第三話 西条煉は愛を知らない
はい、Twitter上で何故か人気の煉パパです。彼ほど愛情に不器用な父親はそうそういないと思います。
物心付いた時。最初に俺が自覚したのは、俺には兄と姉が居て俺は三番目の子供である事と、あまり親父は俺に興味を持たないということだった。
幼少期の俺の記憶にはいつもお袋が居た。慈愛に満ちた笑みで、大丈夫だと頭を撫でてくれたお袋。兄貴はそんな俺を見て、情けない男だと揶揄って、姉貴はそんな兄貴に呆れていた。そんな日常でも、親父は俺に何も教えてくれなかった。そりゃあそうだ。基本的にそこそこいい屋敷の当主ってのは、長男に全てを継がせ、楽隠居して死ぬのが定石だからな。だが親父にとって唯一誤算だったのは、その長男が、親父の後を継がなかったことだろう。
俺が成人する頃に親父は老衰し、お袋もその数年後、後を追うかのように癌で亡くなった。そんな中で遺書やらなんやらが発見され、
いやどういう事だよ、ふざけんなよ。と後に生まれる弟と妹を含め、兄貴以外の全員が当然の反応になるが、ケロッとした顔で兄貴は言った。
「だって僕、色んな場所に行きたいんだもの。この家に縛られたくない。だから、跡取りには煉が向いてるよ。真面目で仕事熱心な弟なら父さんも納得するだろう?」
―――何言ってんだ、お前。何を、ほざいてやがる?
―――アイツは、親父は、俺に何も教えてくれずに死んだんだぞ。
―――何で、そんな期待した目で俺を見るんだよ。晴樹兄。見ないでくれ。見るな、見るな、見るな…っ!
長男の言うことに、姉貴や弟妹は呆れながらも、煉ならば大丈夫か…と半ば納得してこの話はそれで終わった。終わってしまった。
「…俺に、何しろってんだよ。何を期待されてんだよ…なぁ、親父。アンタは俺に何も教えてくれなかった癖に…」
いつの間にか俺はそんな事を言っていた。だが、兄の目は紛れもなく、“お前なら平気だ”と言わんばかりの期待の眼差し。何も知らない俺に、そんな期待を抱いたところで無駄だとは知らずに。
そこからは、トントン拍子で物事が進んでいく。当主になる為に必要な知識を得て、世話になる人達を覚え、いざと言う時に使うであろうと習わされた護身術を身につける。そして、現当主に相応しい妻を見繕うと言われ、見合いをさせられた。
愛なんてない、ただ肩書きと名誉を与えられるだけの結婚に意味を見いだせるはずも無い。けれどその女は、特に文句を言うことも無く妻になって、子を宿した。ただ一つ、その女はとても身体が弱かったのだ。
満足に外に出れない身体での出産は危険を伴う。下手をすれば死に至るかもしれない状況で、それでも彼女は出産に踏切った。
「おめでとうございます、奥様。元気な女の子ですよ」
出産は約11時間かかったと、看護婦に伝えられた。汗だくになりながら、朦朧とした意識であろう彼女は、自分の娘に微笑んで、眠りについたと言う。
目を覚まし、体調が良くなった頃に病室に顔を出すと、ケロッとした顔で俺を見つめてくる妻と娘がいた。よく似ている。
「私、この子の名前を考えていたんです。氷花なんてどうでしょう?」
愛おしそうに、腕に抱いている娘を見つめる妻。
「…良い名前だと思う。」
「…煉さんがそう言うなら…大丈夫ですね。あぁ、嫌だとか言われたどうしようかと…良かった…」
そう微笑んで、娘…氷花の頬に触れる妻。きっと俺はこの先、親父やお袋のような親になり、氷花の成長を見守るのだろう、と思った。だが、氷花を産んだ俺の妻はその後、容態が急変し、衰弱死したと連絡があった。
そばに居る産まれたばかりの娘を抱えて、妻の死を告げられた俺に、娘を育てられるような知識はない。だから俺が選んだ道は、別の誰かに娘を育ててもらうことだった。
乳母を雇い、俺は仕事に集中することに専念した。それしか俺には出来ないからだ。だがその分、金は出し惜しみせず、必要なものはなんでも揃えた。氷花が成長し、中学生になったある日のこと。ある女に俺は言い寄られ、関係を持ってしまった。
「あたし、お金にしか興味無いから」
その女は俺の金目当てで交際し、結婚し、当主の妻になった。無論俺はそんな気は毛頭なかったし、亡くなった妻のことも全て話したが、それでも彼女はそれを受け入れ後妻になることを強く望んだ。あくまで後妻の彼女は金が欲しいだけだとそう告げて、愛なんて微塵もない関係が続き、その間に生まれたのが咲雪姫だった。だが一つ誤算があったとするならば、後妻が氷花を愛さなかった事だろう。前妻の子を、血の繋がりもない後妻が愛せるわけも無い。愛してくれる訳もなく、後妻は氷花に虐待を始めていた。俺がそれを知ったのは氷花が高校生になってからだった。だが俺が何かするにも…もう時間が経ちすぎていた。
今更『辛かったな、ごめんな』なんて言ったところで、娘の心が変わる訳でもないのに。氷花の目を見て話すこともロクに出来ずに、時間だけが過ぎていった。
咲雪姫もまた、聡いというか…人の感情に鋭い娘に育った。父と姉の不穏な空気に勘づいて、何も言わないのだろう。咲雪姫を産んだ妻に対して、彼女は言い返す事も、姉を救う事もしなかった。と言うよりも出来なかった。
後妻は兎にも角にも、前妻との間に出来た氷花を徹底的に消そうとした。血の繋がりが全くない義娘を育てる義務は私にないと、全ての優先権を咲雪姫に渡した。そのせいで氷花は自立が出来るような人間になったものの、褒められもせず、成長もあまりせずに、ただ寿命を使い続ける日々を過ごしていた。
俺は毎日、懺悔していた。自分の血を分けた二人の娘に、ここまでのことをさせたのは俺だ。嫌われたって文句言える立場じゃない事くらいわかっている。愛情というものを完全に理解しないまま、この世に氷花と咲雪姫を産んだ妻達を責めることも、生まれてきた二人の娘の生誕を喜んでない訳でもない。生命というものに触れた時、少しだけ心が暖かくなったのを覚えている。多分それは…弟と妹が生まれた時に触れたあの日だ。
小さい姿で、懸命に生きる姿を見て、兄と姉…晴樹兄と柚巴姉はそれぞれこう言っていた。
「とても美しいだろう?生命の誕生は」
「私達には、この生命を守る義務があるんだよ。色んな写真を撮って、色んな所に連れて行って、色んな思い出を作るの。そうして一人でも生きていけるように教える事が、私達家族の義務なのよ。」
なぁ、兄さん。姉さん。俺はそんなこと出来なかったよ。俺は家族を守れなかった。SOSに気が付きながら、手を差し伸べられなかった。恨まれても文句は言えない。
ならばせめて、親父から学びたかった。お袋から学ばなかった訳では無いけれど。せめて同性である親父から何かしら“愛情”というものを知りたかった。
それが家族の義務だと言うのなら、守らなきゃならないものならば。
俺は、それすら守ることすら出来なかった愚か者だ。
パッと見た時に、周りからひでぇ父親だなと思われてる人も、実際はこんな感じで愛情を知らないからこそどうすればいいのか分かってないのかなって。