ワタシトイッショニホシニカエッテクレマセンカ
ピンポーンとチャイムが鳴って、僕はドアを開けた。
立っていたのはレンちゃんだった。
レンちゃんは、僕の姉の娘。
今年、中学生になるはずだ。
顔がちいさくて、手足はやたらとひょろ長い。
しばらく会っていなかったが、やはりひょろ長いままだった。
むしろひょろ長さが加速している。
10頭身はあるんじゃないかというひょろ長さになっていた。
ちょっとひょろ長すぎるんじゃないか。
だが、中学生くらいの女の子はこんなものかな。
もしかすると、将来モデルになれる体型の持ち主なのかもしれない。
などということを、僕は考えた。
「おお? いらっしゃい?」
レンちゃんはコクリとうなずいて、ググッとドアを押し開いた。
そしてこう言った。
「こんにちは。地球外生命体のものです」
「地球外生命体?」
「そう」
目の前にいるのはレンちゃんだった。
しかし本人が言っているのであれば、地球外生命体なのだろう。
「地球外生命体の方はちょっと……帰ってもらえますか?」
僕がレンちゃんをドアの外に押し返そうとすると、慌てて、
「地球外生命体だけど、レンちゃんでもあるの! 精神的な地球外生命体だから! 肉体はレンちゃんだから!」
と言う。
複雑な事情がありそうだが、肉体がレンちゃんなのは間違いないようだった。
本人が言っているのだ。
それなら、と招き入れると、レンちゃんは靴を脱いで、そそくさと家の中に入った。
廊下で、ぱっと振り返って、
「これは、侵略行為じゃないからね。友好的に招き入れられただけだからね」
ととってつけたように言った。
そのまま奥へと消えていく。
変わったところがある子なんだよなあ、と思いながら、追いかける。
リビングに入ると、レンちゃんは冷蔵庫からジュースを取り出して、コップに注いで飲み干そうとしているところだった。
「ふう、生き返るね!」
嬉しそうな顔で言う。
「地球外生命体も、やっぱりジュースは好きなの?」
と尋ねると、
「うん。ジュースのおいしさは宇宙共通だからね」
と真剣な顔でうなずいていた。
「で、いきなり来て、どうしたの?」
「うん……」
レンちゃんはうつむいてしまう。
とりあえず、レンちゃんが話しだすのを待つことにした。
「クラスの宇宙人の子が、自分の星に帰ったの」
と話し始めた。
***
レンちゃんのクラスには宇宙人がいたらしい。
小学校の入学式の時には紛れ込んでいて、みんな気づいていたが、学校の方針で、宇宙人としてではなく、ほかの生徒と同じように接することになったそうだ。
「へえ、いい学校だね」
と僕は言った。
レンちゃんはコクリとうなずいた。
宇宙人の子は、やはり地球の人間の常識は持ち合わせておらず、消火器を食べようとしたり、クラスの生徒を食べようとしたりしたそうだ。
担任の先生は根気よく、消火器を食べてはいけない、同級生は食べ物ではない、と教えたらしい。
クラスのみんなも協力した。
口をこじ開けて、食べられた子を引っ張りだしたこともあったそうだ。
「毎回、笹山君が食べられてたの」
「笹山君?」
「うん。笹山君、白くて太ってるから、おいしそうなんだって」
「ふむ」と僕はうなずいた。
そういう子は学年にひとりはいる。
笹山君にとっては災難な話だ。
宇宙人の子は、食べていいものといけないものが分かるようになっていった。
それでも、やはり文化の違いは大きかった。
次第に孤立していったそうだ。
「でね、転校生が来たの」
転校生の名前は鈴木君。
彼は学校の方針には従わず、宇宙人の子を宇宙人扱いしたのだそうだ。
「UFOが上空を飛んでるのを見たら、『おい、お前の迎えが来たぞ!』ってゲラゲラ笑って……」
あんまりな接し方だと、レンちゃんはあきれていたらしい。
だが、そうやって話すうちに、鈴木君は宇宙人の子と打ち解けていったそうだ。
「なんか、宇宙人なのに、無理に宇宙人じゃないってことにするのも違うのかなって……」
「うーん」
レンちゃんの通っているのは、小学校から高校まで一貫の、先進的なカリキュラムの学校だ。
男女関係なく制服を選べるし、海外からの帰国子女も多い。
そこで学んできたレンちゃんには、宇宙人を宇宙人扱いするのは差別につながる良くないことに思えたのだろう。
そうやってみんなが気を使った結果、腫れ物に触る状態になってしまっていたと。
そこへ鈴木君だ。
「難しいね」
コクリとレンちゃんがうなずいた。
それも含めて勉強になったのかもしれない。
「でね、みんな仲良くなって……」
それからは宇宙人の子もクラスと打ち解けていった。
ドッヂボールをぶつけられて、緑色の液体を吐き出したり。
スパゲッティーをどうしても食べられなくて泣いているのをみんなで応援したり。
絵が上手くて、驚いた現代アートの先生が学校にやって来たり。
走るのは遅くて、毎日放課後練習することになったり。
「結局ね、二本足で走るのが難しかったんだって。全部の触手に靴を履かせて走ってもらったら、クルクルクルーって! 無茶苦茶速いんだよ!」
その光景を思い出したのか、レンちゃんが笑顔になる。
「触手? 触手があるの?」
「うん。触手はあるよ。宇宙人だもん」
「ふむ」
そうするうちに、宇宙人の子の態度が変わってきたという。
風景を描くはずの授業でレンちゃんの絵を描いてしまったり。
未知の金属で作られたシャーペンをプレゼントしてきたり。
かと思うと、食べてはいけないとわかっているはずの消火器を食べ始めたり。
「なんか、そうなのかもなあって思ってたんだけど」
そして、宇宙人の子に告白されたそうだ。
「でも、私、よくわからなくて」
自分がどういう気持ちなのか、レンちゃんは真剣に考えた。
好きなのか……違う。
じゃあ嫌いなのか……それも違う。
宇宙人だからそういう対象として見れないのか。
「それも……たぶん違うと思う。……たぶん」
レンちゃんは、触手が十本もあるのが、どうしても生理的に受け付けなかったらしい。
「えっ、触手が十本もあるの?」
「うん。宇宙人だから、触手は十本あるよ」
「ふむ」
レンちゃんはきちんと自分の気持ちを伝えて、断ったそうだ。
それからは、ただのお友達。
みんなと同じように接してきた。
「で、三学期が始まってすぐに、星に帰ることが決まったの」
宇宙人の子は、お父さんの仕事の都合で星に帰ることになったらしい。
みんなでお別れ会を開いたそうだ。
「みんな泣いて、私も泣いちゃった」
レンちゃんが照れくさそうに笑った。
「いい友達だったんだね」
宇宙人相手でも、そうやって友情を育めるというのはとてもいいことのように思える。
よし、と僕はうなずいた。
コップにジュースをなみなみと注いで、レンちゃんに渡してやる。
お別れ会がお開きになって、迎えの宇宙船が来たとき、鈴木君は「おい、お前の迎えが来たぞ!」と言ったのだろうか。
言ったかもしれない。
鈴木君なら言いそうだ。
でも、だからこそ、言えなかったかもしれない。
「でね、最後にもう一度、言われちゃったんだ」
私と一緒に星に帰ってくれませんか? って。
***
レンちゃんはジュースをぐいっと飲んで、空になったコップをしばらく見つめていた。
「一本とか二本なら我慢できたかもしれないけど、でも十本も触手があったら、無理だよ……」
そうして、レンちゃんは断った。
だが、僕のところへやってきた。
自分の判断が正しかったのか、悩んでいるのだ。
「私が宇宙人だったら、答えは違ったのかもなあって……」
「なるほど」
それでレンちゃんは、地球外生命体の気持ちになってみて、そのまま僕の部屋にやってきたというわけだ。
僕だったらどうするのかなあと考えてみる。
だが、そんなのは無意味だ。
これはレンちゃんの問題だ。
レンちゃんが迷って、レンちゃんが自分で答えを出す。
そうでないと意味がない。
僕が出した答えは、僕のものでしかない。
レンちゃんの答えを見つけないといけない。
だから黙って、レンちゃんの隣に座って、窓から空を見上げる。
遠くのほうで銀色の円盤が、何かの合図をするようにキュッと円を描いて、小さくなっていくところだった。