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ぼろアパートの宝物

作者: 凡 徹也

子供の頃、我が家は貧乏だった。それでも親父のワガママで唯一高級品が有ったんだ。それは…

 ノスタルジックな世界へ束の間のスリップを。

 僕の親父は貧乏なのに高級品が好きで、その親父の1番の自慢の宝物が「ステレオ」だった。

 そいつの図体はデカく、ただでさえ狭いおんぼろアパートの部屋を占拠していた。天板にはレースが敷かれ、常に別珍の布で磨かれてピカピカ、鍵の付いた観音扉を開けるとターンテーブルがあり、両側には一対のスピーカーが付いていて、前面には犬が首を傾けたロゴマークがあった。

 それに僕が触るなどもっての他で、手垢を付けようものなら親父が飛んできて怒鳴られたものだった。

 親父は毎日そのステレオでお気に入りのレコードをかけた。その様は神聖な儀式の如く、まず一礼をして白い手袋を装着し、ラックからレコードを引き出しすと、その縁を優しく持ってターンテーブルにセットし電源を入れる。音が鳴り出すと一人で悦に入り、正座して聴き入るのだ。当時親父がかけた曲は、ジャズかベンチャーズであり、幼少の僕は訳も解らない英語や「デケデケデン」の音楽を、毎日聴かされて育ったのである。

 そんな僕が小学四年の時、雑誌の付録でアニメソングのソノシートを手に入れた。僕は何とかその曲を聴こうと禁断の掟を破り、親父のステレオを使う事を決断したのである。

 親父の留守にタンスによじ登り、いつも隠してある引出しから鍵を取り出しソノシートをセット。胸が高鳴る中、聴こえて来たのはまるでお化けの声である。回転数が違うと気付き、それを切り替えると今度は軽快な主題歌が聴こえてきた。僕はステレオの前に膝を抱えて座り、曲の歌詞に合わせて一緒に歌った。毎日何回も繰り返し聴いては歌った。僕の持ってるレコードは、その一枚だけだったので、いつしかソノシートはボロボロになっていった。

 ある日、僕は親父に呼ばれ叩かれた。その日に限って回転数を元に戻す事を忘れていてバレたのだ。僕は泣きながら、初めて親父に口答えした。その後、蒲団に潜って泣いていた僕のところに親父はやって来て、「丁寧に扱うんだぞ」と言いながら頭を撫で、鍵を渡してくれた。その日からステレオは、僕の宝物にもなったのだった。

 …月日が流れ、その後ステレオはいつしか無くなってしまったが、それでも、子供の頃聴いた懐かしい曲がブルートゥースのスピーカーから流れると、つい瞳を閉じてしまう。そこには膝を抱えて座る僕と親父が居て、目の前にはあの大きなステレオがある。そんな気がするのである。

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