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放課後、青春、コロッケパン

「んふ〜〜」

「なんだその顔は」


 4月、始業式後のホームルームを終え、クラスメイトが帰宅の途につく教室で、出席番号1番明日葉未来(あしたばみらい)はイスを180度回転させ、後ろに座る私、出席番号2番今宮今日子(いまみやきょうこ)の顔を見るとにんまりと笑った。


「同じクラスになりましたね〜今日子ちゃ〜ん」

「……そうだな」


 3年生になった私と未来は、1年生の時以来の同じクラスとなった。

 ただ私と未来が知り合ったのは、もう1年生も終わりという3月半ばごろのこと。


 同じクラスではあったが話しなどもほとんどしたことがなかった。

 そう考えると同じクラスと言えるのは、今回が実質初めてと言っていいかもしれない。


「どうするどうする? 授業中なにして遊ぶ?」

「授業中に遊ぼうとするな。真面目に勉強しろ」

「え!? 今日子ちゃん真面目に勉強してるの!?」

「うっ……もち、ろん」


 私は未来の返しに一瞬言葉につまる。

 正直なところ、私はあまり勉強が得意ではない。

 真面目に勉強しているのかと聞かれたら、当然答えはノーだ。


 未来もそのことはわかっており、私が一瞬言葉につまったのをみて、してやったりといった顔で私を見ている。


「なんだその顔は」


 私は両手で未来のほっぺたをつまみ横に引っ張る。

 未来はんふと鼻を鳴らしニヤリと勝ち誇る。

 そしてほっぺたをぷくっとふくらませ、私の引っ張りを自力で解除した。

 

「まあまあ、勉強は私にまかせてよ。試験が近くなったら去年みたいに一緒にお勉強しよ」

「まあ……そうだな。それは素直に助かるから、またお願いするよ」

「おう! まかせんしゃい!」


 未来は自信満々に自分の胸をドンと叩いてみせた。


「して──報酬はいかほどいただけるんですかねお代官様? うえへへへへへ」

 

 未来は手のひらをすりあわせて悪い顔をしてみせる。


「報酬か……1教科1万円でどうだ?」

「リアル! 報酬がリアル! 嬉しいけどなんかやだ! ビジネスライク!」

「今月の友達料もあとで口座に振り込んどくよ」

「やめて! 私が悪かったから! 私泣いちゃう!」


 未来は両手で目を覆いよよよよと泣いてみせる。

 私はよしよしと頭をなでてやる。


「くっ……まさか今日子ちゃんにしてやられるとは……。ボケにボケを被せてくるのはずるい……」


 未来はぎぎぎと悔しそうに歯を食いしばる。


「よし、私も今年はボケてばっかりじゃなくて、つっこもスキルの向上に取り組もう。──今日子ちゃん、なにか面白いボケして」

「もっとも難しい前振りをするな」


 私は未来の言葉につっこみを入れる。

 つっこみスキル向上に取り組むって言った直後にボケるな。


「んふふ、これこれ。やっぱり私がボケて今日子ちゃんがつっこまないと。私たちスーパーコロッケブラザーズ、略してSBBはこうじゃないと」

「だれがスーパーコロッケブラザーズだ。絶対売れんわ」

「え〜〜コロッケおいしいのに〜〜」

「コロッケの問題じゃない」


 未来はスーパーコロッケブラザーズへの賛同を得られずぶーぶーと口をとがらせる。


「なんかコロッケの話ししてたらお腹すいちゃった。パン屋さん行こうパン屋さん」

「ああ、そうするか」

「よし! スーパーコロッケブラザーズ出動!」

「スーパーコロッケブラザーズはやめろ」


 私と未来はカバンを手に持ち立ち上がり、学校の近くにあるパン屋へと向かった。


◇◇◇◇◇◇◇


「お〜〜!! すごい!! 満開だよ満開!!」

「ああ、これはすごいな。いい景色だ」


 私と未来はパン屋での買い物を終え、放課後の買い食い時によくくる公園へと足を運んだ。するとそこは一面桜色、満開の桜で彩られていた。


「ここで一句──桜の木、全文字変えたら、明日葉未来」

「フリースタイルすぎる。全文字変えるな」

「それはそう。言われてみれば、それはそう」

575(ごーしちご)で会話を試みるな」

「バレたか」


 未来は満開の桜にはしゃぎクルクルと回りながら歩いていく。

 

「今日子ちゃん! 早く早く! ほら! 特等席確保したよ!」

「はいはい、そりゃどーも」


 未来は私たちがこの公園で買い食いする時に毎回座るベンチに寝そべりながら私を呼ぶ。


「ささ! お座りなすってお座りなすって!」

「はいよ、ありがと」


 私がベンチの前までくると未来は起き上がり、手で隣に座るようにうながしてきた。私はお礼を言って未来の横に座る。


「お花見だねお花見! ほら見て! 私のお鼻!」

「華がないな」

「うまい! 座布団没収!」

「なんでだよ。座布団くれよ」


 私は未来のボケをスルーしたりつっこんだりしつつ、パンの入った袋からクリームパンを取り出す。


「さあ! 本日最初に私のお腹を満たしてくれるのはこの子! じゃじゃん! コロッケパーン!」


 未来は袋から出したコロッケパンを高々と掲げた。


「今日子ちゃんはなに買ったの?」

「ん? 私? クリームパンとアンパン」

「お、いいね〜。あとで全部ちょうだ〜い」

「そこは一口ちょうだいだろ。未来はなに買ったんだ?」

「コロッケパン1号コロッケパン2号コロッケパン3号」

「全部コロッケパンじゃねえか」


 私は未来の袋の中を見せてもらう。

 そこには本当にコロッケパンが2つ入っていた。


「違うよ! 1号2号3号だよ! ほら! よく見てよく見て!」


 そう言うと未来は、手に持っていたコロッケパンと袋の中のコロッケパン2つをベンチの上に並べた。


「いや……どれが1号でどれが2号どれが3号なんだ? 私には全然違いがわからないんだけど」

「私にもわからん」

「わからないんじゃねえか」

「あうち」


 私は未来の頭にチョップをかました。

 そんなことだろうとは思ったけども。


「まあまあまあまあ、細かいことはいいじゃないの。大事なのは味だよ味。そしてこれがコロッケパンだという事実」


 未来はベンチの上に置いたコロッケパンをひとつ手に取る。


「それじゃあいっただっきまーす!」


 そう言うと未来はコロッケパンにかじりついた。そして「んふ」と笑い、もぐもぐと食べ進めていく。


 私も手に持ったクリームパンにかじりつく。たっぷりと入った甘すぎないカスタードクリームが口の中に広がる。


 うん、やっぱりここのクリームパンが一番うまいな。


「それにしても、私たちももう3年生か。なんかあっという間だな」

「だね〜。どうしよう、気がついたら高校6年生とかになってたら」

「留年しすぎだろ。それはどこかでなにかに気がつけ」


 私はクリームパンを食べながら少し視線を上げ空を見る。


 3年生──高校生として最後の一年。

 それはつまり、未来との高校生活最後の一年ということ。


 2人そろって留年しない限りという枕詞まくらことばはつくが、まあそれは考慮しなくていいだろう。

 

 あと一年……あと一年か……。

 別に高校卒業してはいさようならっていうことにはならないだろうけど、大事な一年であることに変わりはない。


 この一年のうちに、未来に自分の気持ちを伝えたいとは思っているけど──って、ん? なんだ?


 空を見上げて物思いにふけっていた私の視界に、横から突然なにかが入ってきた。

 

 これは──。


「……コロッケパン?」

「青春その1! コロッケパンを一緒に食べる!」


 未来が突然、高らかになにかを宣言した。

 私は視線を未来へと移す。


「な〜に黄昏たそがれてんだい! な〜に満開の桜の木の下でセンチメンタルになってるんだい! 今日子ちゃん、そんな暇はナッシングだよ! ──はいこれ! コロッケパン!」

「え? ああ、うん……ありがと」


 私は未来が差し出したコロッケパンを受け取る。


「私ね、決めてるの。今年は今日子ちゃんと去年よりたくさん楽しいことするって。高校生活最後の一年、やりたいことやって楽しまなきゃもったいないって思って。──ほっ!」


 未来は身体をそらせ、反動をつけてベンチからぴょんと前へ飛んだ。そしてベンチから少し離れたあと、くるりと180度回転し私の方を向く。


「それでね! そのために考えたの! 今日子ちゃんとやりたい青春その100を!」

「青春その100……」

「うん! そしてその最初──青春その1がコロッケパンを一緒に食べるなのです! どーーん!」


 未来は腰に手をあて、右手に持った食べかけのコロッケパンを斜め上に高々と掲げてポーズを決める。


「ちなみに! その2から99はまだ決まっていません!」

「ほぼ決まってねえじゃねえか」

「まあまあまあ、そこは一緒に考えてくださいよ」


 未来は笑いながらベンチへと戻ってきて私の隣に座る。

 私はその笑顔を見て、少し沈んでいた気持ちが晴れやかになった。


「ありがとな、未来。そうだよな、センチメンタルになってる暇なんてないよな」

「そうそう! 私たちの青春はこれからだ!」

「いい言葉だけど、ちょっと打ち切り感が強いなそれ」

「明日葉先生の次回作にご期待ください!」

「完全に打ち切りエンドじゃねえか」


 私がそうつっこむと未来は楽しそうに笑った。


「そういえばその2から99は決まってないって言ってたけど、100は決まってるってこと?」

「うん! 決まってる! でも内緒!」

「おっと……内緒ときたか。もしかしてその2から99までが達成されないと教えてもらえないやつ?」

「ケースバイケース! でもその2から99まで達成したあとがベスト! ──ってなわけでなにかいい案をプリーズ。青春その2をプリーズプリーズ」


 未来は手のひらを上に向け、両手でカモンカモンと私に合図を送る。


「青春その2か……そうだな……。明日も買い食いする──なんてのはどうだ?」

「いいね! ナイスアイディア! ──よーし、メモメモ〜」


 未来はそう言うと手に持っていた食べかけのコロッケパンを袋にしまい、カバンから手帳を取り出す。そしていま私が言った青春その2を記帳していく。私はちらりと手帳に視線を移す。


「ダメです〜覗かないでください〜。今日子ちゃんのエッチスケッチワンタッチ〜」


 未来は私の視線に気がつくと手帳をさっと隠した。


「ごめんごめん、気になってついな」


 私は未来にすまなかっと謝る。


「そうだな──私も手帳買って書いておくか。未来とやった青春その100」

「お! いいねいいね! そうしようそうしよう! ──あ、じゃあその一緒に記録するを青春その3にして、青春その4をこのあと一緒に手帳を買いにいくにしよう。メモメモメモメモ」

「ハイペースだな。あっというまに100までいきそうだ」

「それはそれでよし!」


 未来は右手の親指をぐっと立てた。


「あ、そうだ。青春その100のその100はもう決まってるって言ったけど、だいぶ個人的なことなんだよね。実は」

「だいぶ個人的なこと? なんだよ、内緒なうえにだいぶ個人的なことなんて言われたら気になるじゃん。ヒントは? ヒント」

「ダメです〜。ヒントもありませ〜ん」


 未来は手帳を身体の後ろに隠して私から遠ざけた。


「まあそういうことだからさ、今日子ちゃんは今日子ちゃんで考えておいてよ。青春その100のその100」

「ん、わかった。考えておくよ。──そうだな……その100、なににするか……」


 私は未来からの宿題に空を見る。

 青春その100のその100……未来のその100は個人的なことって言ってたな。

 個人的なこと……か。……そうだな。


「──決めた。青春その100のその100、決めた」

「え!? もう!? なになに!! 教えて教えて!! 誰にも言わないからさ!!」

「ダーメ。その2から99が終わってからな」

「え〜〜ケチ〜ドケチ〜ドドドケチ〜〜」

「誰がドドドケチだ」


 私は未来の頭をわしづかみにして力を込める。


「あいだだだだだ! 青春っ! 青春その5! 今日子ちゃんから頭ギリギリされるっ!」

「それは青春じゃない」


 私はつっこみをいれたあと謎の青春を主張する未来の頭から手を離す。

 

「ダメか〜頭ギリギリはノット青春か〜」

「ノット青春だ」


 未来は頭を揉みながら青春にカウントされなかったことを残念がる。


「まあまだ時間はあるから青春を考えるのは一度このへんにして、コロッケパン食べようコロッケパン。私の食べかけのコロッケパンくんが早く食べて〜って言ってるし」

「そうだな。私もクリームパン食べかけだし。コロッケパン食べて、デザートにクリームパンだな」


 私は手に持っていた食べかけのクリームパンを袋に入れる。

 そしてコロッケパンのラップをはがす。

 隣に座る未来も手帳をベンチに置き、食べかけだったコロッケパンを手に持っている。


「それでは今宮今日子殿、準備はよろしいですかな」

「ああ、いつでも」

「えー、おほん。それでは青春その1、コロッケパンを一緒に食べるを始めたいと思います。私がせーのと言ったら、そのあとにいただきますとご唱和ください。いきますよ、せーの──」


「「いただきます!」」


 私はコロッケパンにかじりつく。

 そしてなんの気なしにちらりと隣を見てみた。

 

 すると未来もコロッケパンにかじりつきながら、ちらりとこちらを見ていた。

 目と目があった私と未来は、互いに笑みを交わした。

 

 放課後、私と未来の青春は、コロッケパンとともに始まった。


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