ピエロな邪神騎士様
なんだろう。全員無傷でゴブリンを倒せたのに、このいたたまれない空気は。
「カイ、お前もしかしてまだ結婚していないのか?お前、もう三十二じゃろ?」
ベーロウの声が震えている。サークレでは早い人は十代半ばで、遅くても二十代前半で結婚する。
この世界の常識で言えば俺は異端者になるのだ……日本でも扱いは良くなかったけどね。
「じゃ、邪剣様。邪神騎士様は、奥様と死に別れたのではないでしょうか?あれだけだけの功績を残した方が、モテない筈がありません」
優しいフォローって、時には凶器にもなるんだね。おじさん、今だけは泣いても許されると思うの。
こっちの功績が日本で通じる訳ないだろっ。異世界で邪神騎士してましたなんて、ドン引きされるだけだっての!
「正真正銘の独身だよっ!俺の国じゃ、晩婚化が進んでるんだよっ!三十過ぎて独身でも珍しくないんですー」
セリュー様、貴方の世界の住人酷いんですよ!独身ってだけで、いじめるんです!
サークレに二回も強制召喚されて、この仕打ち!セリュー様とソレイユ様にちくってやる。
「でもご祝儀を渡しているって事は、他の者は結婚しておるんじゃろ?お前、元英雄だからと言って、選び過ぎなんじゃないか?」
はい、出ました。選ばなきゃ結婚出来るだろ理論。日本でも耳が痛くなる程、言われたっての!
「選ぶも何も打席にすら立てないんだよ!打席に立たなきゃ、チャンスはない!?選手紹介の時点で、お前は違うって言われてるのが分かるんだよっ。既婚者共、無駄口叩いてないで、薬草を取りに行くぞ」
このフラストレーションは黒幕にぶつけてやる!
◇
確かに洞窟の奥に薬草は生えていた。でも、これは特段珍しい薬草じゃない。品揃えが自慢の薬屋なら、在庫はある筈。
「この薬草をすり潰して、聖水で溶かせばマリーちゃんの呪いは解けますよ……お父さん……いや、ラルフ・ラークさん貴方が持っていって上げてください。それがマリーちゃんへの一番の薬です」
これでも神様から加護を頂いているから、聖水なら俺でも作れる。あまり大っぴらにやると、神殿に睨まれるけどね。
「いつから気付いていたんですか?」
あんなに必死に頼んできたら、疑うって。
「まあ、おじさんの勘ってやつです。俺が薬草を手に入れたら、顔を見ずに帰るつもりだったんでしょ?」
だから、俺はこの人を逃さない様にしたのだ。上手くやれば美人の若妻と、仲良くなれるチャンスだったんだけどね。それを許さない事情が出来たのだ。
「でもどんな顔をして帰れば……私はマリーとマリアが苦しんでいる時に側にいてやれなかったんですよ」
なんでも一週間前に、マリーちゃんが呪いに掛かったと教えてくれた人がいるそうだ。
ラルフさんはいても立っても居られなくなり、殆ど寝ずに歩き村へ帰ってきたとの事。
でも、戻り辛く野営をしていたそうだ。偶然、俺の話を耳にして、ついて来たそうだ。
「どの面もなにも貴方はマリーちゃんのパパで、マリアさんの夫だ。家に帰るのに、遠慮する必要なんてないですよ……それにね、俺はやらなきゃいけない事が出来たんすよ」
ラルフさんの手に薬草を握らせて、出口へと向かう。俺の予想なら、もう動き出している筈だ。
◇
暴れるラルフさんを引きずりながら、村まで強制連行。村の門の前ではカーターさんが待っていた。
「カーターさん、マリーちゃんに効く薬を取って来ましたよ」
カーターさんの前にラルフさんを放り投げる。
薬草以上に父親がマリーちゃんには必要なのだ。そしてマリアさんにも……悔しくなんて、ないんだからね。
「お前はラルフ!なんで帰って来なかったんだ!?マリーもマリアもずっと待っていたんだぞ」
カーターさんはラルフさんを見つけるなり、怒鳴り出した。でも、その顔はどこか嬉しそうだ。
「あまり責めないでやってください。ラルフさんは、つい最近までマリーちゃんが呪われているって知らなかったんですから。まずは聖水を作ってと……」
井戸水を聖水に変えてカーターさんに手渡す。簡単な調合だから素人でも、出来る筈。
今回も損な役回りだよな……でも、関わったからにはきちんと守りたいし。
「そんな!私はちゃんと行商人に伝言をお願いしたんですよ!」
そう、確かに行商人は言伝を預かった。でもラルフさんには届いていない。
ラルフさんに伝えたのは、ローブさんの誰かだと思う。
「ザンサーラ商会の行商人にですよね?そしてマリーちゃんを診たのも、ザンサーラ商会の薬師……今回の依頼は、最初から変な違和感を覚えました。魔族がマリーちゃんに呪いをかけるメリットがない。それにね、魔族は狡猾で慎重だ。近くに生えている薬草で解ける呪いなんて掛けませんよ」
掛けたとしても、トラップを仕掛けているだろう。ましてやゴブリンに守らせるなんて事はしない。
「まさか……ザンサーラ商会の仕業?」
そう、考えれば辻褄が合う。ザンサーラ商会なら言伝を握り潰せるし、茶番を仕込む事も出来る。
「ここで犯人捜しをしても無意味ですよ。俺が言えるのは、あの呪いは人が掛けた物って事だけです」
ザンサーラ商会の会長がマリアさんに横恋慕したのか?それとも部下がポイント稼ぎの為に仕込んだのか?はたまた奴隷として売るつもりだったのか?
推測はいくらでも出来る。
「カイ、動き出したぞ。このままだと後五日程で村に来る」
ベーロウには呪を掛けた奴を探ってもらっていた……しかし、そんな遠くまで探せるとは流石は伝説の邪竜様だ。
(ゴブリンが討伐された事を知って、慌てて動き出したんだな)
洞窟から村まで戻って来るのに、二時間位掛かっている。旅の支度をするには、充分な時間だ。
「貴方っ!会いたかった。マリーが……マリーが」
家から飛び出してきたマリアさんが、ラルフさんにすがりついて泣き始める。
何も言わずにそっと立ち去りたかったんだけども……そりゃ、これだけ騒げば気付くよね。
「大丈夫。薬草は手に入れた。寂しい思いをさせてごめん……これからは三人一緒だ」
ラルフさんはそう言って、マリアさんを抱きしめた。なんでだろう。何もしていないのに、罪悪感が凄い。
「二人共、喜ぶのはマリーを治してからだ。クラコさん、お願いします」
村人の視線が俺に集まる。分かりました。調合もすれば良いんですね。今回も完全に道化役じゃねえか!
「あれ?くるしくない……パ、パパだっ!パパ、あいたかった」
ラルフさんは、マリアさんとマリーちゃんをぎゅっと抱きしめた。村人は感動の渦に包まれて、俺は完全にアウエーです。
(今ならいなくなっても、気付かれないな。アフターフォローまでが仕事なんだし)
「カーターさん、俺が村から出たら門を閉めてください。出来るだけ村から離れた所で戦いますが、万が一もありますので」
小声でカーターさんに告げる。せっかく再会出来た親子を、不幸にしたくない。向こうの戦力によっては討ち漏らしの危険性がある。
家を出ると、ラルフさんが駆け寄って来た。
「あの邪神騎士様、少しだけですがお金を受け取ってください」
ラルフさんがボロボロの布袋を差し出してきた……きっと必死に貯めたんだと思う。
「そのお金は家族の為に使ってください。今回の報酬は俺の事を秘密にしてもらえれば、それでオッケーです。それとこれ飴ってお菓子です。慌ててマリーちゃんにお土産買っていないでしょ?……さて、ベーロウ行くぞ」
ラルフさんに飴玉を数個手渡し、背を向けて歩き出す……男の前だと決まるんだよな。
「……邪神騎士の前では、全ての悪が残酷に滅ぶ。そうですよね!邪神騎士様!」
ラルフさんが大声で叫ぶ。感謝の気持ちは伝わった……でもね、黒歴史の発掘はマナー違反ですよ。




