コーチ初心者
「はい、それでは今日の配信はここまでにしようと思います」
バトロワゲーの配信を終わろうとしていた時だった。そういえばと思い出し、普段の挨拶に加えて誘導をしておく。
「そういえば今日は練習カスタムの1日目ですね」
先輩たちの出るカジュアル大会の事前練習会。その一日目が今日である。1期生の2人に2期生の片方、そして我ら3期生のララちゃんが参加と、VeGとしての存在感はかなり大きい。
「VeGからも4人参加しますので、是非応援をよろしくおねがいします」
<あたぼうよ>
<姉妹先輩と組むの元プロなんだっけ?>
<筑紫ちゃんは誰応援するの?>
「そうですね。VeG全員と言いたいところですが、さすがに同期を贔屓しちゃいますね」
<それはそう>
<正直、4人の中だと実力的にも応援したい>
<カジュアル大会(現プロ元プロたくさん)>
<つくららてぇてぇ>
「というわけで、この後は多分ララちゃん視点のコメント欄にいると思います。それではまた」
配信停止のボタンを押すなり、すぐに着信音が鳴る。VeGの事務所で使っているSMSツールのものだ。
『筑紫ちゃーーーん!!!!』
「ど、どうしたんですかララちゃん」
『た、たすけて……』
「何がですか。状況を教えて下さい」
『詳しくはこのサーバーに来て』
そういってサーバーへの招待が送られてくる。3人中3人がオンラインと表示されているあたり、嫌な予感がする。
だが、まあ行ってみないことには何もわからない。それに、今回はララちゃんを応援すると決めたわけだ。覚悟を決めて、サーバーへと参加した。
❍✕△❑
「はい!というわけで急遽コーチしてもらいたいわけです!」
サーバーの通話に入っての一言目。私は椅子から転げ落ちそうになった。コーチ?そういえば確かに、こういったカジュアル試合には強豪ストリーマーや現役プロなどの上手い人をチームコーチとして呼ぶことがある。しかし、私はただのVtuberであって、プロでも強豪ストリーマーでもない。
「あー、えっと。まずは初めまして、筑紫みやです」
とりあえずララちゃん以外の2人に挨拶をしておく。片方は元プロで現在は主催チームの所属ストリーマーtoreddoさん。そしてもう片方は、VeGとは別の箱の企業Vtuberである朝蛇ハルさんである。どちらもこのバトロワをメインに配信をしている、中堅ストリーマーだ。
「それで、ララちゃん。一体どういうことですか?」
「それについては俺から」
toreddoさんが話し始める。
「他のチームのようにコーチが欲しかったんすけど、俺の仲良い人は他チームのコーチか出場者しかいなくて、最後の頼みの綱として呼んだんです」
まあ、そんなところだろうとは思っていた。しかし……
「私、別にこのゲーム上手くないですよ?プロでもないし、ランクもそこまで高くないですし」
実力で言えば、競技経験のあるtoreddoさんに私は敵わない。
「そこまでのガッツリコーチングは求めないッス。ただ客観的な第三者の意見を聞けるだけで、うちのチームは伸びそうだなって」
「まあ確かに……ララちゃんもハルさんもポテンシャルありますね」
2人とも、ストリーマーの中では平均やや上くらいの実力を持っている。頭の中に、チーム優勝の姿が思い浮かぶ。
「わかりました。出来るだけ私も頑張ってみます」
「それは良かった!それじゃあ大会運営の方に伝えてくるっス!」
そう言ってtoreddoさんはすぐに通話から抜けていった。おそらくは大会用のサーバーに話を通しに行ったのだろう。
「筑紫ちゃんゴメン!」
「謝るくらいなら先に話してほしかったですよ」
「でもこのくらい強引じゃなきゃ引き受けてくれないかなって……私は交渉とか苦手だし」
「はぁ……、別に巻き込まれるのはいいんですけど、本当に素人ですからね?」
「電撃バッジ余裕で取れる素人はいないと思うの……」
「こういったカスタムマッチという形式に、です」
「そんなに違うものなの?」
「ええ。まあその話は今度にしますか」
こういったカスタムマッチと普通のゲームプレイとでは、天地の差がある。特にこういったバトロワゲームでは顕著だ。マッチの中での動き、ポジションの狭さ、キルの難しさ。どれをとってもカジュアルとは全く違う。
「あっと大会用のサーバーに呼ばれたから先に行っとくね!サーバーの招待も送っといたから私たちのチームに入ってきてね」
そう言って逃げるようにララちゃんも通話を抜けていった。
「……」
「……」
「……」
おかしい。通話を抜けずに待っている人がまだいる。チームメイトのハルさんだ。
「あ、あの……?」
「え、はい」
「ezさん……ですよね?」
私は頭を抱えそうになった。
「だと噂になってますね」
とりあえずは否定も肯定もしないでおく。別に配信中でもなんでもないから気にしなくてもいい気がするが、今のここにいる私は筑紫だ。
「違うんですか?」
「……今の私は筑紫みやであって、それ以外の何者でもないですよ」
「そう……ですか」
感情が読めない。掴みどころのない声色をしているせいで、相手が喜怒哀楽のないロボットじゃないかと不安になる。
「先にあっちのサーバーに行ってます」
「ああ、はい」
ピコンと、通話から切断する音が聞こえる。本当に何だったんだろうか……。