僕と彼女と車椅子!+(ぷらす)バスケットボール!〜僕たちの永遠〜
「こっちこっちっ!」
「右っ! 空いてるよっ!」
「ブロック任せてっ!」
「横から行ってっ! そこっ! よしっ!!!」
「「「「ナイッ、シューーーッ!!!」」」」
郊外にある市立体育館。そこでは今、バスケットボールの試合が行われている。
オフェンスはボールを仲間と運びながら進み、ディフェンスは自陣のゴールに近づかせないよう、マンツーマンでブロックに勤しむ。
オフェンスのゴールが決まれば喜びあって、直ぐに自陣に戻る。ディフェンス側は気合いを入れ直し、攻撃開始。どこにでもあるバスケットボールの試合だ。
ただ、普通と違うところがあるとするなら、それは……
「いけるっ! なっ!!! 唯菜っ!!!」
ガシャッッッ!!!
けたたましい音を立てて、"車椅子"同士がぶつかり合いう。そして僕の彼女、安斉唯菜が反動で車椅子ごと床に叩きつけられた。
そう、この体育館で行われているのは"車椅子バスケットボール"の大会だ。
僕の名前は大橋優也。
唯菜と初めて出会ったのは、高校の入学式。同じクラスとなり、体育館での入学式では隣同士に。
校長先生の祝辞が終わり、起立をした時に唯菜が立ちくらみで倒れそうになる。それを支えたのがきっかけで、話すようになった。
インドア派で本好きで。少々オタク気質があると知ったのは、それから3ヶ月くらい後。
なぜなら僕は、入学と同時にバスケ部に入ったから。なかなか話をする機会がなかったために、唯菜の事を知ることは出来なかった。
それでもタイミングがあった時は、弁当を食べたり勉強したり。一緒に帰れることは少なかったけど、それでも暇を作って唯菜の事を知ろうとした。
気になる存在、だったし。
そんな少ない会話で分かったことがある。
昔から唯菜は休日だろうと外に遊びに行くことはしなかったらしい。出ても、本を買いに行く時くらい。
かといって友達がいない訳ではない。クラスでも、女子との会話の輪に入っているのは見かける。けど、男子と話しているところは見たことない。
そう、唯菜が話す唯一の男子が僕なのだ。
いや、他の男子が話しかけたら反応はするみたい。ただ、うつむき加減で何度かうなずく程度。
とは言え僕との会話が弾んでいるかと言えばそうでもなく、それでも会話は成り立っている……と思う。
とりあえず、この時点ではまだ僕たちは付き合ってはいない。入学して三ヶ月だから、そろそろかなとは思っていたくらいだった。
僕の通う高校はバスケの強豪校で、実はインターハイの出場を決めていた。
夏休みに入った七月後半。奇跡的にインターハイの試合の会場が地元とあって、僕は唯菜に応援に来てくれるように頼んだ。
中学校ではそれなりにやれていた僕は、この頃にはもう一年生の中ではちょくちょく試合に出させてもらっている。
――この試合で活躍して、唯菜に告白しよう。
月曜日は部活が休みのために、帰り道にダメ元で頼んでみた。一応……いや、多分ないとは思うけど用事があるといけないから早めにと思って。
「あのさ、今度の日曜日にインターハイの初戦があるんだ。郊外の市立体育館が会場でさ。アレだったら……見にこない?」
自分でも"アレ"って何だと思った。ただ、僕の誘い方が悪かったのか分からないけど、唯菜は俯いたままで何も言わなくなってしまった。
そのままタップリ十分間、無言で歩き続ける僕達。何か気に触ることでも言ったのだろうかと、心配になってくる。
――用事、あったのかな?
唯菜の住んでる住宅街にたどり着く。目の前の角を曲がれば唯菜の自宅だ。ちなみに僕の家は、少し先にあるバス停から乗車して二十分の隣町。
曲がり角で俯いたまま立ち止まる唯菜。無言で一分経過。入学式依頼、こんなに間が空いたのは初めてだった。
バスが到着する時間が近づくし、無理しなくていいよと言おうとしたその時だった。唯菜がゆっくりと顔を上げて見つめてくる。
「迷惑じゃ……ない?」
「迷惑だなんて……僕が誘ってるんだから、迷惑なわけないじゃないか」
「じゃあ……行きたい……行っても……いい?」
「ホント!? もちろん! 是非、見に来てよ!」
天にも登る気持ちだった。嬉しすぎて、どうやって家に帰ったか分からないし、どう過ごしたのかも記憶にない。気がつけばベッドの上で悶絶していた。
それからの練習には熱がこもり、なんと僕はスターティングメンバーに選ばれた。
唯菜とは毎日SNSでやりとりをしてるけど、その事はまだ言ってない。当日までのサプライズ。
試合で活躍し、その勢いで告白の流れ。これでOKを貰えれば絵に書いたようなサクセスストーリー。完璧なシナリオだった。
そして迎えた試合当日。唯菜は前の日、家族でお出かけすると言っていた。だから昨日は連絡を取っていない。
スマホを持ち出せないために、ギリギリまで会場前で待っていたけど唯菜は来なかった。
試合前もベンチにいる時も、アリーナ席をグルリと見渡すけど、唯菜の姿を見つけることが出来なかった。
――――どうしたんだろう……
試合は勝利を収め、翌日に駒を進めた。僕自身も活躍することができ、次の試合もスターティングメンバーになった。
そんな喜びもそこそこ、学校で解散した後にスマホを取り出しチェック。唯菜からはSNSも電話すらも入ってない。
心配しながら唯菜の家にたどり着くも、駐車場に車は停まってなかった。いくらSNSで呼びかけても既読は付かない。何度電話をしても繋がらない。
不安な気持ちを抱えたまま翌日、勝利で戻ってきた僕たちに衝撃の事実が告げられた。
「一年F組の安斉唯菜と御家族が事故に遭ったそうだ。安斉と安斉の父親が重症になったそうだが、命には別状ないらしい」
身体が震えた。まさかそんな事になっていたなんて……
家に帰ると、夕方のニュースで唯菜の事故のことをやっていた。飲酒運転の車が信号待ちの時に、車の真横に突っ込んできたと。
相手はアルコールが抜けていたとの一点張りで、飲酒運転を認めていないらしい。
それから二日後の夜、唯菜からSNSの着信があった。個室が取れなくて四人部屋だから電話ができないとのことだそうで。
【ごめんね、試合にいけなくて】
そんな表示が嬉しいし、心底安心したのを覚えている。
――良かった……生きてた……
不謹慎かもしれないけど、あの時の僕は心の底からそう思ったのだ。
ただ、そこで知った唯菜の現状。
なんと唯菜は脊髄を損傷し、腰から下が動かなくなる可能性が高い……と。
ここ数年で世界中にパンデミックを起こした伝染病が収まり始め、スポーツも徐々に有観客で試合が出来るようになってきた。
ただ、未だ病院は面会謝絶。約一ヶ月半、僕は唯菜に会うことが出来なかった。
その間、僕達はSNSで連絡を取りあった。わずかな時間だったけど、週に二度ほど電話をする事も出来た。
ちなみにバスケの方は準決勝で敗退。もちろんそれも報告してる。
退院の日、迎えに行きたいと言ったけど断られた。少しやつれてて恥ずかしいからだと。
それでも僕は、一目唯菜を見たかった。
退院の日は、九月半ばの金曜日の午前中。僕は学校を無断欠席。市立病院の駐車場の隅に隠れ、唯菜が出てくるのを待った。
午前九時に到着し、数時間待つのを覚悟をして車の影に身を潜めたのだ。
ただ、三十分もしないうちにタクシーが玄関に横付けされる。運転手が現れ、後部座席の横に移動して待機。すると、玄関から車椅子に乗った唯菜が現れた。
車椅子を押すのは唯菜のお母さん。その横をギプスで右腕を固められ、頭に包帯を巻いたお父さんが歩いている。
事故の時、助手席側に座っていた唯菜のお母さんと妹は打撲程度で済んだらしい。
ただ、運転手のお父さんは頭と腕を骨折。その後ろの席の唯菜は腰の骨が外れるくらいの衝撃を受けてしまったとの事だった。
手術の結果、骨は繋げたけど脊椎を酷く損傷していた為に麻痺が残ってしまった……と。
車椅子の唯菜は確かに痩せていた。小柄だった彼女が、さらに小さく見える。
ただ、不謹慎にも初めて見る唯菜の私服姿に見とれてしまった。
タクシーの前で車椅子を止め、運転手と母親の手助けで後部座席に乗せられた唯菜。その悲しげな表情がしばらく頭から離れなかった。
幸いにも僕達の高校は車椅子用のスローブが設置されており、唯菜はそのまま通えることに。とは言え、教室は別々になってしまっただけど。
前ほど話をする機会はなく、お昼ご飯も一緒に食べることは少なくなった。それでも僅かな時間を作り、僕は唯菜に会いに行った。
ただ、唯菜は今でもF組所属なために、行事がある時は同じクラスで行動している。その時は、クラスの女子が車椅子を押していた。
この時点でも僕は唯菜に告白出来ていない。告白するタイミングを完全に失ってしまったから。
それでも日々の生活は充実していた。いつ頃からか、週に一度は唯菜を迎えに行き、一緒に登校するようになる。
十二月になり、唯菜もだいぶん体力が戻ってきたようで。平坦な道は自分で車輪を動かして移動している。。
回しているのはハンドリムと言うそうだ。
「結構長く動かせるようになったね」
「うん、大橋くんのおかげ……かな」
唯菜はそう言うけど、本当は唯菜のお母さんに頼まれている。ひとりで車椅子を動かさせるよう見守ってほしいと。
ただでさえ華奢の唯菜だし、完全に体力が戻っているわけではない。十分もすればすぐに息を切らしてしまう。
後ろから見ていても、胸が痛くなる。何とかならないものかと常々考えていた。
高校バスケの冬の大会も準決勝で敗退。冬休みの終わりに僕は唯菜を外に連れ出した。唯菜に内緒で、唯菜の両親と話し合ってのことだ。
「ねぇ、大橋くん。どこ……いくの?」
「んん? いいからいいから」
信号待ちで、不安げな表情を僕に向ける唯菜。そんな表情をされたら、まるで僕がいかがわしい場所に連れて行こうとしているみたいだ。
何だか騙しているような気持ちになって、胸が痛む。
郊外に出て、桜並木の遊歩道を抜ける。一気に開けた場所にたどり着くと、そこは夏にインターハイが開催された私立体育館。
「えっと……えっ? ……えっ?」
「……ふふふっ」
驚いて振り向く唯菜に微笑み、僕は車椅子を押し進める。寒風が吹き抜ける外と違い、体育館内は暖房も効いてないのに少し汗ばむ。
館内に入ってからの唯菜は緊張しっぱなし。太ももに両手を置き、ギュッと握っていた。そんなに緊張しなくてもと、僕は苦笑い。
通路を抜け、競技場に入ると至る所から声が聞こえてきた。
「右から回ってっ! そうそう、いいよぉ!」
「正面っ! 止めるよっ!」
「まだまだっ! そこ左っ!」
「おっけぃ! ナイッシューーーウ!」
「おっ、やってるやってる。皆んな、気合い入ってるなぁ」
「えっ? ……えっ?」
競技場の中ではジュニアバスケのクラブチーム、その奥で車椅子バスケットの練習が行われていた。
唯菜に内緒にしていたのは、実はここに連れてくることで。体力のない唯菜に運動をさせるのが目的だった。
冬の大会を終え帰ってきた時に、僕が唯菜の両親に連絡を取った。そして、ここに連れてくることを提案したのだ。
小学校の時から僕もこのクラブチームに所属していた。だからここで車椅子バスケの練習をしているのも知っていた。
不安げな顔で僕とバスケの練習を交互に見る唯菜。次第に泣き出しそうになってくる。さすがにそろそろネタばらしをしないと、大変なことになりそうだ。
「ごめんごめん、不安にさせちゃった?」
「えっ? あっ……うん……」
「えっとさ……僕と、バスケしない?」
「えっ? ……えと……えっ?」
泣きそうな顔から困惑の表情へ。そりゃまぁ、そうなるだろうなと思いつつ、僕は転がっているボールを拾い上げる。
それから数歩後ずさって唯菜と距離をとった。僕が離れたことで不安な表情に戻る唯菜に向かい、アンダースローで優しくボールを放り投げる。
抱えるようにキャッチする。まるで小さい頃に初めてやったボール遊びの様な取り方。
でも……
「おっ! ナイスキャッチ! 上手いじゃん! 次、こっちに返して」
「えっ? あっ……うん……」
そう返事はしたももの、抱えたボールを両手で挟んだままで悩み中の唯菜。下から投げようにも、車椅子に座っているため膝に当たって上手く投げれないようだ。
「そういう時はさ、ボールを胸の前に持ちあげて」
「こ……こう?」
「そうそう。それから指をボールの後に持っていくように回転させて」
「えと…………こぉ……かな?」
「おっけい。そうしたら肘を伸ばすようにボールを押し出して」
「うん…………んんっ!!!」
僕の説明にたどたどしい仕草ながらも応えようとする唯菜。最後は鼻から空気を漏らしてしまうほど、りきみながらボールを押し出した。
見るからに下手くそなパス……チェストパスと言うんだけど、バスケットボールでは基本の”き”の字。誰もが最初に覚えるパスのひとつだ。
唯菜から放たれたボールは三メートル位で床に落ち、力なく跳ねた。そして僕のいる場所に到達する頃にはバウンドすることなく、コロコロと転がっていた。
それでも……
「おっ! うまい上手い! 上手じゃん!」
「えっ……でも……」
「大丈夫だいじょうぶ! 僕も始めはそうだったからね」
「えっ? 大橋くんでも?」
「うん! だから気にすることないよ。こんなの直ぐに覚えるからね。じゃ、もう一回」
「えっ? あっ……うん」
こうして再びボールを投げ返す。そしてまた唯菜はボールを胸元に構え、チェストパス。さっきよりもほんの少しだけ、距離を伸ばした。
それから僕らは何度もパスを繰り返した。唯菜に負担にならないよう、僕は少しずつ距離を詰める。そろそろ疲れる頃だと思ったからだ。
ただ、唯菜は黙ってパスを繰り返した。それはもう、真剣な眼差しで一生懸命チェストパスを繰り返す。
腕や手首の力が無くなり、回数が増えるごとに身体を前傾にしながらもパスを続けた。そろそろ体力の限界かなと思った時だった。
背筋を伸ばし、肘と手首を真っ直ぐに伸ばした唯菜から放たれたボールが、ノーバウンドで僕の手に収まったのだ。
「凄い……ナイスパスだよ、安斉さん」
「はぁはぁはぁはぁ……えっ? あっ!? 届いた……」
どうやら自分でも届いたのが信じられないみたいだ。とは言えこんな短時間であんな綺麗なチェストパスが出来るなんて、僕自身も驚いてる。
最初の位置から二歩ほど前にでたけど、それでもノーバウンドで届いたことは間違いない。
――これなら……いけるかも。
そう思った瞬間だった。
「おっ! やってるね、優也」
「お久しぶりです、美羽先輩」
「えっ?」
コートの方からやってきて、声をかけてきたのは車椅子に乗った吉岡美羽さん。僕よりは三つ上の、クラブチームの先輩だ。
中学校の後半に足の筋肉が無くなっていく難病を発症して以降、車椅子生活になった。この若さで発症するのは非常に珍しい病気らしい。
ただ、アグレッシブな美羽先輩はあっという間に車椅子に対応。直ぐに車椅子バスケットボールを始め、みるみるうちに実力を伸ばしていったのだ。
そんな美羽先輩は僕に微笑み、そして唯菜に視線を向けて話しかけた。
「ねぇ、良かったら私達の練習の手伝いしてくんないかな?」
「えっ? ……あの……えっ?」
「私達、あっちで練習してるんだけどサポートが不足しててさ。お願いできるかな? ボールをパスしてくれるだけでいいんだけど、駄目?」
「いえ……えと……私は……」
美羽先輩の無茶ぶりに俯く唯菜。実は話は付けてある。少し体力を付けてあげたい子がいるから連れていくと、前日に伝えていた。
ただ、余計なことを言わずに自分からのお願いにするあたり、さすがは美羽先輩と思うばかり。
頭が良く、常に気を配れる女性。病気になる前もなってからも、持ち前の明るさで人の先頭に立って引っ張っる存在。それが美羽先輩なのだ。
「いいんじゃない? 僕は安斉さんのサポートをするからさ、やってみたら?」
「でも……私……そんな……」
「だぁいじょうぶ、大丈夫! 私達ね、もうすぐ試合だからサポートして欲しいの。お願い!」
「行ってみようよ、安斉さん」
「ほら、優也もこう言ってるしね」
「えっと……大橋くんがそう言うなら……ちょっと……だけなら……」
それから場所を移動して車椅子バスケの練習コートに。そこで練習していた人達に唯菜を紹介し、練習が始まった。
そこで僕は、驚くべき光景を目の当たりにすることになる。
ボールかごからボールを抜き取り唯菜に渡す。先程のパスでコツを掴んだのか、唯菜は見事なチェストパスでボールをコート内に放り込んでいった。
しかも正確に、練習している人達が取りやすい場所に何度も送り出す。きっと唯菜は感のいい子なんだと思った瞬間だった。
受け取る側もそれを感じ、練習終わりに全員が唯菜をクラブチームに勧誘していた。もちろん、美羽先輩もだ。
――これで唯菜が入ればきっと、体力がつくかも。
何だか騙して連れてきたようで、心苦しさは残る。それでも唯菜の体力がつくならばと思い、唯菜の両親に今日のことを提案したのだ。
――――本当はそれだけじゃ……ないけど。
練習が終わり、入会の案内書の入った大きな封筒を膝に乗せた唯菜を押しながら、体育館を出て遊歩道に。練習のサポートで少し汗をかいたものだから、外の風はアウターを着てても寒く感じる。
「多分さ、明日は筋肉痛になると思うからさ。家に帰ったら軽く解した方がいいよ」
「うん……でも……どうやるの?」
「あぁ……そうだ! 後でマッサージの動画送るから。ひとりでも簡単に出来るやつ」
「うん! 待ってる」
元気のいい返事にクスリとし、遊歩道を歩き続ける。だけど、真ん中辺りまでたどり着いたとき、僕はピタリと足を止めた。
不思議そうに振り返る唯菜。
ただ、僕の心はもう決まっている。ゆっくりと移動し、唯菜の前に。そして僕は、夏の大会で言おうと用意していた言葉を口にした。
「僕、安斉さんのことが好きなんだ。付き合って……くれないかな」
「えっ? ……えっと……えっ?」
突然の僕の告白に戸惑う唯菜。そりゃぁ、いきなりそんなことを言われたら誰だってそうなるだろう。
だけど僕は決めていた。この場所に誘って告白するって決めていたんだ。唯菜がこうなる前からずっと……
最初は困惑の眼差しを向けていた唯菜も、今は深く俯いている。太ももに乗せた封筒の上に、拳を置いて口をつぐんでいた。
こうなっては返事を期待するのは無理だ。あの日、試合の観戦に誘った時に学習済み。そんなところも大好きだから気にならない。
「返事、後でいいから」
そう言って移動し、唯菜の後へ。ゆっくりと車椅子を押し、歩き始める。
そこから先はもちろん無言。唯菜は自分の拳に視線を固定したままだし、僕も言葉を出さなかった。それが居た堪れないとかは無かったけど、唯菜はどうだったろう?
考えてみれば、せっかくバスケットボールに興味が湧いたかもしれない時に、告白なんてされたら戸惑うのも当たり前。キャパオーバーになるのも当然だろう。
だけど、このタイミングを逃したら次はいつになるか分からない。また来週から僕のバスケの練習が始まるから、唯菜と市立体育館に行く機会が無くなってしまう。
色んな事を考えていると、いよいよ唯菜の家のある住宅街にたどり着く。角を曲がると直ぐに唯菜の自宅が見えた。
前には無かった車椅子用のスローブを通り玄関へ。唯菜が車椅子になった為にリフォームをしたらしく、玄関扉もスライド式になっていた。
扉の取っ手が持ちやすい場所まで車椅子を持っていく。そして、後ずさるように僕はスローブを下って行こうとしたその時だった。
「こんな……」
「えっ?」
「こんな……こんな私で良かったら……おつ……お付き合い……してもらえますか……」
――――こんなって……
いつの間にか、真っ直ぐに僕の方を向いていた唯菜。少し震えた声でそう言ってくれた。僕の方からお願いしたのになと思いながら、唯菜の元に。
「僕はね、安斉さんの事が好きなんだ。どうだろうと何だろうと、そんなの関係ないよ」
「あっ……うん……ありが……と……」
こうして僕達は、晴れて恋人同士になる事が出来た。本当なら夏の大会の試合終わりにこうなるはずだった……かもしれない。
ただ、唯菜が車椅子生活になっても僕の気持ちは変わらなかった。いや……あの時よりも、もっとずっと唯菜の事が好きに……大好きになった。
だから僕は、あの時に決めていた場所で唯菜に告白をしたんだ。
それから時は過ぎ、今は三月の中旬。市立体育館では車椅子バスケットボールの試合が行われている。そこで唯菜が選手としてデビューを飾ったのだ。
車椅子バスケは個々の程度に応じてバランスよく、五人の選手を出さないといけないというルールがある。ファールの種類は違うみたいだけど、それ以外は通常のバスケとほぼ同じだ。
車体を大きく傾けてダイナミックにシュートをするテクニック。度合いの高い選手が低い選手の機敏な動きを止めたりと、他にもたくさん見応えのあるスポーツなのだ。
そして、故意ではないにしろ激しく接触してしまうことも。
唯菜の場合は中間くらいの度合いだけど、ボールを保持しているのであれば接触は免れない。激しい音を立て、相手選手と衝突して倒れてしまったのだ。
車椅子バスケットボールは転倒した場合、自分で起き上がらなければならない。もし無理であれば、審判が試合を止めて起こすようになっている。
あの日、僕達が恋人になった時の週末。唯菜は正式にあのクラブチームに入ることになった。僕もそう薦めた。
競技用の車椅子の基本動作から始まり、ようやく慣れた頃に試合出場が決まった。もちろん、倒れたら起き上がる練習もしていたみたい。
だけど、あれだけの激しい衝突での転倒まで想定していなかっただろう。かろうじて顔が床に接触しないように手を着いた唯菜。思わず声を張り上げた僕。
何故かファールにならずにインプレー。転がるボールに、唯菜に衝突した選手が手を伸ばしたその時。信じられない光景が目に飛び込んできたのだ。
なんと、両手を着いた唯菜が勢いよく腕を飛ばして起き上がった。そしてすかさずボールを追う相手選手の元へ。
ただ、あまりにも勢いがつきすぎた為に、二人揃ってコートの外に出たしまった。結果、唯菜はブロッキングの違反を取られてしまったのだ。
相手の方が先だろうと憤るも、コートの中では反応が違う。チームの仲間が唯菜に近づき、各々が声をかけていた。
「ナイスファイッ! 唯菜!」
「ドンマァイ! 唯菜!」
「オッケイ、唯菜! 切り替えていこ!」
「唯菜が頑張ってるんだから、点取ってこぉ!」
その声を聞いた時、唯菜は本当にチームの一員になったんだなと実感した。
それから試合は点の取り合いに。目まぐるしい攻防戦をハラハラしながら見ているその時だった。唯菜のお父さんが僕の肩を叩いてきたのだ。
「優也くん、唯菜にバスケットボールを勧めてくれて本当にありがとう」
「あ……いえ。僕はただ、唯菜に体力がつけばと思っただけで」
「それが良かったんだ。唯菜があんなに夢中になって、何かに取り組む事なんて今までなかった。君には本当に感謝してる。我々家族はね」
そして僕は、あの日にあった出来事を知ることになった。
あの夏、僕が唯菜に試合の観戦を頼んだ日。家に戻った唯菜は夕食後、直ぐに部屋にこもったらしい。
何をしているのかと覗きに行けば、唯菜は持っている私服を全て引っ張り出して並べていたと。
聞けば僕の試合に行くための私服を選んでたみたいで。もとよりオシャレなんて興味の無かった唯菜は私服をほとんど持っていなかったらしい。
そこからあれやこれやと悩んでいたらしく、母親や妹までも巻き込んで毎日考えていたとのことだった。
たまにSNSで何色が好きかとか、どんな柄が好きかとかの質問があった。訳もわからずに好みを伝えていたような気がする。
僕の好みの色や柄の服が無かったらしく、金曜日の夜には酷く落ち込んでいたらしい。
そこで長女の一大事に家族総出で立ち上がり、土曜日に唯菜の服を買いに行くことになったと。色んな店を巡り、服や靴や靴下、なんと下着まで新調したみたいで。
そして最後に食事をし、帰りの道であの事故に遭ったとのことだった。
唯菜は事故の当初から意識はあったみたいで。緊急手術を終えて、麻酔から覚めても僕には連絡を取れずにいたらしい。
連絡がついたのは、事故があった日から二日後の火曜日だったし。
その時に買った服とは、退院の時に僕が駐車場の隅で見た、あの服だったらしい。
白いシャツに薄い水色のツーピース。全体的に清楚感の溢れる私服に目を奪われたのを思い出す。覗いていたなんて、とても言えないけど。
退院した後は転校も考えたそうだ。でも僕が唯菜に話しかけに行ったり、週に一度だけ朝に迎えに行ってたから思いとどまったとのこと。
そして、僕が告白した日。家に戻った唯菜は大泣きするほど喜んだらしい。それを聞かされた瞬間は、穴があったら入りたかった。
それから、僕の勧めもあってクラブチームに入りバスケの猛勉強をしたみたいだ。
もちろんそれは、バスケットボールが上手くなりたいのもあったらしい。けど、よくよく聞けば僕とバスケの話がしたいからという理由があったとのことで。
またしても、穴があったら入りたかった。
「事故の後に唯菜に生きる気力をくれたのも、あの子に生きがいを与えてくれたのも、全て君のおかげだ。本当にありがとう」
そう言って頭を下げられた。よく見れば、唯菜のお父さんの後ろでお、お母さんと妹も頭を下げていた。
そこまで改まれると、どうしていいのか困ってしまう。だって僕は、唯菜のことが好きなだけ……大好きなだけなのだから。
初めて会った体育館で、倒れそうな唯菜を支えた時から僕は唯菜の事が好きになった。そしてそれは、月日が経つほどに大きくなっていった。
たとえ車椅子生活になってもそれは変わらなかった。
コートに視線を戻す。そこには車椅子を操り、必死にボールを追いかける唯菜がいた。僕の、自慢の彼女だ。
大会が終わり、僕は唯菜と二人っきりで帰ることに。遊歩道は満開の桜となり、その中をゆっくりと車椅子を押して歩く。
「せっかくのデビュー戦、残念だったね」
「うん……二試合とも、途中で疲れちゃって」
確かに唯菜は、全クオーターの半分くらいで交代していた。まだまだペース配分は出来ていないようだ。だから、これからの課題としてメモをしておいた。
「やっぱりスタミナ不足だね。優也くんはそんな時、どうしてたの?」
「僕? んん……僕の場合は、やっぱり走り込みかな」
そう言った瞬間、ハッとした。足を使うことを何気なく言ってしまって後悔してしまう。だけど、唯菜の方は気にならなかったらしく、僕とは認識も違っていた。
「そっかぁ……やっぱり私も、長距離をやった方がいいのかなぁ?」
「長距離? 何の?」
「車椅子のだよ。たまに市立体育館の横のグランドを解放した時にやってるって、美羽さんが言ってたの」
「へぇ……それは知らなかったなぁ」
どうやら唯菜が車椅子生活になったことを、未だに意識しているのは僕だけのようで。唯菜にしてみれば、もう既に日常になっているようだった。
同時に唯菜の強さも知った気がする。いや、僕が勝手に唯菜は弱いと思い込んでいたのかもしれない。
あの試合でも、倒された唯菜は絶対に起き上がれないと思っていた。でも、唯菜はひとりで起き上がった。しかも、ファールを貰うほど強気で攻めにいった。
これが成長というものなのだろうか?
いや……きっと唯菜は努力家なのだ。
車椅子に乗って初めて登校してきた時も、上手に車椅子を操っていた。こう言ってはなんだけど、手助け無しでトイレも出来ていたらしい。
それはリハビリの賜物なのだろうけど、唯菜の頑張りが一番大きかったはずだ。
後ろから唯菜を眺める。長距離の事をブツブツ言いながらも、真剣に考えているようだ。きっと次の解放日には、美羽先輩とグランドを回っているだろう。
そんな姿を想像し、僕は……
「いいんじゃないかな、長距離。唯菜なら、きっと出来ると思うよ」
「ホント? 私でも、出来ると思う?」
瞳を輝かせながら振り向く唯菜。さすがは僕の自慢の彼女。その笑顔が可愛すぎて見とれてしまう。
後で写メをしとけばと良かったと、後悔するほどに。
付き合うようになってからの唯菜は、よく話すようになった気がする。学校やバスケの仲間はそんなイメージは無いと言うけど。
それは僕にだけ向けられているものならば、これほど嬉しいことはない。
ただ、家族から言わせれば複雑なようで。確かに僕と付き合うようになり、言葉数が増えたとは言っていた。その殆どが僕の話題なのだと。
それに、最近の唯菜は短時間だけど外に出かけるようになったと。それこそ怪我をする前よりも、今の方が多いとか。ひとりで近くのコンビニに行くこともあるらしい。
これから先、唯菜はもっと色んなことがひとりで出来るようになっていくだろう。それは唯菜が独り立ちするのに必要なことなのだ。
だから僕は……
「もちろん。唯菜ならきっと、出来ると思うよ」
「……そうかな……そっか」
納得の表情で前に向き直る唯菜。きっと決意を固めたのだろう。来週は長距離確定の瞬間だ。
こうやって唯菜が成長していけるなら、僕は唯菜の背中を見守ってやりたい。唯菜が羽ばたいていけるなら、僕は喜んで見守るだろう。
――――それが、唯菜の為になるなら僕は……
ただ、その後の唯菜の呟きに、僕は考えを改めることになる。
「優也くんがそう言うなら……やってみようかな」
訂正。
これからも僕は唯菜の背中を押し続ける。この役目は誰にも渡さない。
絶対に、僕だけの特権を誰にも譲るつもりはない。
これかれも、ずっと……ずっと……
こうして僕たちの永遠は始まった。
車椅子をゆっくりと押し、満開の桜が咲く遊歩道をたっぷり時間をかけて、"僕たち"は歩いていくのだった。
「ねぇ、優也くん。一緒に、走ってくれる?」
「もちろんさ。一緒に頑張ろう」
「……ずっと?」
「うん」
「ずっとずっと?」
「もちろん。ずっとずっとだけど、いいかな?」
「えっ? 何か言った?」
「ううん! 何でも……ないよ///」
「そぉ?」
〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜おしまい。
最後まで読んでいただき有難うございます。作者のモチベのために☆やいいねを残して頂くと幸いです。感想などもお待ちしております。
ブクマ頂けたら……最高です。




