第1話 無い、無い、無い
あの日、私達が3階の攻略を失敗し、そして死んで大神殿に戻ったあの日、警邏隊による事件の真相の解明や犯人の処罰、死に戻りした人間のケアなど神殿は混乱の極みに達していたそうですが私とまどかは疲れていてそれに参加することは出来そうもなかったので後日ヴァルゴが教えてくれるというのでありがたく神殿から家へと帰還することにしました。
「はあ、疲れた」
まどかと家の前で別れて帰るとそのままベッドに飛び込みたいのを我慢して風呂に入る、3階での戦闘によって装備はおろか服すらボロボロの血まみれになっていて簡易的に着替えはしたものの血や汗の汚れを落としてから出ないととてもではないがねれる気がしない。
湯舟を張る時間すら惜しくシャワーだけ浴びてさっさと寝ようとしたら家のドアがノックされる、ドアを開けるとそこにいたのはまどかだった。
「あれ?どうしたんですか?」
私は眠い目をこすりながらまどかに聞く、まどかは『立ち話でもなんだから』と家に入って椅子に座る。それ言うの私の方じゃない?
まどかはふんぞり返りながら私の方を見つめる。じぃー。いったい何の用で来たのだろうか。
「ねえた、まどか。どうしたんですか?申し訳ないけど私もう寝たいんですけど?」
「さっきからティア、少しおかしいわよ。だから貴女のことずっと見てたんだけど、お手上げね。私が死んだあと何かあったの?森で誰かにいじめられた?たしか入口に帰るPTと死に戻りしたタイミングが違うし先に神殿に帰ってきたあいつらをとっちめても口ごもって何も答えなかったし。それになんでかわからないけどさっきからずっと違和感があるのよね。」
どうやらまどかは私の様子がおかしいことを気にして様子を見に来てくれたようだ。
とはいっても私も世界が改変される前のことなどわからない。ただ世界を移動しているのか、改変しているだけなのか、そもそも死ぬ間際の私の走馬灯なのかもわからないけど私は便宜上世界が改変されたということにした。きっと辻褄合わせができてない点が多いのだろう。だから思い返せば不自然なことがあるということにした。
「すいません、よく覚えてないので……いつの間にかはぐれてしまったようで。」
仕方がないので適当にごまかす。まどかも唸るがきっと小次郎たちのPTのほうも理由など説明できなかったのだろう。しばらくしてまどかは『もういいわ』というと椅子から立ち上がり家に帰るためにドアへと向かった。
「ねえティア、あともう一つ言いたかったけど、さっきから私の名前間違いすぎ!いい加減名前で呼ぶのなれてよね!」
ドアに手をかける直前でまどかが少しイライラした様子で文句を言う。しかし私にとってはほんの数時間前に急に言われたようなものだった。
一体どこで私とまどかはそこまで仲良くなってしまったのだろうか?
前の時のおねーちゃん呼びもよかったけど名前で呼ばれるのはなんだかぞわぞわする。私何かを見落としている……?
「ごめんなさい、まだ慣れなくて。」
仕方がないのでとりあえず謝る、するとまどかは謝罪を受け多少気をよくしたようだ。よかった。
「あのねえ……もう1か月はたつんだからいい加減慣れなさい?またティアのことおねーちゃんって呼ぶわよ?貴女がからかわれるのが嫌だって言って呼び方を変えたんだからね?」
まどかも昔はおねーちゃんと呼んでいたらしい、まあ名前が決まる前はそう呼ぶしかないよね。ただまどかは私がおねーちゃんぶるとどうやらからかうようだ、環はそんなことしなかったのに。
「1か月ですか、結構立ちましたね」
1か月前と言えば環が引きこもって私が家から引っ張り出した時と同じくらいだ。私はぼそっと何気なく一言言っただけったけどまどかは聞き逃さなかった。
「そうよ、あの日ティアが私を部屋から引っ張り出した時約束したんだから、だから貴女も守りなさいな!」
どうやらまどかと呼ぶようにしたのはあの日、私と環が10階まで一緒に行こうと約束をしたあの日なのかな?まああの時私たちは真の仲間になったといっても過言ではないから名前呼びになることもおかしくはない。
「そうじゃなかったらティアがおもらししたって言いふらしちゃうからね?」
はえ?何言ってるんしょうか、まどかは?人間だれしも赤ん坊の時はおもらしをするものです。
いや。私はこのエターナルにきてからの2か月間を振り返る。確か一度だけ私は失禁した。
それはこの世界に来てすぐ、ダンジョンですっころんでスライムに窒息させられかかった時のことだ。
でもあれはあの時助けてくれた3人組しか知らないはずだ。彼らや私が言いふらしでもしない限り。ナンデシッテルンダ、マドカハ。
私の様子がおかしくなったことを察したまどかは慌てて前言を翻す。
「やだ、そういう意味じゃないのよ?ちょっと泣きそうにならないで!いやな女みたいじゃない私が。」
さっきから感じていた違和感。まどかと話しているとどんどん嫌でも認識してしまう。目をそらして、気づかないようにしてたのに、もうだめだ。
「もう、泣き虫ね、ティアは。ほらよしよし、泣かないで?最初に出会ったときはもうすこししっかりしてる子だと思ったのになぁ?」
まどかが私の頭を優しくなでる。環にもなでてもらったことはあるけど、ここまで優しくなでてもらったことは無い。
そう……この世界は死なない世界だ。目の前のまどかは確かに3階を攻略しようとして失敗したのだろう。どう改変されたか知らないが前の世界よりましだったのだ、オオカミに喰われるのはつらいのは知ってるけど、死を覚悟して死に物狂いで逃げて、3階の恐怖に、死におびえながらまたチャレンジしなければいけない、そんなことはないのだ。だから精神的に余裕があって、きっとさっきの約束もそこまで大したことじゃなかったのかもしれない。
ああ、目の前にいるのはこんなにも環なのにどうして別人に感じてしまうのだろうか……。
「ねえ、約束もう一度いってもらってもいいですか?」
聞かなきゃいいのに、それでも私は聞いてしまう。今ここで聞かなかったら多分泣きつかれるまで寝れない。もう聞いても聞かなくても地獄なのだから聞く地獄を選ぼう。
「もう、しょうがない子ね。約束は私もティアも2年後の転送後もいっしょにいられる方法を見つけようっていうだけでしょ。あなたの恥ずかしい話なんて聞かなかったことにするから安心しなさい。私も慰めてもらったくせにそれをいじるだなんていけないことをしたと反省してるから、ね?許して?ティアが戻ってきたとき、なんだが別人みたいで私、不安になっちゃったのよ。」
……もう何から突っ込めばいいのかもわからない、何から何まで違いすぎるじゃないかこれは。
まどかはひとしきり慰めて、私が落ち着くのを見届けてから家に帰った。
私はよろよろと寝室に向かい、ベッドに倒れこんだ。
環……、3階で死にそうになって必死に逃げて帰ってきた少女。
ずっと2階でポイントを稼ごうと泣きついて家に閉じこもってしまった環。
そんな彼女を無理やり引っ張りだして、そして3階のレイドPTに連れ出して、また死ぬかもしれない状況に追い込まれた時、彼女は死ぬときは一緒だからと、恨み言も言わずに私に覚悟を決めて言ってきた。私も彼女を守るために、今度こそ仲間に見捨てられることが、無いように全てから逃げないことにした。
けどふたを開けてみれば私は環に守られて、結局彼女を死なせてしまった。
ごめんなさい……。
私は布団をかぶり外からのすべてを遮断して閉じこもりました。心細さがほほを伝い枕を濡らします。
いつからこんなに泣き虫になってしまったのだろう。どんなにつらくても、レイドPTが崩壊して危険な獣道を歩くことになっても、足を食いちぎられオオカミに殺されそうになっても環が一緒にいてくれたから、だから私は恐怖に打ち勝つことができたのか。環のことを考えると私はもうすべてを投げ出し、ここから出たくなくなってしまった。
けれど今の私にはまどかがいます、あしたもあさっても生きていかなければいけません。あんなにも似た別人を前に私は明日から平然を装えるのだろうか……。
だから……、貴女のことを今日で忘れます。今日だけすきなだけ泣いて過去に置き去りに。
ごめんなさい。
一緒に10階に行こうなんて言ってごめんなさい。
無理やりダンジョンに連れ出していってごめんなさい。
約束なんて軽く考えただけで守るつもりなんてほとんどなかったの。
なのにそれに気づいても貴女は咎めてくれなくて、だからごめんなさい。
泣くほど嫌だった3階のレイドPTに参加してくれて、それなのに死ぬ危険にまたあったのにそれを私に必死に気取れられないようにして、
震える手を必死にごまかして私に『死ぬときは一緒だよ』と言ってくれたのに、なのに一緒に死ねなくてごめんなさい。私だけ生きて別の世界にいてごめんなさい。
環を連れ出したことに後悔なんてなかったのに、あの日あの時あの場所で一緒に死ねなかった。それだけが私の後悔だった。
私は抱きなれた羊を抱きしめようとして、濡れた枕を見つけ呆然としました。そしてその理由を知ると我慢できずにワンワンと大声で泣いてしまったのでした。
書き溜めなくなったのでしばらく貯めてきます




