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第68話 森のくまさん

 「え?今なんて言いましたか?」

 私は小次郎の発言に耳を疑いもう一度聞き返しました。

 「その子はおいていけ、例外はない、早く移動するぞ」

 どうやら聞き間違えではないようです。気絶した環をあろうことか彼はここに置いて行けというのです。確かに今の状況で人一人を背負って入口まで帰るのは至難の業だと思います。けど……。

 私がぎゅっとにらみつけると小次郎はため息をつき、私以外の他の人間に出立することを伝え私と環はその場に置いて行かれたのでした。呆れるくらいあっさりとした別れでした、誰一人として途中で振り返ってくれることもありませんでした。

 私達PTから見捨てられたんだね……。環の顔をそっと撫でて私は彼女を背負って帰ることを決意します。

 けど環と私の身長は殆ど差がなくおんぶをするように担いでもろくに進むことはできませんでした。

 環にごめんと謝りながら足を引きずって移動させたり無理やりおんぶをしてそれでも少しづつ移動をしていましたが周囲の警戒をかなぐり捨てて移動した2時間は警戒してゆっくりと歩いた1時間の距離歩けたかどうかでした。

 体力の消耗が激しく何度目かわからない休憩をとりつつマップを確認します、そろそろ入口に近いところまで来ました。

 もうオオカミは殆どでず1匹か2匹くらいで、メインはマイコニドが出るあたりまで来れました。これなら私一人でもなんとか撃退できる……。

 環の顔を見て折れそうになる心を何とか奮い立たせ私はまた移動しようとしました。

 しかし急に茂みががさがさと動きます。環を地面におろし、短剣を手にもって攻撃に備えます。

 すると茂みから出てきたのは巨大な熊でした。

 「あわ……あわわわ」

 あまりの衝撃に私は腰を抜かし倒れこんでしまいました。

 「私はおいしくないです!」

 大声で命乞いをすると聞きなれたような声が返ってきました。

 「なんだ……お前か、生きてたんだな?どんくさいからこの騒動じゃすぐに死んじまってんじゃないかと思ったぜ」

 茂みから出てきたのはくまさんでした。


 あまりの衝撃に腰を抜かしてしまった私のために熊さんことヴァルゴは呆れながらどさっと大きな音を立て胡坐をかき私が一人で立ち上がれるようになるのを待ってくれるようでした。

 彼はこちらのことに気を使ってくれるらしく私が腰を抜かした時『お前ひとりなら俺が背負って入口まで行けないこともないぞ……。』と環のことを見ながら本来であれば断れば見捨てられてもおかしくないような提案を断っておきながらその場にとどまってくれるという愚を犯してくれました。最初の時と言い彼の優しさには助けられてばかりだと言えるでしょう。

 何も話すことは無いのですが彼も一人で行動していたということはきっとどこかのレイドPTも崩壊してしまったのでしょう。この騒動について1参加者が多くを知っているとは思えないし何か別の話題を探したいと思っていたらヴァルゴさんから話を振られました。

 「お前、ゲインのスキルを取っているか?あれを取るとスキル発動時に力が2倍にもなるがそれとは別にレベル1ごとに1割ほど常時力が上がるといわれているぞ」

 ヴァルゴはどうやら土汚れや引きずったあとがたくさんある環を私が担ぐのが辛そうだからだと思ったらしくSTRが上がるスキルを教えてくれました。

 正直今一番欲しかったものだったので早速メニューを開き余らせていたポイントをすべて使いスキルを獲得しました。これで移動が楽になれば幸いなのですが。

 「ありがとう、これで移動させるのが楽になると思います。」

 私は素直に礼を述べるとヴァルゴはくつくつと楽しそうに笑いだしました。いったい何がおかしいのだろうか?

「いやな、お前とちゃんと話すの思い返せば初めてじゃないかってな?」

 ちゃんと話せるだなんてびっくりだぜとおどけてしゃべるヴァルゴに私は確かに今までろくな会話を交わしてこなかったことを痛感しました。

 「前の時はごめんなさい、すごく嫌な情報を聞いて思わず気絶したもので……」

 「あれは驚いたぜ、もう少しどうにかならんのかお前は話しかけてもうんともすんとも言わないこともあればすぐに泡拭いて倒れたりもするわ……」

 私と彼は暫くぶりに会った旧友と話すかのようにつかの間のひと時、おしゃべりをして過ごしました。

 しかしヴァルゴは急に立ち上がると、斧を取り私に向けてこう言ってきました。

 「もう腰は大丈夫だな?そろそろ出発しよう」

 確かに、もう立ち上がっても大丈夫でした、さらに先ほどまで担ぐので精いっぱいだった環のこともおんぶをした状態で歩けるほどまで力が増えていたようでした。

 「そうですね、じゃあ行きましょう」

 私がそういうとヴァルゴは私に先に行くように促します。……先ほどから周りが騒がしく多分このままここにいればオオカミの群れに襲われるでしょう。

 「ここに残って俺はオオカミを倒してから追いかけるさ、お前は、……そいつを守りながらじゃ戦えんだろ、先に行きな」

 ヴァルゴは私が背負う環をちらりとみて一度言葉を詰まらせて私に戦力外通告をしてきました、彼はここで一緒に戦ってくれと言う資格が十分にあると思いましたがどうやら私が回復するまで付き合っただけではなくさらにオオカミの群れを引き付けることさえやってくれるようでした。

 普段ならさすがに遠慮する私でしたが今回は、ありがたく恩に着せられることにします。

 「ありがとうございます、このお礼は今度必ず。」

 「死ぬんじゃないぞ、死んだら木の下まで行って取り立てに行くからな?」

 にやりと笑いながらシャレにならないジョークをかましてきたヴァルゴに私もにやりと笑って私は環を背負ってここを離れることにしました。

 

 

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