第43話 人気者
わたあめがいろんな人たちになでられている。とっても人気者だ、すごいね。しかしこれには訳がある。
この世界には熊はいるくせに犬や猫はいないのだ、つまりわたあめはペット需要を一手に引き受けているのだ。業界NO1!
わたあめセラピーは転生者たちのダンジョンで戦って、家に帰って寝るだけの悲しい毎日にひと時の癒しをお届けしている唯一無二の存在なのだ。
他にも演奏してる人たちや酒を家じゃなくてそこらへんで飲んで路上で飲んだくれている人たちもいるけどね。
つまるところこの島には娯楽が少ないのだ、島に来てからまだ3週間ちょっとしかたってない、娯楽を作ろうにもまずは日銭を稼がないといけないためみんな最初は余裕なんてなかった作る側も求める側も。
しかしながら1週間ほど前に広場のルールができて以降ようやくそういった娯楽や、サービス業といった職業がちらほらと目に見えるようになってきた。
ごった返していたダンジョン前広場でも活動はしていたのだろうがごった返していたから見えなかったしあるかどうかもわからない物を探す気も起きなかった。
しかし『何か金銭のやり取りが行われるものは全部東のフリマにとりあえず申請しといて』という警邏隊の一言により東のフリマに店や物以外の芸を提供している人たちが集まった。
そこにあると認知された以上余裕が出始めた人たちがフリマに集まるのは当然だった。というわけで何か欲しいものや暇つぶしのためにAmaz〇nを見る感覚で転生者たちはここに来る。エターナル島初の総合娯楽施設なのだ。
ちなみに出す店の精査はすべて警邏隊がしている、予め出店する場所と店の内容を紙に書いて提出することによって変な店を弾いているのだ。彼らの努力と汗と不眠の結晶がここだ。
さてなぜ私たちがここフリマに来ていて喫茶店なんか営んでいるのか、それには海より高く山より深いわけがある。
この1週間ほど私たちはわたあめと私の固有スキルを検証しまくった、2人ですごく頑張っていろいろ考えたし行動もした。そしてある結論にたどり着いたのだ。
わたあめはやっぱり羊毛が甘いだけの羊、完。空飛んだのは多分あそこにだけ台風が発生でもしてたのだろう。
ということで戦闘スキルのない私はとうとう迷宮からお払い箱、こうしてひつじ喫茶を開店して食っていくことになったのだ。次話からひつじ喫茶のアガスティアよろしくお願いします。
「ちょっとおねーちゃん!いじけてないで早く飲み物の準備してよ!」
環がお店に並んでいた客の注文を渡してくる、私はカウンターから顔も出さず手だけでそれを受け取った。ええとコーラとメロンソーダっと。
私はアイテムボックスから取り出した飲み物を羊の模様が描かれたコップに注いでカウンターの上に出す。へいお待ち。
環がそれを受け取って客にドリンクとわたあめを差し出した。客たちは店の敷地内に併設した机といすに座って喜んでわたあめをなでている。
そしてそれを恨めしい目で奥から見ている私がいた。なんでこんな窮屈なところに追いやられているのだ。これにはマリアナ海溝よりも深いわけがあり話は店を申請したころに遡る。
「……なんですかこれは?」
『1ドリンク5スラで1時間羊なで放題!ひつじ喫茶』
よくわからない申請書を見た警邏隊のトップ、カヌスは眩暈とともにつぶやいた。決して最近寝てないためではないはずだ。
どうやらスライムの核5個で1時間羊をなでる権利を得られるアニマル喫茶らしい。猫カフェみたいなものだろう、特に問題はないか。
そう思ってカヌスはさっさと承認しようとした。仕事はまだあるし深く考え込む時間などない、しかし次の書類に手を伸ばそうとしたところであることに思い至った。
「この島にひつじいなくね?」
この島には転生してきたもの以外猫や犬どころかネズミの一匹すらいないのだ。とても歪な島だが、そんな島なのだからもちろんひつじなんていやしない。
となると多分ひつじはコスプレか何かした転生者なのだろう、地球にいたころと違う見た目になった結果自暴自棄になったり、またはっちゃけてしまいあまりよろしくないことをする転生者は多い。
多分これははっちゃけたほうなのだろう。申請者の写真を見ると金髪で緊張のせいか少しのおどおどした表情をしているこの娘は、見た目は可愛いから羊のコスプレをしたらまあ似合っているかもしれない。
しかしこの表情、大多数に撫でられようものならストレスで寝込んでしまいそうな陰のオーラを感じる。もしかしたら自分の意志ではなく脅されてやらされているのかもしれない、そうなると一度許可を出してしまって現場を押さえて背後関係を調べて一掃してしまったほうがいいかもしれない。もしかしたら喫茶の羊の理由も半と似ていて見間違えやすくして申請を通りやすくするためかもしれない。1時間半なで放題なのかもしれない。
そこまで思案したカヌスはひつじ喫茶の申請を許可して、部下にこの店を見張るようにと伝えて仕事に戻った。間違いならそれはそれでいいのだ。




