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放課後、クッキー。

「呼ばれてないけどじゃじゃじゃじゃーん! 生徒会長、明日葉未来あしたばみらいのお出ましだ! へい! 最終下校時刻でございますよ!」


 放課後の音楽室でひとり帰り支度をしていた私、今宮今日子いまみやきょうこのもとに、未来が高らかな名乗りを上げながら音楽室のドアを開け姿をあらわした。


「はいはい、今から帰るところですよ、生徒会長」

「うむ! よろしい! では一緒に帰ろうぞ!」

「はいよ。ちょっと待っててな」


 私はマフラーを巻き、ギターを背負い、カバンを肩にかける。

 音楽室の鍵は……ああ、あったあった。忘れ物も……うん、ないな。


「悪いな、お待たせ──って、なにしてんだ?」

 

 帰り支度をすませた私がドアの方を見ると、ドアの前で未来がバスケのディフェンスのように、腰をおとし両手を広げ横に揺れていた。


「ここを通りたくば我が問いに答えよ……」

「いや普通に通せよ。もう最終下校時刻って自分で言ってたろ」

「少しくらい過ぎても生徒会長だから問題ないのである……」

「立場をフル活用するな」


 未来はそれっぽく低い声を出して、ドアの前でディフェンスの姿勢を崩さない。職権濫用しょっけんらんよう生徒会長め。


「では問題……デデン。私は今日、チョコレートを何個もらったでしょうか」

「ゼロ」

 

 私は未来の問いに間髪入れずに答えた。


「ブッブー! 残念でしたー! 正解は4個でーーす! へいへいへいへーい! 私モテモテ〜! フゥ〜〜!」


 未来は落ち着いた門番然とした振る舞いから一気にテンションを上げ、ディフェンスの姿勢のまま横に大きく揺れだした。見回りの先生、早く来てくれ。


「今日子ちゃんはいくつもらったんですかぁ〜? 1個ですかぁ〜? 2個ですかぁ〜?」

「8個」


 私は未来の問いに再び間髪入れずに答えた。


「はっ──え? ちょっ、え? はち、え? ちょ、なん、え?」


 未来は私の答えにわかりやすくうろたえ、ディフェンスの姿勢のまま固まった。


「は、8個って8個ってこと!? つまり8個って8個ってこと!?」

「落ち着け。間違ってないけど落ち着け」

「8個が8個で8個と8個ってことはつまり4,096個ってこと!?」

「計算早いな。落ち着いてるのか落ち着いてないのかどっちだ」


 未来は私がチョコレートを8個もらっていたことに相当驚いているようだ。

 まあ正直数としては多い方だろう。とはいえ未来も4個もらっているわけで、だいぶ多い方だと思うのだが。


「あーゔぃっくりした。びっくりしすぎてびっくりじゃなくてゔぃっくりだよ」

「口頭じゃわかりにくいボケをやめろ。下唇を噛むな」

「Happy Valentine」

「ネイティブか。──ってか問いにも答えたしさっさと帰るぞ。さすがにこれ以上は本当に怒られるぞ」

 

 私は落ち着きを取り戻し、その結果ディフェンスをやめた未来の横に立ち、ドアノブに手をかける。


「あ、ちょ、ちょっと待って! ほんと、ちょっとでいいから!」

「ん? なに? どうした?」


 静止を受けて私はドアノブを回すのをやめ未来の方を見た。

 未来は自分のカバンの中をなにやら探っていた。


「えーっと──あった! はい、これ!」


 未来は右手にクッキーが入った透明な包みを持ち、それを私に差し出した。


「手作り風手作りクッキー手作りver.(バージョン)! ハッピーバレンタイン!」

「手作りを渋滞させるな。──えっと……じゃあ、私も……」


 私はドアノブから手を離し、カバンの中から透明な包みを取り出す。


「ん、はいこれ。ハッピーバレンタイン、ってことで」


 そして私はそれを未来に差し出す。


「クッキー!? え! もしかして手作り風手作りクッキー手作りver.(バージョン)今日子ちゃんEdition(えでぃしょん)!? 今日子ちゃんによる今日子ちゃんのための今日子ちゃんのクッキー!?」

「違うわ。──いや手作りはそう。でも私のための私のクッキーではない」

「つまり今日子ちゃんによる私のための私のクッキー!?」

「ちが──いやそうか。ん? ちょっと待て。なんかこんがらがってきたぞ」

「つまりクッキー!!」

「……だな。つまりクッキーだ」


 私は途中でなにがなにやらわからなくなったが、未来のシンプルな結論に頷く。そして私と未来は互いに互いのクッキーを受け取る。


「ふおおおおお〜感謝感謝〜お菓子業界の陰謀に感謝〜」

「陰謀に感謝するな。私に感謝しろ」

「それはもう言わずもがなだよ! でもちゃんと言う! ありがとう今日子ちゃん!」


 未来は大事そうにクッキーを持ち、満面の笑みを私に向けた。


「ああ、私のほうこそありがとな、クッキー。嬉しいよ」


 未来のまっすぐな言葉と笑顔を見たからか、私も自分の素直な気持ちを言葉にすることができた。


「んふ、やったぜ。嬉しいいただいちゃったぜ。今日はあなたが嬉しいと言ったからクッキー記念日だぜ」


 未来はにこにこしながらクッキーをカバンの中にしまった。

 私も割れないようにそっとカバンにクッキーをしまう。


「さて、それじゃあ帰るか」

「そうだね。早く帰ってクッキーをタイムカプセルに入れないと」

「いや食えよ」

「未来の未来におすそ分け!」

「ちゃんとうまいこと言うな」


 私は見事な返しをしてきた未来の頭をくしゃくしゃとなでる。

 未来は「ふへぇ」と嬉しそうに笑った。


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