第二話 西条柚巴は撮影に目覚める
今回は、晴樹の妹、柚巴さんの物語です。
皆って幽霊信じてますか?私は信じてません。
昔から、兄と一緒に色んな景色を見るのが好きだった。夕焼け、朝焼け、満天の星空、透き通った湖や海、桜や紅葉で咲き誇った山々…数えていたらキリがないほどに、家族と様々な景色を見るのが好きだった。
その内に、兄は絵を描き始めていた。青空、白い砂浜にマリンブルーの海、花々に人物画。兄は物凄い集中力と画力センスで色々な作品を作り上げた。けれど妹である私には、そんな芸術センスは無かった。動物も人も風景もその他多くの物体も…私には実物らしく見せる技法なんてこれっぽっちも無かったし、描けなかった。だから兄が成人し、名が売れてきた頃に、妹である私も矛先が向いて、色々聞かれたことがあった。そして何よりムカついたのが、記者から飛んだこの質問。
「晴樹さんの妹さんなのに、どうして絵画の道に進まなかったんですか?」
ふざけんなと心から思った。何、なんなの?私は私の生き方、やり方、夢があると言ってくれる人は居ないの?“西条晴樹の妹”は、芸術家じゃないとダメなの?勝手なこと決めないでよ。兄と私は違うのよ。なんでそんな風に言われなくちゃいけないの?
だから私はこう返した。
「兄は兄ですし、私は私なので」
兄の事は嫌いになったとかそんなこと無かったし、好きかと言われたら返答に困るけれど、少なくとも兄と私は違うと思ってもらないと。そう思った。そんな時ふと手に取っていたのは、一眼レフだった。
絵と似て異なる媒体。人でも物でも、風景でも。美しく、絵のように映るもの。これなら、私だと証明出来るに違いない。そう思った。
それから私は色んな写真を撮った。人も、風景も、建物も、動物も、植物も…森羅万象とまではいかない、けれど多くの写真を撮ってきた。
そして色んな写真を撮る中で、ある疑問が出てきた。世の中には“幽霊”と言う、肉眼で見られた人と、そうでない人に分かれる不可思議な存在がある。幽霊以外にも、都市伝説や妙な噂などなど、目に映ると不幸が及ぶもの、あるいはそれに該当するものがあると言うことは、写真に撮れるのではないか、と。
それから私は誘われるかのように、色んな噂、都市伝説を見る、撮る為に足を運んでは写真を撮り続けた。
そしていつしか、私はその噂の真偽、不可思議な存在の幽霊を写真に収め、スクープにする新聞記者になっていた。
もちろん、最初は記者になることに抵抗はあった。人の気にしてることをずけずけ突っ込んで来て、テキトーな事を、書くんだとばかり。
けれど時が経つにつれて…何かを伝えること、情報を得る事の楽しさを理解している自分がいた。色んな角度から被写体を撮る楽しさを、思い出を作る嬉しさを感じていた。
そしてそんな私も、人の親になる時が来た。数年前に、兄が父親になった時の驚きたるや…と思ってたら今度は私の番になった。夫になったのは、私も同じ新聞記者。だが彼の場合は、海外出張がとにかく多い仕事の人だった。けれど彼は、似た境遇にいる私を愛してくれた。愛してくれてた…と私はそう思っていた。長男の翔月をこの腕に抱いた時、赤ん坊というものの愛おしさ、家族になる責任感。母親としての自覚が少しづつ芽生えてきていた。夫もまた家事に積極的な人で、私が辛い時には支えになってくれた、かけがえのない人だった。
翌年には翔月の妹になる、華愛も生まれ、私は2児の母になった。だが華愛が産まれてから、旦那は私に対して、少し冷たく接するようになった。子供が嫌になったとか、仕事が嫌だとかそういうことでは無い。子供を見つめる目は父親そのものだし、彼の撮った、得たスクープの数多くは新聞のトップを飾るほどのものだったし。けれど、世間で言う“倦怠期”とやらに入っていたのだろう。苛立ちが芽生え、よく喧嘩した。子供達の前で何度も喧嘩したせいで、辛い思いをさせてしまった。何度子供達に、
「やめてよ!喧嘩しないで!パパとママが喧嘩してるの見たくない!!いやだよぉ…!!」
と泣かれ、自己嫌悪に落ちたことだろう。そんな子供の泣き叫ぶ声に、ある日突然夫は激昂した。
「一々泣き喚くな!!鬱陶しい!!」
子供に罪はない。あるとするならばそれを聞かせている私と夫だと言うのに、あんまりな言葉だった。
「子供には関係の無い事でしょ!?なんでそんな言い方をするの!?」
「お前の教育方法が悪いからこうやって泣くんだろう!!」
―――嗚呼、そう。貴方はそういう人なのね。貴方も、“私”を否定するのね。
――――――――ん!
その数日後には、離婚届に手を伸ばし、名を書いていた。もう、あの人と居るのは疲れる。けれど子供達は守らなくては。私は、私は……わたし、は……
――――――――さん!
「母さん!」
ハッ、と目を覚ますと、私の肩を揺さぶって、心配そうな顔で見つめる翔月と、華愛がいた。どうやら私は、机に突っ伏したまま眠っていたらしい。しかも、なんて悪夢を見たのだろう。あの地獄のような、夢。
「なに、また父さんと喧嘩した夢でも見てたの?父さんってば、母さんを泣かせるだけ泣かして出てったんでしょ?信じらんない」
「そんな言い方しないの。もしかしたら違うかもしれないじゃないか…けほっ」
華愛は言葉は厳しいけれど、優しい子に育って、自分の夢を見つけた。バンドを組んで、ボーカルをやりたいそうだ。
翔月も、自分の趣味を見つけてそれを楽しんでいるみたい。小説を書いてるみたいで、よく本を読む彼にはうってつけだと思う。けれど、翔月は少し身体が弱い。喘息持ちで咳がよく出る。それでもとても、穏やかな性格に育ってくれた。
「…翔…月、薬は飲んだの?」
「これからだよ。でもどうせなら、食事が終わったら飲むつもりだったんだよ。華愛も食べるだろ?」
「当たり前じゃん。お腹すいた!」
―――なんて、情けない母親なのだろう。子供達は自分の夢を、趣味を、やりたいことを見つけたというのに。
「ねぇ、母さん」
「…なぁに?華愛」
じぃっ、と見つめられると、少し恥ずかしいのだけど…いくら娘が相手でも。
「母さんは悪くないんだよ。母さんはいつも父さんから守ってくれてたじゃん。だから何も悪くないの。悪いのは父さんだよ。アタシも、翔月兄も、母さんが守ってくれたから生きてるんだよ。だから、だからさ」
―――――泣かないでよ。
そう言われて初めて、私の目に涙が溜まっていることに気が付いた。あぁ、あの悪夢を見たから?それとも、こんなに優しい子供達の視線があるから?もう分かんないや。
「けほっ……大丈夫だよ、母さん。僕達は母さんの味方だよ。僕の身体を気遣って薬買う為に仕事してくれてるだけで嬉しいんだよ。華愛だって自分の夢を追い掛けられるんだから」
「そーだよ。アタシがボーカルの練習出来んのも、翔月兄が小説書けんのも、母さんが頑張ってるから出来てるんだよ。アタシいつかさ、バンドで稼げるようになれたら、母さんに恩返しすんのが夢なの」
―――――なんて、優しい子たち。なら尚更。頑張らないと。
私は“西条晴樹の妹”であり、“翔月と華愛の母”。その肩書の前に。
わたしは、“私”。西条柚巴として頑張らないと。
兄姉と比較されるのって辛くないですか?私は一人っ子だったのでその辛さは分かりませんでしたが、友人の多くが妹(兄か姉がいる)で、何かと比較されて辛かったそうです。
あくまでも、その人はその人なんです、という話。