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出づるも  作者: 和鏥
7/33

ダイダイ(3)

 2


 それからまだ十分も立っていない。

 離れにいる男も女も顔を青くしながらいつ来るかわからないソレの襲撃を待っていた。


「ダイダイは人じゃな?」

「はい」

「けんど」


 と、小鳥遊は続ける。

 あれはけっして人の雰囲気ではなかった。

 顔こそ見えなかったが、直感が、体がそう告げていた。身体中の毛が逆立ち、腹の底から冷えてくる。それはアキ子もそうなのだろう。


「ダイダイについて話しとーせ」


 アキ子は震えながら身を縮こませ声を紡いでいく。


「ダイダイ本人から生い立ちを聞いたことがあります。母は春売り、父はその客だそうです。父は見たことがないと言いますが、それでも、父親似というのも本人がそう言っていたのです。

 ダイダイの母は彼女を捨てました。「子だけでも厄介なのに醜いなんてそれ以前の問題だ」と、常日頃から彼女を罵っていたそうです。

 橋の下にいた彼女を拾ったのは父です。ダイダイは生き延びたかったのでしょうね。父に嘘をついて使用人になろうとしたのです。小鳥遊さんは使用人たちとすれ違ったと言っていましたね。その中で背の高く少し横に広い子がいたでしょう?」


 小鳥遊はすれ違った使用人たちの事を再度思い出す。

 アキ子は少しといっていたが、あの中で肥えている女は一人だけだった

 丸太のように太い足、ぼってりと膨れ上がった顔ゆえか、開く目は細く、つねに笑っているように思えた。

 ダイダイ……その渾名をつけたのは、おそらくニキビを潰し為に橙のようになってしまったあの顔面からだろう。


「ダイダイが女と知って父は驚き怒りましたが、それでも彼女を引き続き使用人として働かせました。哀れに思ったのです。ここで捨てたら生涯孤独だろうと……彼女の将来を悲観したのです。ダイダイは嘘をつく癖こそありましたが、よく働いてくれました」


 アキ子はそこまで言うと涙で顔を濡らしながら小鳥遊を見た。こんな状況でなければきっとその顔に惚れ込んでいただろう。


「小鳥遊様。私はたしかに裕福な出ですが、相応に人間の醜さを常に見てきました。私には父しかいません。母は私を産んですぐ死にました。だから財産を狙った女が沢山ここにやって来ては「自分と結婚してくれ」と、父に言います。

 私は泣いて嫌がり、ダイダイと共に反対をし……時には言い寄る女に嫌がらせをしました。けれど、私に近づく男もいました。どの男も見ているのは私ではなく、この土地と資金です。味方になってくれていたのは、ダイダイだけでした。結婚したらきっと殺されてしまう、そう彼女は心配してくれたんです。

 ねぇ、小鳥遊さん。貴方は人を好きになったことがおありでしょう?

 恋ってなんでしょうか。私には分かりません。私の周りの男達は私の財産か顔しかないのです。……だから、最初の夜扉を叩かれた時、それこそ夜這いだと思いました。私、恐くて部屋の隅に隠れたんです。昔じゃないんだから……そんなこと嫌だったんです」


 不意に、また何かが這いずる音が聞こえた。

 叩くための扉を探しているのかそれはぐるぐると離れを回る。


「賢明な行動やった。声をかける、扉を開けるは一番せられんことやき」


 小鳥遊は赤い番傘に手をかける。

 それは未だにずり、ずりと這い回る。


「父に言っても聞き受けられず、ダイダイに頼んで貴方を呼びました。でも、これはきっと何かの誤解です。ダイダイはこんなことをしません……」


 小鳥遊は答えず番傘を刀のように扱い手をかけている。

 かり。と、爪を立てる音が聞こえた。


「そがな事は知らん。わしはおひいさんを守る為におる。扉の向こうにおるのが人やろうが、そうではなかろうがおひぃさんに危害を加えるなら相応のことをせんとならん」


 そう言う小鳥遊の目は鋭い。

 びゅうびゅうと雪は壁を叩く。

 離の扉は整備されていないらしい。カタカタとゆれ、扉が開き始める。

 芋虫のような指がその間に挟まって扉を開ける。

 そこに立っていたのは能面のような顔をしたダイダイであった。

 目は黒く濁り、けれどにんまりと目を細めて口角は上がりニタリニタリと笑っている。

 その女の包丁が握られている。


 すぅはぁ。


 と、口呼吸独特の音を鳴らしながら、それは一歩また一歩と足を動かし部屋に入ろうとする。


「入ったら斬る」


 小鳥遊は唸るように言う。

 すっと番傘の柄を抜くと、そこからは日本刀が顔を出した。

 ダイダイはボソボソと口を動かさず呟く。


 「    」


 口は大きく動かないが、それでも興奮しているのだろう。唾が飛ぶ。


「憎い……憎い憎い憎い」


 文字通り、凍り付いた笑顔でダイダイは呪詛を吐く。


「どいて憎いかは知らん。やけんど、おひいさんに近づかんでくれんか?え?」


 小鳥遊はそう言いながら、お守りがぶら下がる刀を女に向ける。

 ダイダイが包丁を突き出して走り出した。奇声を上げ、髪を振り乱し、それこそ鬼のような様だった。

 それでも小鳥遊は驚きも怒りもせずその腕を容易に避けると、ダイダイの長い黒髪をバッサリと切り落とした。

 ダイダイは自身が斬られたと勘違いしたのだろう。

 怒りとも悲しみとも取れる奇声を上げて裸足のまま部屋から出ていった。


「追うてはならん!」


 走り出そうとしたアキ子にぴしゃりと言いつけた、小鳥遊はすぐさま扉をしめ、札を貼った。


「ダイダイは……。ダイダイは取り憑かれたのでしょうか?」


 恐怖のあまり泣き出した女は嗚咽の中で言葉を絞り出す。


「詳しゅう見んとわからん。日が昇ったら行くき、気をしゃんと持ちゆうがよ」


 そう言う小鳥遊ではあったが、しかしその瞬間、彼は怖さのあまり情けなくヘナヘナとその場に座り込んだ。

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