スキル(借)?
村を出ようとしたら、カーターさんが駆け寄って来た。手に持っているのは、小さな袋と木片。
木片に書かれているのは、次に訪ねる場所……ですよね、わざわざ召喚したんですから、依頼は一個じゃないか。
次の依頼主がいるのはカーゲ領の領都チュチュ―ル。
チュチュ―ルには目の前にある道をひたすら、真っ直ぐ行けば四日位で着くそうだ。
「次の依頼主はチュチュ―ルにある食堂か。お目当ての連中も、そっちの方から来ているんだよな?」
剣と魔法の世界でも、喋る剣は何本もない。ベーロウが喋れば、たちまち大騒ぎになってしまうだろう。
元々人嫌いな事もあり、ベーロウは俺と二人でいる時以外はあまり喋らない。
「このペースで進めば明後日には遭遇する……しかし、この短期間でお前が未だに独身の理由が分かったわい……恋愛は勝負じゃぞ。お前みたいに他人に道を譲っておったら、勝ち戦でも負けるわ」
多分、マリアさんの事を言っているんだろう。あの人が求めていたのは、旦那さんだ。
いや、俺の逃げ腰な態度を見透かされたんだな。この短期間で俺の本質に迫るとは、流石は相棒だ。
「もうちょっと若い頃なら“好きな人と一緒なら、それだけで幸せ”みたいなお花畑思考を本気で信じられたんだけどな……この年になると、年齢・収入・社会的地位・見た目・将来性・健康、自分を総合して考えてみると、他人に劣っている様にしか思えなくてね。他の奴の方が、幸せに出来るんじゃないかって考えちまうんだよ。そこから負のスパイラルに陥って、気付けばこの年で独身さ」
俺にも彼女がいた事はある。でも及び腰になり、プロポーズが出来ずにいた。
結果、自然消滅したり他の男に盗られたりの繰り返し。気付けば、恋の仕方すら忘れていた。
「お前は考え過ぎなんじゃよ。貴族みたいにハーレムを作れとは言わんが、親御さんを安心させんといかんぞ」
お前は親戚のおじさんか!……言いたい事は分かる。でも、自信もなけりゃ出会いもない。
「まずはこっちで定収を得てからだよ。前回手に入れたアイテムや金は、全部人にあげちまったからな」
日本から持って来た物もあるけど、商売出来る程の量がない。
「その前にお前も鍛えなおさないかんの。幸い敵と遭遇するまで、まだ時間がある……カイ、修行をするぞ」
確かに今のまま、旅を続けるのは自殺行為である。言いたい事は分かる。分かるけど……。
「いざ戦いになって、筋肉痛で動けませんでしたじゃ洒落にならないだろ?走って転んで怪我しても笑えないし、ゆっくり行こうぜ」
ここ数日の肉体労働で、俺の身体は筋肉痛の真っ只中だ。これ以上は過度の負担になってしまう。
ベーロウの修行は、かなり厳しい。スパルタと言っても過言ではない……ニ、三日鍛錬したところで、元の体力には戻らないんだぞ。
「たわけ者っ!魔力も筋力も落ちている奴が何を言うか。足にのみ強化魔法を掛けて走るんじゃ!」
そこからは地獄だった。走りこみをして、ダウンしたら回復魔法。その後素振りを数百回。手の皮がむけたら回復魔法。そしてまた走りこみ。
「……疲れた。まさか、数年放置していたテントがこんな形で役に立つとは」
買ったのは四年前。当時、中一の夏音がキャンプしてみたいっていうから、アウトドアセットを買ったのだ。しかし部活が忙しい&思春期突入でキャンプはお流れに……中学生の女の子が、顔見知りのおじさんとキャンプするのはきついよな。
テントを張り、寝転がる……飯どうしよう。近くに水場がないから、カップ麺も食えない。
カーターさんがくれた袋に入っていたのは、銅貨五枚と銀のやじり。銀のやじりはピューラファイの木こりが、お守り代わりに持つ物である。
(干し肉はアイテムボックスに入れておけば、腐る事はない。日替わり弁当は残しておくか。今桜の手紙なんて見たら、気持ちが折れそうだし)
二人共、俺がいなくなった事に気付いているかな。
ちなみに晩飯は菓子パン一個で終わりました。
◇
次の日も……そのまた次の日も修行は続いた。
「……もう直ぐで遭遇するぞ。丁度良い場所で待ち伏せるんじゃぞ」
向こうはマリーちゃんの呪いが解けた事を知らないし。悪巧みがばれている事も知らない。普通にあっても、スルーされるだけだ。さて、どうやって戦いに持ち込もう。
◇
野営に使う場所だと思うが、丁度良い所を見つけた。森が開けて広場みたくなっているのだ。出口部分に立っていれば、嫌でも遭遇する筈。
「あのそこを退いてもらえませんか?急ぎの様があるんですよ」
人の良そうな男が柔和な笑みを浮かべる……でも、こいつはかなりやばい奴だ。
だって何体もの悪霊を引き連れているんだもん……テイムかネクロマンスのスキルを持っているんだろうか。
「丁度良かった。ザンサーラ商会の人ですよね?マリーちゃんの呪いは解けましたよ」
まあ、鑑定したから確定なんですけどね。ここから揺さぶりをかけて、どれだけ情報を引き出せるかが勝負だ。
「そうですか。それは良かった。でも、ちゃんと容態を診たいので、そこを退いてもらえませんか?」
相変わらず笑顔だけど、目が笑ってません。背中のお友達もご機嫌斜めなご様子。
「その前に一つお伺いしても、良いですか?今回の件は会長さんの指示ですか?案外、ポイント稼ぎが目的だったりして?……それとも背中にいる悪霊にそそのかされたとか?」
ああ、彼もサラリーマンだ。会長って言葉にもろに反応しているし……ちなみに俺は会社の会長や社長には会った事がありません。社報でしか見た事ないんだよね。
こいつを鑑定してみたら、テイム初級ゴーストトーク(借)という変なスキルを持っていた。護衛を雇えない行商人や旅人がテイムのスキルを使うのは、それ程珍しくない。
しかし、薬師となると話は別だ。お前が魔物を使って病気にさせたんだろうと、疑われる。
だから一般人には見えないゴーストを護衛にしているんだと思う。
(待てよ?それじゃゴブリンは誰が操っていたんだ?)
ゴブリンとゴーストでは系統が違い過ぎる。両方扱える程有能なら、テイマ―で食べて行ける筈。
「なんで俺が、こんな田舎の担当をしなきゃいけないんだ!薬師なのに、行商まで担当させられるし!会長の生まれ故郷だけど、住人は少ないし、村同士の距離も遠い!同期が順調に売り上げを伸ばしている中、俺だけが置いてけぼりだっ!」
創業者のお膝元って、地味にきついと思う。住人から薄い縁や小さい恩を持ち出されて、値引きを要求されるんだろうな……まずい。思わず犯人に同情しそうになってしまった。
「だからと言って、子供に呪いを掛けて良い訳ないだろ。ご丁寧に言伝まで握りつぶしやがって!」
あのまま放置していたら、マリーちゃんは死んでいたかも知れないんだ。
「言伝は本部の管轄だよっ。残念ながら俺は呪いを掛けていない。言い掛かりをつけるんじゃねえ!」
確かにわざわざ王都まで言伝に行くのは、効率が悪いよな。
でも病気じゃなく呪いだと知っていたと……こいつじゃなく、ザンサーラ商会が指示していたって事か。
「マリーちゃんは、もう少しで死ぬところだったんぞ!」
悪霊にとり憑かれていても、正気を失っていない。本来は真面目な性格だと思う……上からのプレッシャーと悪霊の誘惑に負けたんだろう。
「死ぬ?あの呪いは微熱が続くだけのものじゃ……?」
愕然とする薬師。それは呪いじゃなく体調不良なのでは?
(この人は騙されていたんだな……となると黒幕は)
「カイ!本命が来るぞ」
ベーロウの警告と同時に、護衛を従えた馬車が現れた。