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出づるも  作者: 和鏥
6/33

ダイダイ(2)

 1


 キミとは比べ物にならない良いところのお嬢さんなのだからね。きっと謝礼も良いだろう。


 雪の吹きすさぶ夜。

 小さな離れで小鳥遊は、女……宮野アキ子と向き合い座っていた。

 アキ子は齢十八を越える。それがどうしてこんな無愛想な男と夜を共にしなければならないのか。

 そりには理由があった。

 薄い壁を叩きつけるよう雪が舞う。

 ただの風の音がする度に、雪がぶつかるだけの音に、部屋の隅で座っている女がいちいち体を震わすのを小鳥遊は煩わしく思っていた。

 あと少しで日付が変わる。

 アキ子もその父親も詳細は何も語らずただ「アキ子を守れ」とだけ言った。


「なぁ、わしは何からおひいさんを守ればえいがよ。手紙には何も書いちょらざった。『詳しくはここでは話せない。来て説明を受けろ』それだけで来るがはわしくらいぜよ」


 小鳥遊が尋ねるとアキ子はびくりと身体を震わせた。伏せた長い睫毛の間から怯えきった瞳が見える。

 その女は美しかった。

 最初こそ小鳥遊は男女のもつれだとばかり思っていたが、雰囲気を見るにまた違うらしい。


「何から話をしましょうか」


 女はそう言ったが、ふざけている様子ではなかった。彼女もまた、この状況に弱りきり、そして小鳥遊と同じように混乱しているようだった。


「ある晩から私の部屋に何者かが来るのです。扉を叩くだけで入ろうとはしません」

「叩くだけやったら洋室ではのうて和室に入ったらええ。障子は叩けん」

「障子に影が映ったらどうするのです?」


 アキ子は泣きそうな声で言う。


「人かそれ以外かは分かるろう?」


 そう言い捨てた小鳥遊だが、彼も大の怖がりなため、その言葉に重みはない。


「家の人じゃないがか? 何人も使用人がおったき。わしはすれ違ってしかおらんが」


 小鳥遊はそう言いながらこの敷地に入ったことを思い出していた。

 ついたのは夕方だった。

 それゆえか挨拶も碌にできず、詳しく知らないままこの女と離れで寝ずの番をすることとなった。

 ただ、複数の使用人とすれ違った気がする。


「違います」


 アキ子は即答する。


「私の世話をしてくれるのはダイダイです。彼女以外は余程のことがない限り呼びませんし、部屋には通しません」

「ダイダイ? それが名前やか?」

「渾名です。彼女からそう呼べと言われていて……」

「ここに連れて来とーせ」

「ダイダイは……男の人が苦手と言っていて……」


 アキ子は怯えた調子で小鳥遊を見る。それも仕方がないと小鳥遊自身も思う。

 副業の時の小鳥遊は、日頃の反動かいささか横柄であった。赤い着物に赤い番傘、メガネを外し視力が下がる故に相手を睨むように見やる。敬語も崩し、お国の言葉を使う。

 それがこの副業”幽霊・物怪退治”での彼の姿であった。


「どういたもんか」


 小鳥遊がボリボリと頭を掻いていると、不意に音が止んだ。

 ずり、ずりと何かが聞こえる。

 離れの周りを何かが這いずっている。


「いなーい いなーい」


 小さい声が聞こえる。

 女は顔を真っ青にし、小鳥遊は番傘を強く握りしめる。

 その声にアキ子は息を呑んだ。

 ダイダイ……。

 声にはならなかった。ただ、真っ青な唇がそう動いた。

 声が遠くに……おそらく母屋に向かったのだろう。再び、沈黙が流れた。

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