スピアゴートを倒せ
肉食の魔物を怒気術でぶっ飛ばす……絶対に正体がバレるよな。
大人しく小屋に隠れているのが、得策なんだろうか。
「モブさんはなんで冒険者になろうと思ったんですか?」
コペル君が良いたい事は分かる。冒険者を目指すのは、十代の若者が多い。体力がいる仕事だし、身に付けなくてはいけない技術も沢山ある。
成功すれば大金持ちになれるけど、大半は途中で命を落とすか転職してしまう。
早い話がおっさんになってから、冒険者になる人は訳ありなのです。
日本で言えば三十歳を過ぎてから、プロスポーツ選手や芸能人を目指す様な感じなのだ。
「私はルーベ村の生まれなんですけど、不作で生活が成り立たなくなったんですよ」
今の俺はルーベ村出身の元農夫モブ・ボッチだ……そろそろ細かい設定決めておかなきゃ。
「ルーベ村!邪神騎士様がヒュドラ退治をしたところですよね“俺には死神が宿っている。魔物でも死神からは逃れられないのさ”あのセリフ恰好良いですよね」
ちょっと待って。俺が言ったのは“行く先々で魔物を殺して……あいつ等から見たら、俺は質の悪い死神だよな”だぞ。厨二感ましましにするのは止めて下さい。
「じゃ、邪神騎士様がお好きなんですね」
嬉しいけど、今のところ男のファンしかいないんですが。
それと邪神騎士偶像化され過ぎじゃないか?実物見たら、絶対がっかりするぞ。
「ピューラファイの男の子……いいえ、ピューラファイの男はみんな邪神騎士様に憧れていますよ。異世界の少年が、突然見知らぬ世界に呼ばれる。普通なら恨むのに邪神騎士様は命懸けで世界を救ってくれた。そして何の見返りも求めず、元の世界へ帰る……男として憧れますよね」
キラキラした目で説明してくれるコペル君……いや、滅茶苦茶恨んだから。
(随分と買い被られておるの……まあ、あの時のお前の事を思えば恨んでも仕方がないがの)
ベーロウの言う通り、俺はピューラファイに憎んだ相手がいる。
第一王子とその取り巻きの連中だ。あいつ等は俺を召喚した癖に、人違いだと分かると、手のひら返しで城から追い出した。
見返りを求めないでって言うけど、あの頃はもう限界だったんだ。いつの間にか国民の中で理想の邪神騎士像が独り歩きして、それを無理して演じる日々。
そして俺はサークレから……邪神騎士から逃げたんだ。
「邪神騎士様のパーティーには、他にも英雄がいるじゃないですか」
王様とか冒険者ギルドの会長とか……俺以外全員勝ち組だぞ。
「邪神騎士様は僕達と同じ猿人で、しかも庶民の出だと聞きます。神の加護を受けていますが、特別な才能は持っていなかった。絵画では美男子に描かれていますが、本当は優れた容姿の持ち主ではなかったと聞きます。邪神騎士様は僕達と何も変わらない少年だったんですよ。だからこそ憧れるんです」
コペル君、邪神騎士はここにいるんですよ。もう少しオブラートに包んで下さい。
(カイ、魔物が近付いて来ておるぞ)
流石は万能邪剣ベーロウさん、頼りになる。俺も気配察知は出来るけど、ベーロウの方が探れる範囲が圧倒的に広い。
(ベーロウと離れる事があるかも知れない。俺も探ってみるか)
目を閉じて、周囲の気配を探る……心を鎮め、少しずつ範囲を広げていく。
(そうせい。お前は気配察知スキルを持っておらん。怠けておると、直ぐに鈍るぞ)
ベーロウの言う通り、俺は気配察知のスキルを持っていない。
異世界から召喚された人間はレアスキルを複数与えられるという。しかし、人違い召喚だった俺は何もスキルを持っていなかった。
修行を終えたお祝いとして、セリュー様からアイテムボックスを、ソレイユ様から鑑定を頂いただけである。
気配察知、怒気術、各種魔法に戦闘術は自力で身に付けた物なのだ。
「……話はここまでです。何か近付いて来ますよ」
この気配は草食系の魔物だ。数は全部で六頭。
「ストーンボアですね。後ろにスピアゴートがいます……数が多すぎますけど、どうしますか?」
目視出来る所まで近付いてきた様で、コペル君が小声で伝えてきた。
「もちろん、戦いますよ。目標はスピアゴートの討伐。ストーンボアは敵対してこない限り、手を出しません」
勝てる自信はあるけど、無理に殺す必要はない。欲張ってコペル君に怪我でもさせたら、元も子もない。
◇
戦闘を仕掛けるタイミングは、魔物が警戒を解いた瞬間だ。水に口を付けたからと言って慌ててはいけない。息を殺してじっと待つ。
「行きますよ。付いて来て下さい」
アイテムボックスから、例のペットボトルを取り出す。鉄の弾に魔力を纏わせ、音が出ない様宙に浮かしておく。
足音を消し、魔物の背後に回り込む。
久し振りに獣系の魔物を見たけど、動物学者が卒倒しそうな姿をしている。
スピアゴート、銀色の角を持つ巨大な鹿。その角は鉄の槍より鋭く、愛用しているランサーも少なくない。
ストーンボア……こいつに関しては、なんでこう進化したのかが謎だ。だって表皮が石の様になっているんだぜ。かなり体重がある筈なんだけど、素早さは普通の猪と変わらない。
(カイ、あいつ等魔力に侵食されておるぞ……魔族の影響じゃな)
魔物が凶暴になる、これは魔族がサークレに来ている証拠だ。ザンサーラ商会の件といい、結構な数の魔族がサークレに来ているのかもしれない。
(それなら先手を取った方が良いな。スピアゴートは全部で三匹。一気に倒す)
「石よ、敵を貫け。風属性第七級、ストーンバレット……省エネバージョン」
鉄の弾を回転させつつ、ペットボトルから射出する。本来のストーンバレットは自分の魔力で石礫を作製し、敵に打ち付ける魔法だ。
でも、今の俺の魔力じゃストーンバレットを複数回撃てない。だから鉄の弾で作製分の魔力を減らし、ペットボトルを銃口代わりにする事でコントロールする分の魔力を減らしたのだ。
「凄い……一瞬でスピアゴートを倒した……モブさん、一匹こっちに向かって来ますよ!」
これは予想出来ていた。猟師が矢をあてた野生動物に逃げられたって話をよく聞く。
ましてや相手は生命力の強い魔物だ。毒も塗っていない鉄の弾で倒せる訳がない。
「計算済みです……我が魔力を媒介にして魔法を発動せん!汝の血を我が糧に……闇属性第五級、吸血!」
ブラッドは相手の血液を術者の生命力に変換する魔法だ。でも今は鉄の弾に吸着させるだけにしておく。
血を生命力に変換するには、かなりの魔力がいるのです。うまくやらないと、とんでもない事になるし。弾に血を吸着させながら、身体から射出させる。
これで血抜きが不要になるし、鉄の弾が再利用できる。
「モブさん、ストーンボアが戦闘態勢に入りました……あいつ等は鉄製の武器ではたおせません。一度、小屋まで退却しませんか?」
見るとストーンボアが地面を蹴り上げ、戦闘態勢に入っていた。
お互いの為、逃げて欲しいんだけどな。




