邪神騎士、反省する
ストーンボアは高ランク指定されている魔物だ。普通の武器では致命傷どころかかすり傷さえ付けられない。
そいつが全部で三匹、Cランクの案件である。
「小屋に棍棒があるので、取ってきます」
経験の浅い冒険者には、コペル君の様に打撃系の武器を使おうとする奴がいる。そして殆んどが返り討ちにされてしまう。
「無理ですよ。棍棒で石を砕く自信があるんですか?それに猟師なら、猪の素早さを知っている筈ですよ」
ベーロウを使えば簡単に倒せるんだけど、絶対に怪しまれてしまう。一匹でも討ち漏らしたら、ストーンボアはコペル君を狙ってくる。
(ベーロウ、俺の魔力残量はどれ位だ?)
確実に仕留めるには、魔法しかない。問題は何級まで使えるかだ。
(七級なら五回じゃな。それより気を付けろ。肉食の魔物が血の匂いをかぎ取って、こっちに向かってきておる)
つまり物音を立てると、場所を特定されやすくなると……一か八かやってみるか。
まずはストーンボアの真正面に移動。うん、怖い。身体はでかいし、牙も鋭い。
体当たりを喰らったら、串し刺しになる思う。
「石よ、敵を貫け。地属性第七級、ストーンバレット」
弾の動きに干渉する為、今度はたっぷり魔力を込める。狙うのはストーンボアの鼻の穴。正確に言うと鼻骨の向こうにある脳だ。
(考えたの。ストーンボアは表皮こそ硬いが、骨は普通の猪と変らぬ……しかし、えげつない方法よの)
ベーロウの言う通り、鼻に鉄の弾を突っ込まれたストーンボアはもだえ苦しんだ。でも暴れ様がくしゃみをしようが魔力は弱めない。強引に推し込んでいく。
「ストーンボアが倒れました……モブさん、大丈夫ですか?」
額に脂汗が滲む。コペル君、心配してくれてありがとう。正直、大丈夫じゃないです。三個同時に動かすのは、かなりきつい。
でも、まだ魔力を弱められない。ストーンボアの息の音を止めるまで魔力を弱める訳にいかないのだ。
(カイ、ストーンボアが死んだぞ。気をしっかり保て)
……やばい。意識が飛びかけていた。スピアゴート三体とストーンボア二体をアイテムボックスに入れて小屋を目指す。でも、足がもつれて上手く走れない。
「大丈夫ですか?僕に掴まって下さい」
みかねたコペル君が肩を貸してくれた……しまらないな。
◇
頭がガンガンして目眩がする。完璧な魔力切れだ。
コペル君のお陰で小屋に戻れたけど、あのまま肉食の魔物と戦うはめになっていたらと思うとゾッとする。
(なにが戦い方を教えるだ。これじゃ及第点にも満たないぞ)
昔の仲間にバレたら、お説教確定だ。
アイテムボックスから栄養ドリンクを取り出し、一気に飲み干す……魔力は回復しないが、なんとか一息つけた。
「大丈夫ですか?まだ無理しないでください……なんの役にも立てずにすいませんでした」
そう言うと、コペル君は頭を下げて来た。
でもコペル君はゴブリン位としか戦った事のない新人冒険者だ。会社で言うとオリエンテーション中の見習い社員である。
なにも出来ないのが当たり前で、責める方が間違っている。
「気にしないでください。今日は冒険者の危険さを分かってもらえただけで大丈夫ですから」
まだ頭が痛い。無理してでもマジックポーションを買っておくべきだった。
今は仲間がいないんだ。昔の感覚で冒険していたら、死んでしまう。今まで以上に慎重にいかなくては。
「ありがとうございます。でもなんでストーンボアを一匹残したんですか?……そうだ。今のうちに解体しておきますね」
立ち上がろうとするコペル君を手で制する。予想以上に早かった。やはり俺は日本でのぬるま湯生活に浸かりきっていた様だ。
「解体はちょっと待ってください。外を見ればストーンボアを残した理由も併せて分かりますよ」
今アイテムボックスからストーンボアを出すのはまずい。せめてもう少し魔力が回復してからでないと。
体力も魔力も往時の三分の一以下だ。昔の感覚で依頼を安請合いしていたら、絶対に命を落とす。
ベーロウのハードな鍛錬は、これを予想しての事だったんだ。
「外ですか?……あれはキラーウルフの群れ!もうストーンボアが骨だけになっている!?」
殺した張本人が言うのはなんだけども、それは地獄絵図だった。何体ものキラーウルフがストーンボアの死体に群がり、むさぼり食っているのだ。
「あいつ等は血の匂いを嗅ぎつけて、ここまで来たんですよ。もし餌がなかったら必死に探し回りますよ。下手したら、ここがバレます」
キラーウルフの嗅覚は鋭い。今解体したら、血の匂いからここを探り当てるだろう。
「今まで獲物を狩っても、キラーウルフが襲ってくる事はなかったんですけど、山を降りてから解体した方が良いんでしょうか?」
今までコペル君一家は、肉食魔獣が出没する時間は決して小屋から出なかったという。確かにそれも被害に合わなかった理由の一つだ。
「肉食の魔物が主に襲うのは、草食の魔物です。お目当ては草食魔獣が溜め込んだマナ。普通の獣が持っているマナは極僅かですから、余程腹が減っていない限り襲わないんですよ。その証拠にストーンボアの角や表皮を食べているでしょ」
あの石並みに硬い表皮や牙を食べるのだから、キラーウルフの牙がどれだけ鋭いのか分かる。
◇
迂闊だった。回復後、直ぐに山を降りたんだが、
もう少しで街道に出られると思った瞬間、キラーウルフの群れに取り囲まれていた。
ベーロウを少し休ませようと、索敵を頼まなかった事が仇になってしまったのだ。
「まさか先回りされているとはね……服に血が付着していたのか?それとも身体に沁みついていたのか」
一匹や二匹なら何とかなるけど、群れだときつい。なんとかコペル君だけでも逃がさないと。
(カイ、怒気術を使え。無理にでも怒らねば、お前だけでなくその若者も死ぬぞ)
テレビのコメンテーターじゃないけど、無理矢理怒るなんて無理なんですけど。
一角を崩してコペル君を逃がそうと動きだした時だった。
「グォー」
けたたましい叫び声と共にオークが突っこんできたたのだ。オークは手に持った棍棒で、次々にキラーウルフを叩きのめしていく。
そして俺達に逃げろと目配せしてきた……そうか、あの時のオークか。
「今がチャンス!そは眠りに誘う妖精の歌声……闇属性第六級スリーブ」
対象はもちろんキラーウルフ。次々に昏睡していくキラーウルフ。
それを好機ととらえたオークは一気に攻め立てた。
俺達は混乱に乗じて、上手く逃げおおせる事が出来たのだ。
街道に出て一息ついていると、突然コペル君が土下座してきた。
「モブさん、厚かましいお願いだとは分かっています。スピアゴートの肉を分けてもらえませんか?」
家族に渡すつもりなんだろうか?俺は解体の対価として、スピアゴートの肉を渡す事を了承した。




