放課後、コロッケパン。
「……コロッケパン」
私、今宮今日子は、今日も今日とて明日葉未来に連れられて放課後の買い食いに付き合わされている。
我らが生徒会長様の今日の気分はパンだったようで、私たちはいま学校の近くにあるパン屋で買い物中だ。
そして私は残りひとつとなったコロッケパンの前にいる。
──あれからもう半年か。
コロッケパンを見ると、私は私と未来が出会った日のことを思い出す。
◇◇◇◇◇◇◇
「あの……大丈夫ですか……?」
高校生として初めての春休みが近づく3月半ばの放課後。
私は学校の近くにある公園で、ベンチにうつ伏せになっている人に声をかけた。
見ず知らずの人だったら見なかったことにするのだが、うちの学校の制服を着ていたこともあり、とりあえず声をかけておいた。
「ぉ…………ぃ………………ぃ」
「え? なに? なんですか?」
「ぉなかがすいて……ちからがでなぃ……」
「……はい?」
一瞬なにを言っているのかわからなかったが、どうやらこの寝ている人はお腹が空いて力がでないらしい。……あれ? というかこの声は──。
「えーっと……もしかして会長、生徒会長の明日葉さん……ですか?」
「ぃぇーす……」
やっぱりそうだった。
私の問いにうつ伏せのまま力無く答えを返したこの人は、うちの学校の生徒会長、そして同じクラスの明日葉未来さんだった。
明日葉さんは去年の生徒会長選挙で『若者よ! 大盛りご飯を食べよ!』というスローガンを掲げ、学食の拡大とクオリティの向上を訴えた。
少々生徒会長選挙として正統派ではない訴えだが、実際問題生徒数に対して学食の規模は小さく、また味もイマイチだったこともあり、生徒から高い支持を得て一年生ながら見事に当選をはたした。
そして代替わりをしてすぐさま宣言通り学食改革を実行しており、学校で知らぬ者はいない存在となっている。
「あー……コロッケパン、食べます? さっき買ったやつなんですけど」
「コロッケパン!?」
「うわっ!?」
明日葉さんはうつ伏せの状態から勢いよくグルンと回転して仰向けになった。
びっくりした……動きこわ……お腹が空いて力がでないじゃなかったんかい……。
「いいの!? もらって!?」
「あ、はい、どうぞ……」
「ありがとう! では遠慮なく!」
明日葉さんはそう言うと身体を起こし、私が差し出したコロッケパンを受けとった。
「いただきまーす! ──あむ! んぐんぐ……おいひぃ!!」
「それはよかったです」
「うん! ありがとう今宮さん! ──あ! ごめんね! 座って座って!」
「え、ああ、うん、ありがと」
私はそううながされ、コロッケパンを勢いよく食べる明日葉さんの隣に座った。
「というか、私の名前知ってたんですね、会長」
「まあね! 同じクラスだし! だから敬語もなしなし! あと会長じゃなくて未来で! 私も今宮の姉御っで呼ぶから!」
「いやなんでだよ。そこは今日子の流れだろ」
「ナイスつっこみ! じゃあお言葉に甘えて名前で呼ばせてもらっちゃお〜」
どうやら明日葉さん──いや未来はだいぶ人懐っこいタイプのようだ。まあ私としてもその方が接しやすいし、ありがたくはある。ここはお言葉に甘えて楽に話させてもらおう。
「いや〜ごめんね、コロッケパンもらちゃって。この恩は歩数にして2歩分忘れないよ」
「ニワトリ以下か。いやいいけど別に、恩に着なくて」
私は未来につっこみをいれつつ袋からアンパンを取り出す。
「え!? アンパンまでくれるの!?」
「やらん。これは私のだ」
「え〜ケチ〜今日子ちゃんの食いしんぼ〜」
「食いしん坊はお前だ。あと誰がケチだ」
「あいだだだだだ! ギブギブ! 小顔がもっと小顔になっちゃう!」
私は右手で未来の頭をわしづかみにして力を込める。本来なら今日が初めましての相手にするべきことではないが、食いしん坊とケチ発言、ジャブにはジャブでお返しだ。──とはいえそろそろ離してやるか。
「ふぅ〜……モデル体型になるところだった。八頭身八頭身」
未来はそう言いながら私に握られ乱れた髪を整える。
そして再びコロッケパンにかじりつく。
「んぐんぐ……このパン屋さん美味しいよね〜。私、放課後よく買いに行くんだ〜」
「私も放課後、音楽室でギター弾いてて小腹が空いた時とかよく行くよ。今日もその流れだし」
「お、いいね〜。じゃあ今度一緒に行こうよ。このコロッケパンのお礼もしたいし」
未来は笑顔で私にそう提案してきた。
私もその顔を見て少し笑顔になる。
「ああ、そうだな。まあお礼のことは覚えてたらでいいよ」
「いやいやいや! わたくし明日葉未来、一食の恩義は決して忘れませぬ!」
「さっき忘れないの2歩分って言ってたろ」
「あれ? そうだっけ? てへぺろ」
私がつっこみをいれると、未来は舌をだして楽しそうにおどけてみせた。
◇◇◇◇◇◇◇
「きょ〜お〜こ〜ちゃ〜ん。な〜にしてんの〜──あ、コロッケパン! 私と今日子ちゃんの始まりの物語!」
後ろからやってきた未来が私の視線の先を見てそう言った。
「いや〜懐かしいなぁ〜。たしか公園のベンチで行き倒れてた今日子ちゃんに、私がコロッケパンをあげたんだよね〜」
「記憶を改竄するな記憶を。逆だ逆」
「あれ? そうだっけ? てへぺろ」
「そのてへぺろは完全に覚えてるてへぺろだろ」
私は半年前と同じセリフでとぼけおどける未来につっこみをいれる。
「まあまあまあ、それよりも最後の一個なんだし買っちゃおうよ。今度は私がごちそうするからさ」
そう言って未来はトングでヒョイっとコロッケパンをつかんだ。そしてそのコロッケパンを私のトレーに乗せた。
「待て待て待て。私のトレーに乗せたら会計私だろ」
「バレたか。いやね、予算オーバーなんですよ社長」
「予算オーバー? なに買う予定なの?」
「ロースカツサンドとヒレカツサンドとロース&ヒレカツサンド」
「全部カツサンドじゃねえか」
私は未来のトレーに目をやる。
その上にはカツサンドが3つ鎮座していた。どんだけ食うきだ。
「はい軍曹! チキンカツサンドは売り切れでありました!」
「それは朗報だ明日葉二等兵。とりあえずロース&ヒレカツサンドは返してこい。ロースカツサンドとヒレカツサンドがあればそれはいらんだろ」
「了解であります! ただそれはそれとしてコロッケパンは奢ってほしいであります!」
未来はビシッと背筋を伸ばして私にそうお願いしてくる。
「わかったわかった。奢ってやるからさっさと返してこい」
「ありがとうございます! さすが軍曹太っ腹! そして太ももふくらはぎ!」
「太っ腹以外はただの身体の部位だ。ほら会計して公園行くぞ」
「りょ!」
「ギャルか。軍人どこいった」
私と未来はそんなやりとりをしたあと、レジで会計をすませ店を出る。
そして戦利品を手に、いつもの公園へと向かった。