正月、お雑煮。
「あけましておめでとう! 引いたおみくじ大吉1等! お汁粉大好き私は甘党! イエア!」
「酔ってんのか」
「酔ってませ〜ん。未成年者の飲酒及び喫煙は法律で禁止されてま〜す」
「はいはい。ほら、行くぞ」
「は〜い」
私と未来は鳥居をくぐり神社の境内へと入った。
「お〜混んでる混んでる。お正月って感じ〜」
「だな」
年明けの神社の境内は初詣に訪れた人たちで賑わっていた。参道の脇には屋台も並んでいる。
「なに食べるなに食べる? おみくじ? それとも破魔矢いっとく?」
「どっちも食えんわ。──ってこら、たこ焼きに吸い寄せられるな。先にお参りしてからだ」
私は屋台に行こうとする未来を引き止めながら、賽銭箱の前へと歩みを進める。
「今日子ちゃんは神様にいくらお小遣いあげるの?」
「お賽銭をお小遣いって言うな。まあ5円だな」
「ケチだ」
「誰がケチだ。5円は定番だろ。そう言う未来はいくら入れるんだ?」
「5円」
「同じじゃねえか」
私と未来は5円玉を賽銭箱に投げ入れ、目の前の縄をふたりで握り鈴をガラガラと鳴らす。そして手を合わせ目を閉じお参りをする。
「年末に買った宝くじが1等でありますように」
「口から煩悩もれてるぞ」
「うい、お口チャック」
「よろしい」
私と未来はしばし無言となり祈りを捧げる。
「……………よし、行くか」
「えっ!? もう!? 願い108個あるんだけど!?」
「煩悩まみれか。過去に戻って鐘ついてこい」
私は5円で神様を酷使しようとする未来を賽銭箱の前から引きはがす。
そしておみくじ売り場へと向かう。
「大吉でろ〜大吉でろ〜──はいー! 大吉いただきましたー! 今年も一年よろしくお願いしまーす!」
「あ、私も大吉だ」
「やった! 大吉ブラザーズ結成だ!」
「なんだその売れない芸人みたいなコンビ名は」
私は未来にツッコミをいれつつ、引いたおみくじを確認する。
願望、待人、学問、どれも良好だ。
あと……まあ、うん、悪くはないか。
「病気! 食べ過ぎ注意! 断る!」
未来は自分のおみくじを見て、拒絶の言葉を口にした。
「断るな。注意しろ。神の啓示だぞ」
「私は神を信じない」
「さっき108個願おうとしたろ」
「それはそれ、これはこれ。──さ、たこ焼きたーべよーっと」
「早速だな」
未来はおみくじの内容を早々にスルーして屋台へと歩きだした。
まあ未来らしいと言えばらしいのだが。
私は引いたおみくじを丁寧に折りそっとポケットにしまい、未来の隣に並ぶ。
「うち来たらお雑煮もあるからほどほどにしとけよ」
「もちのろん! 今日子ちゃんちのおもち食べ尽くすつもりだから心配しないで!」
「正月初日に人んちのもちを食べ尽くそうとするな」
私がそうつっこむと未来は楽しげに笑い、「しょうがないなぁ〜」とイタズラっぽく言い笑顔をみせるのだった。
◇◇◇◇◇◇◇
「右右〜、もっと右だよ〜」
「ダウト」
私と未来は神社での初詣を終えたあと、私の家へと向かった。
そして到着したら私の部屋でこたつに入りお雑煮を食べ、すごろくやら落ちものやらのテレビゲームをして遊んだ。
今は未来がカバンに入れて持参した福笑いをしているところだ。
「ダウトじゃないです〜本当です〜」
「ダウト」
今は私が目をつむり、未来の指示で顔のパーツを顔の輪郭が描かれた紙に乗せているところなのだが、私は未来の指示を全てスルーしている。
「よしできた。目開けるよ」
「ダメ。今からぐちゃぐちゃにするからちょっと待って」
「不正宣言をするな──お、ほぼ完璧じゃん」
私は未来が不正をはたらく前に目を開け、福笑いの状態を確認した。
目、鼻、口、眉、頬紅、若干のずれはあるものの、全てのパーツがしっかりと所定の位置に置かれていた。
「く……なぜだ……ずっと嘘を言っていたというのに……」
「やっぱりか。まあ私、空間把握能力は高いからね。──はい、じゃあ未来の番」
私は福笑いの顔を崩し、顔の輪郭の描かれた紙を180度回転させる。
「よしきた! 私のすごさを見せてやるぜ! 今日子ちゃんの指示は無し! そして制限時間は10秒で十分さ!」
「ずいぶんと大きくでたな」
未来はふふんと鼻を鳴らして自信たっぷりだ。
「見てるがいいさ! では目をつむりーの……はい! いつでもどうぞ!」
「ちょっと待ってな……はい、じゃあよーい……スタート」
私はスタートを告げ、スマートフォンのストップウォッチ機能で時間をはかる。
「ほいさ! ──えーっと……ん? どこ? パーツ……パーツ……ない!」
「あるわ。ないわけないだろ」
未来はせかせかと両手を動かすが、まったくと言っていいほど顔のパーツを取れる気配がない。
「ほら、ここだよここ」
私は未来の手を取り顔のパーツへと導く。
「あった! よし、じゃあ今からスタートね。──はい! いつでも!」
「はいはい、じゃあいくぞ。よーい……スタート」
私はスマートフォンのストップウォッチを一度止め、スタートを告げて再び時間をはかる。
「はい目! 鼻! 口! 眉! なんか赤いの! はい! 完成! ストップ!」
未来は勢いよく顔のパーツをつかんでは置き、すぐさま完成を宣言した。
その宣言を受けて一応私はストップウォッチを止めてやった。
完成した顔を見る限り、時間うんぬんは最早意味がないのだが一応。
「目開けていい? 目開けていい?」
未来は結果を見るのが楽しみなようで、ワクワクとした声で私にそう尋ねてくる。
「……どーぞ」
「はい! ──あ! すごい! 私そっくり!」
「どこがだ。のっぺらぼうじゃねえか」
未来が置いた顔のパーツは全て顔の輪郭が描かれた紙の外に置かれ、見事なまでののっぺらぼうが完成していた。
「時間は!?」
「時間? ああ、えーっと……3.5秒」
「よし! 勝った!」
「なににだ。私になら勝ってないぞ」
「では敗者の今宮今日子ちゃん」
「人の話しを聞け」
「お雑煮のおかわりを持ってきてもらおうかね」
「断る」
私はなぜか勝者を気取る未来の提案を間髪入れずに拒否する。
「…………」
「…………」
私と未来は無言で視線を交わす。
「お」
「こ」
「ぞ」
「と」
「う」
「わ」
「に」
「る」
「…………」
「…………」
私と未来の視線が交差し火花を散らす。
「ふぅ……やれやれ……仕方あるまい。この手だけは使いたくなかったのだが……」
未来はそう言うと立ち上がり、右手をグッと握り拳を固めた。
「なるほどね……そっちがその気なら私も受けて立つよ」
未来のその動きを見て、私も立ち上がると右手の拳を固く、そして強く握った。
「じゃあいくよ」
「ああ、いつでもどうぞ」
私と未来はお互い相手ににらみを効かせたあと、すぅーっと息を吸った。そして──。
「「さいしょはぐーじゃんけんぽん!!!」」
お互いの意地と意地をかけ、私たちは拳に全てを委ねた。
そしてその結果は──。
「よっし! 勝ったぁっ!」
「ぬああああああああっ!!」
私がグーで未来がチョキ。
この勝負、私の勝ちだ!
私はグッと両拳を握り勝利を噛みしめる。
負けた未来は頭を抱え断末魔を上げながら膝から崩れ落ちた。
「それじゃあ敗者の明日葉未来さん、お雑煮のおかわりを持ってきてもらおうかね」
私は立ったまま未来を見下ろし、先ほど未来が言った言葉をそのまま返す。
「ぐーーー……すやすや……」
「あ?」
私の見下ろす先、未来はいつのまにかこたつに入り、天板に顔を突っ伏しわざとらしく寝息を立てていた。
「おい、こら。寝たふりするな。負けたなら潔くお雑煮持ってこい。おい」
私は未来に近づき未来の身体をゆすった。
「一富士二鷹三茄子、四扇五煙草六座頭……むにゃむにゃ……」
「初夢縁起物フルセットを唱えるな。起きろ」
私は未来の身体をゆすり続けるが、未来は動じず寝たふりをやめない。
くっ……こうなるとテコでも動かんぞこいつ……。ったく、しょうがないな。
「わかったよ。もちは? いくつ?」
私は未来を起こすことを諦め、お雑煮のおかわりを持ってくることにした。
「3つ……いや4つで」
「はっきり答えるな。せめて語尾にむにゃむにゃをつけろ」
私はお盆にふたつ器を乗せ、それを手に持ち部屋のドアを開ける。
「いってらっしゃいむにゃー」
「はいよー」
私は未来の声を背に受け部屋を出た。そして廊下を歩きキッチンへとたどりつく。
手に持ったお盆を作業スペースに置き、コンロに火をつけお雑煮が入っている鍋を加熱する。
「もち……もち……っと」
私は冷蔵庫を開け、もちが入っているビニール袋を取り出す。
未来は4つ、私は……2つでいいか。
ビニール袋からもちを6つ取り出し鍋に入れる。
ふつふつと火にかけていると、ほどなくしてもちは煮えた。よし、完成っと。
私はふたつの器にお雑煮を入れ、それをお盆に乗せ手に持ち部屋へと戻る。
「はいはい、お待たせしました。ご所望のお雑煮をお持ちしましたよ、生徒会長様っと」
私はそう言いながら部屋のドアを開け中に入った。だが中からはなんの反応も返ってこなかった。
「ん? ……未来?」
私はお盆を手に持ったまま未来に声をかける。だが未来から返事は返ってこず、すーすーと静かな寝息が聞こえてくるだけだった。
「……まじで寝てるし」
未来は天板に突っ伏していた顔を横にして、寝たふりから熟睡に移行していた。
私はお盆を天板に置き、未来の横にしゃがみ込む。
「…………おら」
私は人差し指を未来のほっぺたに沈ませる。むにっと柔らかな弾力が指先から伝わってきた。未来が起きる様子はない。
「おらおら」
私は沈ませた人差し指をぐるぐると回す。
すると未来は眉をひそめ少し顔をしかませた。だがいまだ起きる様子はない。
「……ったく」
私は最後に未来のほっぺたをむにっと引っ張り手を離した。
そして未来の向かにいきこたつに入る。私はこたつの温もりにはぁとひとつ息をもらす。
──それにしてもよくお眠りで。私は寝ている未来をじっと見つめる。
ジャンケンに負けて寝たふりして、人にお雑煮持ってこさせて、戻ってきてみれば熟睡って。ほんと自由というかなんというか。振り回してくれるよなあ。
まあそれを許す私も甘いんだろうけど。
でも、それはもう仕方がない。
だって──。
「…………お雑煮食べよ」
私はお雑煮の入った器を手に取り、ほどよく煮えたもちにかじりついた。
もちは白く長く、びよんとよく伸びた。