の背中を優しく押した。きっと、お互いの決意が鈍ってしまうから。


 空を飛ぶ飛行機を見つめる。今は同じ方向を向いているのか。それとも見つめ合っているのかもわからない。




 窓の外にチラチラと舞う雪を見て感傷に耽りながら、そんなことを思い出したのは、きっと暖炉型のミニストーブを今朝、引っ張り出したからだと思う。出会ったばかりの頃、彼女と一緒にホームセンターで購入したもの。押し入れに閉まってあったのを見つけ、それ以来初めて使う。


 四年半。あと半年で帰国予定の五年になる。最初は取っていた連絡も、月日の流れと共に減っていった。去年一年間は全く思い出すこともなかった。なのに。


 ストーブに貼ってあった、彼女の直筆のメッセージ。


『ありがとう』


 きっとこれからも。雪が降るたびに。彼女の面影を探してしまうのだろう。

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