放課後、焼き芋。
「今日子ちゃんいる!? 今ちょっといい!? 手伝ってほしいんだけど!!」
音楽室のドアを勢いよく開け、ジャージ姿の明日葉未来が慌てた様子で音楽室に入ってきた。
「おおっ、どうした、そんなに慌てて」
放課後の誰もいない音楽室でひとり曲を作っていた私、今宮今日子は、珍しく慌てた様子の未来を見て驚く。
「いやちょっと一大事でさ! 手空いてたら手伝ってほしくてさ!」
「ああオッケーオッケー。未来がそんなに慌てるなんてよっぽどなんでしょ。手伝う手伝う」
私はギターとシャーペンを置きイスから立ち上がる。
「ありがと! えっと、じゃあジャージに着替えてもらって、あと、はい軍手!」
「ん、わかった」
私は未来から軍手を受け取る。そしてそれを一度机に置き、カバンからジャージを引っ張り出して着替えを行う。
未来は私が着替えているあいだ「えっほっえっほっ」と言いながら、ランニングフォームのままずっと足踏みを続けている。これは相当な事態だな。
「よし着替えた。お待たせ。行こう行こう」
「うん! ごめんね! よし出発!」
私は机に置いた軍手を取り、それを手にはめながら「えっほっえっほっ」と小走りで音楽室を出ていく未来のあとを追う。
廊下を進み、階段を降り、1階までたどりつくと校舎を出て、そして人気のない校舎裏へと未来は私を連れていく。
なんだ? 校舎裏になにかあるのか? もしかして誰か倒れてるとかか?
場所が場所なだけに、私は緊急事態も想定し気を引き締める。
「よし! 到着! ──ほら今日子ちゃん! 並んで並んで!」
「え、ああ、うん」
未来は校舎裏の一番隅で足を止め、私に横に並ぶようにうながした。
目の前には小さな家庭菜園のような畑があり、地面は緑で覆われていた。
……? なに? どういうこと?
「第1回! お腹いっぱい夢いっぱい! サツマイモ掘り大会〜〜!! パチパチパチ〜!! ルールは簡単! 制限時間内により多くのサツマイモを掘った選手の優勝です! それでは位置について〜〜よ〜〜い……ドンッ!!」
「ちょっと待て」
「ぐえっ」
高らかになにかを宣言し、目の前の畑に飛び出した未来だったが、後ろから私にジャージの襟首をつかまれ静止させられ、アヒルのような声をだした。
「なに? サツマイモが……なんて?」
「第1回サツマイモ掘り大会だよ! 聞いてなかったの! もう!」
未来は顔を私の方に向けてぷんぷんと怒ってみせる。怒りたいのは私の方だ。
「とりあえず詳しい話しをしろ。一大事うんぬんのところから」
私はジャージの襟首をぐいっと引っ張り未来を引き寄せる。
「いやね、そろそろ普通に誘われるのも飽きたころかなって思いましてね。今回は少しばかり趣向を凝らしたわけですよ旦那ぁ。うえへへへへ」
未来は両手をすり合わせながら、悪どい商人のような顔と口調でそう言った。
「つまり一大事ではないと?」
「へい、そうでやん──ふぎゅっ!?」
私は未来を後ろから抱きしめ、脇腹を両腕でグッと締め上げる。
「ふ……ぐ……ギブ……ギブ……」
未来はパンパンと手で私の腕を叩き降参の意を示す。
「反省した?」
「した……した……うえじゃなくてした……」
こんな状態でも小ボケをはさむ未来。タフというかなんというか。
まあそのタフさに免じて許してやろう。
私は両腕から力を抜き未来を解放する。
「はぁ……はぁ……くびれが……スタイルお化けになっちゃう……」
「そりゃいいことだ」
未来は自分の脇腹を両手でさすりながら呼吸を整える。そしてひとつグッと伸びをした。
「よし! じゃあ改めて! サツマイモを掘りましょう! いかがですか今日子ちゃん!」
「ああ、いいよ。もうジャージも着て軍手もはめてるし、ここまできたし付き合うよ」
「やったあっ! 話しがわかるぅ! それじゃあちょっと待っててね」
未来は上機嫌にそう言うと、スキップしながら畑の隅に向かった。
そこには段ボールが5つ置いてあり、未来はその中のひとつからスコップを2つ取り出した。準備万端だな。
「はい! おひとつどうぞ!」
「どーも。サツマイモ掘りとか小学生の時以来だな」
「ね! 私も小学生の時以来! さーて! それじゃあ日が暮れる前に全部収穫といきますか!」
そう言うと未来は畑に入り地面に膝をつく。そしてスコップで土をかき分け、そのあと軍手で土を掘り返していく。
私もその隣の列で膝をつき、同じように土を掘っていく。
「じゃじゃーん! 出ましたー! こちらが今年のサツマイモです!」
未来は満面の笑みを浮かべて、掘り出したサツマイモを私に見せる。
「おおっ結構大きいな。しっかりと育つもんなんだな、こんな校舎裏でも」
「だね! よーし、じゃんじゃん掘るぞ〜」
未来はジャージの袖をまくり気合いを入れ、どんどんサツマイモを掘り出していく。
私も次第に夢中になり、未来に負けじとサツマイモを掘り出していく。
しばらくのあいだ私と未来は黙々と作業を続けた。
そして日が暮れる前に見事全てのサツマイモを掘り出すことに成功した。
「ふぅー……いい汗かいた」
「そうだね〜。いや〜満足満足。楽しかった〜」
私と未来は畑に座りしばし休息をとる。
「だな、楽しかった。──それにしても、なんでこんなとこに畑あるんだ? 昔園芸部が使ってたとかか?」
私はサツマイモを掘りながら気になっていたことを口にする。
「いんや〜違うよ。私が耕したの」
すると未来が私の疑問にそうあっけらかんと答えた。
「え? 耕し……いつ?」
「6月くらい。秋になったら焼き芋食べたいな〜って思って」
「へ〜そうなんだ。……一応聞いておくけど、許可とった?」
私は未来に視線を送りそう質問した。
「…………」
「…………」
「てへ」
「おい」
しばし無言で見つめあったあと、未来はウインクしながら自分の頭をコツンとたたき舌を出した。思った通りか。許可も取らずに耕したんか。
「まあまあまあ、今日までバレてないし、今こうやって証拠を隠滅したわけだからさ。セーフ」
未来は両腕を広げてセーフのジェスチャーをする。
「証拠隠滅て。つまり私は共犯者にさせられたってことか」
「ザッツライ! ふっふっふっ……もう逃げられませんぜ。一蓮托生でっせ」
未来は悪い顔で笑ってみせる。
「報酬はいかほどで?」
「そうだなぁ……今日掘り出したサツマイモの半分でどうだい、今宮のお嬢さん」
「いや、そんな食えんし。半分っていったらあの段ボール2つ半だろ」
私は未来の提案に畑の隅にある段ボールに目をやる。あれ結構大きいよな。あの段ボール2つ半はさすがに食い切れんぞ。
「じゃあこれから掘ったサツマイモを焼き芋にするからそれで──あっ!!」
未来は突然驚いたように大きな声をあげた。
「ん? どうした?」
「これから焼き芋作り始めたらすっごい時間かかるじゃん! 私のお腹はもう今すぐにでも焼き芋を食べたいというのに!」
未来はしまったと頭を抱えうめきだした。
「終わった……私の高校生活はここまでだ……」
「いやどんだけ焼き芋に高校生活かけてんだよ」
私はガックリとうなだれる未来につっこみをいれつつ、ポンポンと背中を叩きなだめる。まあ、私も今だいぶお腹は空いているから、焼き芋が今すぐに食べられず、うなだれる未来の気持ちはわからなくもない。
さてどうす──。
『いしや〜〜きいも。おいも〜おいも〜、とってもおいしいおいもだよ〜』
──るかと考え始めた私の耳に、聞き覚えのある歌が聞こえてきた。
うなだれていた未来の耳にも届いたらしく、ハッと顔をあげ歌に耳を澄ませていた。
『あまくておいしいおいもだよ。いしや〜〜きいも。おいも〜おいも〜』
「買おう!」
「だな」
私と未来は顔を見合わせ、満場一致で焼き芋の購入を決めた。
そして勢いよく立ち上がり、校舎裏から駆け出した。