無一文で生活は無理なのです
俺がいるのは、ピューラファイの南東部カーゲ子爵領にある山の中らしい……逃げなくて良かった。下手すりゃ遭難していたと思う。
それとカーゲ子爵なんていたっけ。
まあ、クラスメイト大半の名前を忘れている記憶力だもんな……卒業して十年も経てば、思い出す事すら稀なのだ。
(まず、先立つ物は金だよな)
ポケットに財布が入っているけど、ピューラファイで円は使えない。つまり、生活の目途が立つまで、この人達の世話にならなきゃいけないのだ。
ある意味この人達は俺のスポンサーなのである。
前回召喚された時は、イキリ陰キャの高校生だったけど、今は社会の荒波にもまれまくったサラリーマンだ。プライドを捨てた交渉をみせてやろう。
「お話は分かりました。ぜひ皆さんの手助けをさせて下さい。しかし、残念ながら私の身体は一つしかありません。ですので皆さんの中で一番困っている人を教えて下さい」
申し訳なさそうな表情を浮かべながら話し掛ける。
「お主、変わったな。昔なら“邪神騎士のプライドが”とか言って立ち去っていたじゃろ」
ベーロウがからかうような口調で話し掛けて来る。リーマン生活で、プライドでは腹が膨れない事を知ったのです。
「今は足場固めが先決だよ。なにより、俺がいなくなってから、何があったのか知る必要がある……ベーロウ、俺の使える魔法やスキルに変化はないか?」
昔取った杵柄とは言うが、戦いから離れて十数年経つ。昔は強かったといえ、慎重に動かなくては。
「鑑定・アイテムボックス・怒気術、この辺は昔と変わらんな。じゃが体力・筋力・魔力は激減しておる。特に魔力は初級魔法数発分しかないぞ」
万年運動不足のおじさんに突きつけられる厳しい現実。とりあえずベーロウ以外の荷物を収納しておく。
「怒気術か。懐かしいな……収納魔法が使えるのは助かるよ」
怒気術は、邪神騎士の固有スキルで怒りや怨念を力に変えて攻撃する。
愚痴級・怒り級 ・怨嗟級・ 神判級と強くなっていく……問題はここ数年本気で怒る事がなくなったんだよね。
社会に出たら納得出来ない事でも無理やり消化して、自分の中で折り合いをつけなきゃいけなくなる。
「邪神騎士様、決まりました。この者を助けて頂けますか?」
面と向かって邪神騎士と言われるのは結構きつい。中二病全開だった頃は、平気だったのに。
「姪を救って下さい!姪が魔族に呪われてしまったんです」
誠実そうな男性が泣きながら懇願してきた。男性の名前はカーター・ブーンさん。
なんでも姪っ子さんが、魔族に呪われてしまったそうだ。
解呪か……普通は神官にお願いする依頼だよな。
「神官に解呪をお願い出来なかったんですか?」
解呪のプロである神官でも解けない呪い……復帰一発目から暗礁に乗り上げそうなんですが。
「最近、不作続きで村にはお布施に回せる金がないんです。妹の夫は王都に出稼ぎに行ったまま連絡が取れなくなり……このままでは姪っ子が不憫で」
カーターさんは、そう言うと悔しそうな顔をした。
これは神官にお願いしたけど、断られたパターンだと思う。昔なら“そんなのおかしい。俺が抗議に行ってやる”と息巻いていただろう。
そんな事をしたら、どうなるか……神官や領主の面子は丸潰れになる。でも救世の英雄である俺に怒りはぶつけられない。
結果、怒りの矛先は依頼主である村へと向けられる。
「呪いを解く方法は分かっているんですか?」
呪いを解く手段は、結構煩雑だ。それに失敗すれば状況が悪化する。
「前に旅の薬師が来たので、姪の容態を見てもらったんです。呪いを解くには薬草が必要だそうです。でも、薬草の生えている洞窟には魔物が住みついてしまいまして……」
冒険者を雇う金もなく、藁にもすがる思いで、召喚儀式に参加したとの事。
そう言うとカーターさんは床に突っ伏して泣きだした。他のローブさん達は土下座し始めるし……プレッシャーが半端ないです。
「それなら、なんとかなります……でもいくつか条件を付けさせて貰って良いですか?」
まだ気になる事があるけど、直接村に行って情報を集めた方が確実だ。
「邪神騎士様がお望みなら、娘を伽に出させます」
一人のローブさんが近付いてきて、ささやく。
なんて魅力的な提案……じゃなく、とんでもない提案だ。依頼の対価は金が一般的だ。まあ、俺に払う金があれば冒険者を雇ってるよね。
だから娘を差し出すと……食いついたらセリュー様の加護が消える危険性がある。
何より無理矢理、伽にだされた女の子を抱ける面の厚さなんて持っていない。
「依頼料はいりませんよ。寝る部屋と飯さえあれば、充分ですので。俺の条件は三つあります。一つ目、俺を召喚した事を秘密にする事。二つ目は邪神騎士って呼び方を止めて下さい。そして三つ目は何か目立たない服を下さい。名前もそうですが、このままだと目立ってしょうがないんで」
俺は邪神騎士である事を隠したい。俺が再召喚された事を知っているのは、この人達だけだ。そして召喚がバレたら、この人達は罰せられる。
ここには、俺の存在がバレて得する奴は一人もいないのだ。
「それでよろしいのですか?冒険者にも断られる案件なのに」
俺の一番の目標は日本へ帰る事だ。その為に必要な物が、ここにあるのだ。
「ええ、それとここに祭壇を置いておくとばれる危険性があります。俺がお預かりしても良いでしょうか?」
これで俺が召喚された痕跡を隠せる。なにより日本に戻る為にはセリュー様の協力が必須なのだ。祭壇があれば神託を頂ける。
「そうして頂けると助かります。本当にありがとうございます」
泣いているローブさん達を尻目に祭壇を収納する。
(一応確認しておくか)
脳内でアイテムボックス確認と念じる。
収納物
セリュー神の祭壇
日替わり弁当(サラダ・手紙付き)
快の家にあった調味料
快の家にあったお菓子(チョコ・バタドラ・飴・ポテチ・煎餅等)
快の家にあった飲み物(スポーツドリンク・発泡酒・栄養ドリンク・炭酸飲料・焼酎・インスタントコーヒー・粉末スープ・ティーバッグの紅茶・インスタント味噌汁等)
快の家にあった食材(米・インスタントラーメン・カップ麺・缶詰・レトルトカレー・納豆・お茶づけの素等)
薬類(湿布薬・下痢止め・二日酔いの薬等)
快の家にあった文房具
快の家にあった衣類
快の家にあった本(漫画・ラノベ・レシピ本・エロ本《使用済み》)
快の家にあったキャンプセット(未使用)
なぜか、家にあった食い物や薬が入っていた……前の時飯がまずいって騒いだからだろうか?
嬉しいけど、売れる程量はないんだよな。