ハロウィン後編
八重は極度の面倒くさがりで、それは結婚して子供を産んでからも変わらない。
「うわぁ、すごい。いいホテル!いいオプション!いいお酒!さすが!」
仮装した子供を抱えてキャッキャしている八重がいつになくテンションが高い。
イベントごとはいつも「ふうん」くらいで興味もなさそうだった彼女がこんなにはしゃいでいるのを初めて見たかもしれない。結婚式でもこんなじゃなかった。
そうか、今日のは準備とかも何もしないで楽しむだけだからだ。
なるほど、面倒くさがりの八重を楽しませるには全部お膳立てしておかなければいけないらしい。
新しい気づきだと一人納得していると、すぐそばに子供たちと楽し気にスイーツを選んでいる七緒の姿を
見つけた。
あちらも気づいて、柔らかい笑顔を浮かべる。
「こんばんわ。楽しんでますか?」
「あ、はい。今回はありがとうございました」
「こちらこそ」
二人で頭を下げ合っていると、八重が不思議そうにこっちを見てくる。見ればあちら方の隣にも背の低い女の子がいて、優しく見下ろしているのを見て奥さんだなと見当がついた。
「今回一緒に企画を担当した壬生七緒さんです。すごいんですよ、彼。僕が思いつかないような楽しいことを考えるんです。びっくりしました」
「そんなことないですよ。秦野さんの企画も斬新で面白かったです。僕も勉強になりました」
褒め合いのようになってしまったけれど、八重も七緒の妻―――穂香も紹介出来てよかった。
話の途中で七緒の子供が駄々をこね始め、仕方がないという顔をしてふたりに引っ張られていく姿を見ていると、穂香が笑みをこぼした。
「七緒くんいつもイベントごとは寝込んで子供と出かけられないので、今日ははしゃいじゃって」
会釈をして追いかけていくその背中を見て、いつも子供と遊ぼうと約束しているたびに寝込むから今回は絶対に休めないと悲し気に笑っていたのを思い出す。よかったと胸をなでおろした。
「すっごい美人だったね。女の人だと思っちゃった」
八重が目を丸くして見上げてくる。そうですねと笑って子供を受け取った。
「八重さん、楽しいですか?」
「んー?楽しいよ。さすが知己って感じ」
褒められて、嬉しくなる。抑えられずに口元がにやけてしまっていると、それに、と続けた。
「よかったね、いい仕事相手に出会えて」
確かに他の仕事と並行でも速球でと言われた仕事だったからものすごく大変だったけれど、彼とのコラボは楽しかった。久しぶりに説明しなくても考えが分かる相手だったし、発想も驚きの連続だった。
そんなの言わず家でも仕事しているだけだったのに。
「……どうしてわかるんですか?」
いつも知己を分かり切っているみたいな八重に不思議に思って聞けば。
「だって奥さんだもん」
何でもないように返しながら楽しそうに写真を撮ってくる八重に、やっぱり叶わないなと思った。
* * * * *
七緒は子供と約束する日に限って、寝込んで子供に泣かれる。今回は絶対!と毎回のように意気込んで当日を迎えると体調が悪い。
けれど、その日は珍しく何の不調もなく起きられて、びっくりしたくらいだった。
「僕、今日ものすごい調子いい」
朝起きて伝えたところ、穂香がびっくりしていた。子供たちは満面の笑みではしゃいでいた。
あまりない絶好調に会場について準備をしているときも、子供たちと会場に入ってからもニコニコしている子供たちを見られるのは嬉しい。
珍しく頑張っただけあって予想以上のクオリティに出来上がったイベントは、会場で顔を合わせた秋流と妃希にそろって激励をもらうほどいい出来だった。
ふたりそろって来年の話をしていたのでもっと大々的にイベント化するんだろうが、会社の役に立ちそうでよかった。
「パパ、ママ!見てみて!」
「カボチャの中にお菓子入ってるの!」
会場の入り口でもらったカボチャ型の小さなカゴにたくさんのアメとチョコレートが入っていることに、子供たちが大興奮だ。
更に子供たちはお菓子のカゴを持っている大人に「trick or treat!」と言うとお菓子をもらえるということで、楽しそうにカゴを持った人たちに話しかけていた。
「七緒くん、大丈夫?」
いつも人の多い場所に来ると気分が悪くなっている七緒を心配して穂香が聞いてくるが、大丈夫と答えて、子供たちに声をかけてスイーツを見に行く。
すぐに追いかけてきた子供たちに両手にまとわりつかれながら選んでいると、企画で一緒になったデザイナーの秦野と会った。
今回弾丸の強行だったスケジュールが彼のおかげでだいぶ短縮されたし、七緒の代わりに色々動いてくれた彼の手腕については穂香に話していたから、お互い褒め合う不思議な会話になってしまったけれど、彼も家族のためにいい企画にしたいと言っていたので楽しんでいるようで安心した。
秦野と別れてスイーツを頬張っている子供たちを微笑ましく見ていると、穂香がそっと温かいお茶を差し出してきた。
「楽しいね、七緒くん。ありがとう」
珍しく子供との約束を守っている七緒だけれど、きっといつも泣いて駄々をこねる子供たちをなだめているのは穂香なのに。やりたいと思いながら体がついてこなくて悔しい思いをしている七緒を知っているのも、穂香だ。
「僕も、いつもありがとう」
常に考えている感謝を伝えると、穂香が柔らかく微笑む。いつも笑っているけれどそういうのとは違う。自分を分かってくれている人が常に一緒にいることが嬉しくて、なんだか泣きたくなった。
* * * * *
霧神が率いる雨切グループと須王グループは、世間的には対象のように扱われている。長く続く日本古来の雨切と、外国色の強い須王では明らかに性格が正反対だからだ。
だからほとんど敵対する間柄として世間は認識し、派閥すらできているほどの仲の悪さを披露している。しかしそれは傍系の端が勝手にやっていることで、本家の重要メンバーには与り知らぬところだった。
それでも性格が真反対というのは事実で、霧神響生は須王秋流が苦手だった。
会場に来てからソファに踏ん反り返り、不機嫌を隠そうともしない響生を周りは遠目に見ているだけだった。一部女子はその顔立ちに色めき立ち、遠くから頬を染めて見ているが、幾分オーラがオーラで近づく強者は一人もいなかった。
「おやおや、まるでさっきまで人を殺していたような顔だね」
喧嘩を売っているとしか思えないセリフと共に響生に声をかけたのは、まさにこのパーティを企画した本人の、須王秋流だった。
その姿を認識して舌打ちした響生は、何も返さずにワインを煽る。あからさまな不機嫌にも秋流は気にせず響生の目の前に座った。
「子供も多いんだから、和やかにしようとは思わないのか?」
「テメーの下らねぇ趣味に付き合ってやってんのに、なんでんなことしねぇといけねぇんだ」
苛立っていることが明白なことに貧乏ゆすりの止まらない響生に、秋流は笑みを浮かべる。
「いいじゃないか、こういう行事じゃないと会って話すことも出来ないんだから」
「出来なくて結構」
「そうかい?奥さんは楽しそうだよ」
秋流の視線の先には子供たちにお菓子をねだられて配っている妻の真夜がいる。ノリノリで仮装をしに行っただけあって、結構なクオリティの魔女になっていた。
それなのにどうやら子供達には人気のようだ。ニコニコ楽し気なその顔を見て、響生から舌打ちが出る。
「彼女は保育園の先生とか合いそうだね」
含むような笑みを隣に流しながら秋流は楽し気にシャンパングラスを傾げる。ぎろりと睨まれるけれど飄々と流した。
「あまり抑圧させると爆発するよ。……あぁ、抑圧させすぎていつも喧嘩していたっけね」
「……」
「そう殺意をふりまかないでくれ。知り合いの夫婦がケンカばかりしていたら心配するに決まっているだろう?」
「……」
あからさまな嘘をつくなと響生の顔が殺気を帯びても気にしない。もちろんこの夫婦の喧嘩は挨拶みたいなものなのを知っているし、この夫婦の不器用さもよく分かっている。
今回のこの企画も気を利かせた風のお節介いたずらで、響生が嫌がることを理解してやっているところが本当に腹黒い。
「響生の嫌がることをするのは楽しいよね」
悪びれもなく笑顔で言い切った男に、本気でこれ以降の付き合いを絶ちたい。しかし響生が真夜の友好関係を制限するせいでやたらと反抗的になり、この男の嫁とは子供が仲がいいこともあって中々縁が切れそうもない。
盛大にため息を吐いてワインを次ごうとして、ぴたりとその手が止まる。
気づいた秋流が見れば、とんでもなく怖い顔をして前を睨みつけている響生がいて、その視線の先に男性に声をかけられている彼の妻がいた。
もう、視線だけで殺せる。
その本気さはさすがの秋流でも寒気を感じた。
響生が立ち上がる。怒気をあらわに立ち去っていくその背中を、秋流はため息交じりに見送った。
* * * * *
真夜はとても満足していた。
いつもパーティに連れてこられたところで役に立たない壁の花と化して、ヒソヒソ文句を言われているのを引きつった笑顔を貼り付けて聞くだけの楽しみもない時間を過ごしているのだ。自分のことを知らない人しかいない、しかもコスプレと化粧をして誰だか分からない場所で自由に過ごせる時間なんて、本当に至福の時間だった。
派手なメイクをして、普段では着ないような服を着る。久しぶりにイベントを満喫している気がする。
家では生意気な子供たちも友達と一緒にいるからなのかコスプレをして年相応にはしゃいで遊んでいるその姿にもうなんだか、親としての感動が一気に襲ってきた。
「真夜さん、子供たち可愛いですね!」
隣にいる桃は、赤ずきんのコスプレらしい。庇護欲を掻き立てられる本格的なコスプレは、須王社長の姉がプロだとしか聞いていないけれど、本気ですごい。かくいう真夜も着せられた魔女コスプレは自他ともに認めるクオリティだった。
思わずビフォーアフターを見て「私じゃない」と言ったら、桃も大絶賛してくれた。しかもなぜか会場に来た子供たちにねだられたらお菓子を配る係を押し付けられたけれど、たまにその子供についてくる父親に褒められ口説き文句のようなことを言われ、今までにないその状態に調子に乗っていた。
「私、今日ものすごいモテている気がする……」
え?本当は響生に言われるほど不細工じゃないのかも、と思っていると。
ほんわかとかわいらしい笑みを浮かべていた隣の桃の顔が凍り付く。ただならぬ突然の変わりようと、背中を駆け上がる悪寒に振り向くと、そこにはついさっきまで人でも殺していたんじゃないかと錯覚するほどの物騒なオーラを放つ男がいた。
ひうっっと変な声が出る。蛇に睨まれたカエル状態で固まっていると、真夜のお菓子のカゴを取られ、桃にそれが押しつけられた。
「ぎゃっ!」
強い力で腕を引っ張られていく。必死に助けを求めるような視線を送ったが、桃も含め周りは唖然としていて動く様子がなかった。連れてこられたソファに投げつけられるように座る。自分の旦那を睨みつけるものの、気にした様子もなくスタッフにお酒を持ってくるように言っていた。
「動くな。ここにいろ」
真夜が立ち上がろうとしたのを察知して腕を掴む。
「子供たちにお菓子配らないといけないんだけど!」
「んなのお前じゃなくてもできる」
「……」
そういう意味じゃないし、久しぶりに外に出て可愛い子供たちに囲まれて幸せな気分でお菓子を配れていたのに。むうっと頬を膨らませていると、スタッフが目の前に食事と飲みのを用意し始める。当たり前のように渡されたワイングラスを持たされジト目で見たけれど無視されて、やけくそでワインを一気飲みした。
「せっかく可愛い子供たちが見れて楽しかったのに」
目の前に用意されたステーキにフォークを突き刺す。呆れたような視線を向けられたけれど気にしないで食べていると、「ママ!」と永苑たちが駆け寄ってきて途端に騒がしくなる。
子供らしく膝に抱っこをねだってご飯を食べさせてと甘えてくるその様子が可愛くてニコニコしている真夜の隣、こういう人がいるところじゃなければ、たまには連れ出してやってもいいとほんの少しだけ思った響生だった。
* * * * *
少し前。
必死の形相で逃げ出そうと助けを求める真夜をぽかんとして見つめて見送った桃は、いつの間にか近くに来て、隣に立った秋流を見上げた。
「嫉妬深い男って本当に大変だね」
「……アキくん、逆効果なんじゃ……?」
「うーん」
さすがに響生に振り回されすぎて可哀相な真夜を子供たちと遊ばせて、響生の嫌そうな顔を見れればいいかなとは思っていたが、思った以上に忍耐力がなかった。
というよりあの仮装とメイクもあって、謎のモテ度が上がってしまったことが予想外だった。確かに家から出したがらない理由が分かる。要はものすごいホレているくせに本人には言えない不器用な男は、救いようがない。
「あれ、ママとパパは?」と近づいてきた永苑たちに、アレに似たらそりゃ大変だよなと思いながら自分の子供たちを呼んでキッズゾーンに向かわせる。
微笑まし気に子供たちを見て桃の腰を抱き寄せて髪にキスすると、ポッと恥ずかしそうに頬を染める。かわいいなと思いながら、子供たちが見えるソファ席に移動した。
するとまるで見計らっていたかのように妃希が近づいてきた。
「Happy Halloween!はー、疲れた!お酒飲みたーい!」
2人の向かいに腰かけてソファにふんぞり返るその姿は、いったいどうしたかったのか。派手な化粧に花魁姿で肩も足も、何なら胸もきわどく出ていて、びっくりしていた桃がくすりと笑みをこぼす。子供が多いのに節度が持てないのかと秋流が呆れている前で、そそくさとスタッフが近づいてきて飲み元の食事を用意し始めた。
「いやー、でもさっすが七緒だよねぇ。このホテルよく押さえてくれたわ」
妃希が上半身を起こして、用意されたお酒のグラスを取る。2人がグラスを持つのを待って乾杯すると、ぐいっと中身を煽った。
「そうだね。それに企画の彼も、随分頑張ってくれたから、来年からはいい売り上げになりそうだ」
「来年はもっと派手にやりたいわね。コスプレの服に力入れよー。桃ちゃんのも結構よかったでしょ?」
妃希は桃の服を見てにやりと目を細める。よく分かっているなと肩をすくめて返事をした。
「童話シリーズは人気高いよね~。あとプリンセスね。来年もコスプレしたいー」
あれもこれもいいかなぁとぼやいている妃希をスタッフが呼びに来る。グラスを置いて歩いていく姿を見送って二人で顔を合わせて噴き出した。
「相変わらず嵐のようだ」
「妃希さんって感じがします」
けれど生き生きしている妃希さんはかっこいいですという桃を、ジッと見つめる。視線に気づいた桃が不思議そうに見てきた。
「俺は?」
「え?」
「桃にも楽しんでもらえるようにイベント考えたんだけどな」
そう、響生の嫌がる顔を見るのはついでで、いつもと違うことで妻と子供を喜ばせたいという計画だった。もちろん楽しんでいたのは見ていれば分かるけれど、言葉で口にしてほしいのが男心。
きょとんとしていた桃は意味が分かったのか頬を赤らめ、大きな目をきょろきょろとさまよわせていたけれど、そっと手を握ると決意したように手を握り返してきた。
「すごく楽しいよ、アキくん。ありがとう」
本当に嬉しそうにほほ笑む桃に、秋流も笑い返す。そっと頬にキスをしたとき、子供たちが戻ってきた。
「あ、パパがママにキスしてる!私もして!」
「ママ、ボクはだっこして!」
まるで襲い掛かられるように子供たちが飛び掛かってくる。ふたりで受け止めて、また顔を合わせて笑った。
Happy Halloween!!
公開すると言っていて遅れてすみません。ずっとコラボでやりたいと考えていたのですが、中々難しかったです。小説のキャラクターたちが楽しく過ごしてくれていたら嬉しいなと思いながら書きました。楽しんでいただけると嬉しいです。Happy Halloween!