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ハロウィン短編集  作者: 佐伯エル
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ハロウィン前編


それは、ある男の一言から始まった。


「子供たちとのハロウィンを盛大にやろうじゃないか」


端正な顔をキレイな笑みに変えて、会社単体どころではなくグループ全体を巻き込むとんでもない企画を投入してきた。







「子供も大人も楽しめる本格ハロウィンイベント?えぇ、僕が企画するの?」



ものすごい嫌そうな顔をした着物姿の青年が困り眉ならコレ!という完璧な困り顔をした。


ほっそりとした首筋から続く、衣服の上からでも分かる華奢な肩から滑り落ちた羽織を、そっと壮年の女性がかけなおす。


動揺してきょろきょろしながらお礼を言った彼は、目の前に座ってお茶をすすっている同年代の男を見た。



「僕が得意なのは建物のコンセプト作りだよ。イベントの企画なんて無理だよ」


「今回は壬生のホテルを使うから、お前は不可欠だ。大丈夫だよ、七緒なら出来る」


「どこからその根拠が出てくるんだい?しかもなんでホテルでやるんだ」



困った顔に呆れを滲ませて首を振た着物姿の青年―――壬生七緒は、しかし目の前の男が言い出したら聞かないことを知っている。巻き込まれたことを諦めて話を聞いていくと、まぁさすが須王の社長。いや僕要らないよ、と言いたくなるほどの企画がもう練られていた。



「……僕コレ、何かやる必要ある?」


「あるだろう?細かいところがまだ出来ていない。ここから先を考えるのが七緒の仕事だ」


「壬生のホテル使うなら僕じゃなくて会社の方に持ってった方がいいと思うけどなぁ」


「何を言う。うちの子供たちが楽しみにしている企画だ。信頼のおける七緒にじゃないと預けられない」



言われていることはとても嬉しい言葉なのに、この迫力のある笑顔で言われると嬉しくない。この男がどれだけ無茶ぶりしてくる恐ろしい男なのか、知っているから。


しかし断ることはできない。この男が口に出した瞬間にやることは決定していて、断るなんて選択肢はこちらに与えられていないのだ。


それに、なんだかんだこちらがやりたいと思わせるような企画を持ってくるところまた、憎い。



「……僕、イベントのコンセプトとかできないからね」


最後の抵抗とばかりに言えば、言葉を了承と取った男―――須王秋流が頷いた。



「そこは考えているよ。いいデザイナーがいるんだ」



一緒に組むよう言っておこう、と言われ、そのすでに巻き込まれている名も知らない人に同情するのだった。




* * * * *




それはお昼、取引先の打ち合わせを終えて帰社して自分のデスクに向かっていた時。


「あ、秦野!ちょっと来てくれ」


荷物も置いていない状態で声をかけられて、また新規の仕事だろうと秦野知己は息をついた。


最近名指しで来る仕事が多くて捌き切れていない。これ以上仕事を請け負うとプライベートな時間が無くなりそうなので拒否しようと思いながら荷物を置いて部長の席に行くと、怖い顔でミーティング室に連れていかれる。


これはなにか問題があっただろうかと恐々ついていった先で、ヤバイ案件を押し付けられることなどこの時には微塵も思っていなかった。








「……え?ホテルのハロウィンイベント?」


その日家に帰った時の知己の顔は死にそうだったらしい。とんでもないことが起きたんじゃないかとぎょっとした妻が、早々に子供を寝かしつけてお酒も出さずに真剣な話し合いのムードになったくらい。


いや、知己的にはものすごい事件だ。やりたくないし、今からでも担当替えしてほしい。けれどそれが出来ないのは話を持ってきた先が先だから。


しかし仕事の話だと分かった瞬間、「なーんだ、そんなことか」と言わんばかりにつまらない顔をされた。



「今までになく青白い顔してたから会社倒産したとかじゃないかと思ってびっくりしちゃった」


さて寝よ~、と立ち上がった妻の手をとっさに掴む。


「なんだ、じゃないです!失敗したら本当に倒産ですよ!」


「今時そんな取引ないでしょ~」



何言ってるの?という顔をしていた妻だが、知己が真剣な話をしていると気づけばちゃんと話を聞いてくれた。しかし、子供向けのハロウィンイベントの企画だと聞いて目が輝いた。



「いいじゃない!子供飾り付けたい親は多いんだし、その人も子供たちの自慢したいだけよ。私もそういうのやりたいもん」


「……やりたい、ですか?」


「やりたいわよ。子供なんて一瞬で成長するんだし、今の可愛いうちにいっぱい可愛いカッコさせとかないと」



そっかー、そうだよね、私も着飾って写真撮りたいなー。カメラどこかにあったかなー。と、めんどくさいこと大嫌いな八重が珍しくやる気になってカメラを探しに行く。その姿を見ていると、先ほどまで胃痛を感じるほどにイヤだった仕事もやる気になってくる現金さ。


なるほど。確かに妻と子供が喜ぶならやりたい。


そう思い始めるとイメージが浮かび上がってきて、慌ててパソコンを開いた。



* * * * *




さて、なぜそんな話が浮かび上がったかというと、それは少し前に遡る。


9月の中旬、まだ残暑の激しいその日に子供の通う幼稚舎のイベントがあり、そこで少なからず子供たちの仲がいい母親同士の、霧神真夜と須王桃は顔を合わせた。


そしてイベントが終わってから近くのカフェでお茶をしながら、最近の話を報告し合ったりして話に花を咲かせていた。



「須王のお家は楽しそうでいいなぁ」



イベントごとに家族や親しい友人も招いてパーティを開く須王家は、最近は8月に集まってBBQをやったのだそう。10月にも人を集めて、仮装してやるハロウィンイベントを企画していると。それだけ家族仲がいいのと、友達たちの絆が深いと聞いて、イベント事がご無沙汰な真夜は心底うらやましがった。



「いいなぁ、うち絶対にそういうのやろうって言ったら馬鹿にされるよ」


「そんなことないですよ。うちは子供たちが張り切ってますから、永苑くんと莉真ちゃんもやろうって言ったら楽しんでくれますよ」


「どうかなぁ……」



最近父親によく似てきた子供たちを思い出す。幼稚舎に入るまでは純粋にイベントごとを楽しんでいたけれど、そのたびにイヤそうな顔をして嫌味を飛ばしてくる父親を見ていたからなのか、今年のバレンタインに子供たちのためにチョコレートを作っていた私に永苑が「ママ、ヒマなの?」と聞いた言葉に雷が落ちた感覚だった。


あんなに可愛くて、今もこんなに可愛い永苑がこんな憎たらしいことを言ってくる。着実に父親に似てきている子供を見て、真夜は涙が抑えられなかった。



「本当に可愛い時期って今だけなんだよなぁ……」


「真夜さん……」


「あんなに友達とワチャワチャして可愛いなぁって思えるのも今だけなんだよなぁ」



だってもう父親にそっくりになる片りんが見えている。なってほしくないけど人を見下(くだ)すような性格を受け継いだら、そんなところ見ることもできない。


遠い目をしながらため息を吐くと、悲しそうな顔をした桃が、目に涙をためながら手を握ってきた。



「そうですよね、今は今しかないんですもの!いっぱい思い出作りましょう!もしよければパーティ来てくださっても!」


「うーん、嬉しいけどぐちぐち言われそう」



何をしても嫌そうな顔をする旦那を思い出してげんなりしていた時。




「なるほど、じゃあ響生が文句言えないようにしてしまおう」




いきなり現れた桃の旦那、須王秋流が話に入ってきた。あまりの唐突さにびっくりして飛び上がりそうになった真夜と、きょとんとしている桃にウィンクをしたその顔は、色々企む腹黒い笑顔だった。





* * * * *





そんな突発的な形でイベント企画に巻き込まれたのは、須王グループ系列の、特に社長に目をかけられている(つけられているともいえる)メンバーだった。


ほとんど外に出てこない壬生の隠れ頭脳(ブレーン)と、秦野の企画の鬼才と呼ばれる二人が筆頭に、衣服をやっている姉の妃希、その他諸々会社の営業部や企画部も巻き込まれ、結構な規模のとんでもない人数が一か月フル稼働どころか+αくらいの勢いで臨む羽目になったプロジェクトだった。


イベントは一泊二日でハロウィンイベントに参加できるという、一見どこにでもありそうなものだった。

けれど企画が普通と違う。何せ対象者は子供の為なら金銭を惜しまない親、更に言えば富裕層向けの企画。ホテル全体がイベント仕様で装飾されるところからして大規模だ。


壬生のホテルの一つを客室以外すべてイベント装飾され、スタッフもみんな仮装。一泊のオプションにはメイクから衣装の貸し出し、写真撮影、パーティ交流会がつく。10月中旬から始まったこの企画は、最終日10月31日は仮装した子供たちは「trick or treat!」と言って客室を回ることもできるようにされ、本格的な外国のハロウィンをイメージした企画になっていた。


最初は特定の、むしろ関係者の貸し切りを前提でやっていたのだが、企画が進むにつれて妻に触発されたデザイナーが提案をし続け、更にはそれにホテル側も触発されてきてしまい、結局ホテルのイベント企画として大々的に宣伝されることになった。


一か月という急行で行われたその企画が実現なんて普通はされない。もちろんいつかは、という前提だったそれを聞きつけて、プレ企画という扱いでいいから一般公開しようと言った社長のせいで二人の死ぬか死なないか瀬戸際の恐ろしいスケジュールが強行された。


七緒はともかくデザイナーとしては異例な、一般人にも有名な知己を緊急起用したこともあり、宣伝されて数日後には予約満員、更にはキャンセル待ちになるくらいの好評ぶりに発案者の社長はニコニコ顔だった。



しかし31日当日、招待された形でそのホテルに来ることになったメンバーは笑顔の人間と仏頂面、もしくは不機嫌という二パターンの人間で分かれていた。


招待されたのは功労者の企画を立てた2人とその他親族、また、秋流の古くからの友人である篠宮遥と狭川類、遥の妻とその友人、更には霧神夫妻だった。


ほとんどの人が楽し気にイベントを祝う中、篠宮遥と霧神響生のふたりだけは来てからずっと不機嫌を隠そうともしなかった。




どうやら遥は家族水入らずのイベントを楽しみにしていたらしい。それなのに大々的にイベントを行うから一緒に来いと強引に引っ張ってこられた。普段ほとんど家から出ない緑がイベントのことを聞いて久しぶりに外に出れるとノリノリだったのも気に入らないらしい。


キレイに着飾って子供たちと食事を楽しんでいる緑に変な虫がつかないかと、会場に来てからずっと目を光らせている。



「すごいねぇ、藤本先輩。私まで誘ってもらえると思わなかった~。それにこの歳でコスプレするとか思わなかったわ」


「あら、似合ってるわよ、美菜」


「緑もね。……ハル先輩、発狂しないといいね」


「……ほうっておきなさい」



呆れたような美菜の視線の先には緑の横にしっかりと座り引っ付いている遥がいる。


最初コスプレと聞いて子供たちだけだと思っていた緑を見たファッションデザイナーが、せめてこれでもと持ってきたのが深い色のナイトドレスだった。旦那もうるさいし拒否したのだがどうしてもと迫られ、すでにショップ店員らしく潔く着替えていた美菜に一緒にやろうと頼まれて渋々着替えたところ、やっぱり旦那の機嫌は急降下した。それ以来ずっと緑にへばりついている。


しかしいつものことなので緑も気にせず子供たちの食事の面倒を見ている。



「心配しなくても既婚者ばかりのここで声をかけられるわけないじゃない」


「いるよ、みどりちゃんは楽観的だ」


「あら、そう?」



そんなわけないじゃない、という顔をしている緑だが、遥の言っていることは本気だ。

ちらりと美菜は視線を上げる。


向かいの席に座った小学生くらいの子供を連れた家族の父親。40歳にはいかないだろうインテリな感じの男性と、その隣の席の20代後半の赤ちゃんを連れた家族の父親、さらにスタッフが数人、こっちを見ている。もちろん視線の先は緑だ。


さすがにスタッフは気になってチラチラ程度だけど、父親たちはガン見。妻子を横にしてあからさますぎない?と思ったのだが。


ちらりと遥が振り返る。思わず呆けているような顔をしていた男たちが、遥と目が合った瞬間、一瞬にして青ざめ姿勢を正した。


どういう顔をしていたのやら。緑には絶対見せないその顔をしまい、拗ねた様子で緑にくっつくその様子を見て早々にテーブルを離れた。




馬に蹴られたくないとテーブルを離れた美菜は、バーカウンターでカクテルを頼む。バーテンがお酒を造るのをぼーっとして待っていると、ふと後ろから声をかけられた。



「かわいいナースさん、僕と一緒にお話ししない?」


聞きなれた声にそちらを見れば、紳士的な笑みを浮かべている男性がいる。


「類先輩」


ひらりと手を振って近づいてきた彼は美菜の隣に来て自分もドリンクを頼んだ。



「緑ちゃんとハルは?」


「引っ付いてご飯食べてますよ。お子供たちと一緒に」



目の前でベタベタしているのをずっと見ているのも暇だったのでこっちに来ましたと言えば、苦笑した類と一緒に食事ゾーンに移動する。


ケーキを選んでいると、ふと隣にいる類が前方ににこやかに手を振っている。ちらりとみれば美菜よりも少し年下くらいの女の子が、顔をほのかに染めながら会釈していた。


「……」


どうやら近くにいないなと思っていたら女の子をナンパしていたらしい。本当にこの人手が早い。


全身が脱力するんじゃないかと思うくらい盛大にため息を吐いて一人さっさと必要なものを皿に盛ると、空いているソファに座ってお酒を飲んだ。



急すぎて都内は取れなかったからと、秋流や遥たちがいつも使う老舗やハイグレードの有名ホテルとかではないけれど、そこそこのホテルのパーティ会場だ。町の光が光る様が見下ろせて、本当に夜景はキレイ。


これで優しく一緒に飲んでくれる彼氏がいたらいいけれど、あいにく一人。しかもカップルとか家族ばかりの場にいると本当に一人場違い感が半端ない。


片思いの相手はそんな美菜に気づかず(分かっていて無視しているだけかもしれないけど)可愛い女の子をナンパしているし。


もう一度盛大な溜息をついて、悩むのを止めようとケーキを口に放り込んだとき。



「せっかくの楽しいイベントなのに、仏頂面なんてもったいないよ」


ついさっきまで気にせずナンパをしていた男とは思えない言葉を吐いた類が隣に座る。


「あれ、可愛い女の子とアイコンタクトしていたので気を利かせたつもりでしたけど」


知らずに憎まれ口のようなことを言う美菜に、類は驚いたような顔をしてから困ったように眉を下げた。



「今日はずいぶんと冷たいんだね」


「そうですね、二か月お誘いも断られてやっと会いに来たかと思ったらナンパしている相手なので」


「……」



気まずそうに視線を反らした類に美菜はにっこりと笑う。いつもやられっぱなしなので、苦い顔をさせられただけで満足できる、大収穫の日だった。




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