周囲がなんか変なんですが
電車から降りて改札へと向かう。もう、十数年変化のない毎日を送っている。
まあ、独り者は自分流のルーティン生活から抜け出しにくいって事なんだと思う。
俺の場合、朝起きて地下鉄に揺られて出社。仕事が終わるとクタクタで、まっすぐ帰宅して何もせずそのまま寝る……字にすると、なんともわびしい生活だ。
当然、こんな状況なんで飯を作る気はなく、弁当とかを買って済ませている。
(俺の生活は変わらなくても、世間様は変わっていくと……諦めてコンビニ弁当にしよっかな)
馴染みの弁当屋に物凄い行列が出来ていました。この弁当屋は、俺と同郷の人が経営している。故郷の味と方言を味わいたく、通う事はや十二年。
店の人達とも家族同然の付き合いをさせてもらっている。
そんな店が繁盛するのは、凄く嬉しくちょっとだけ寂しい。
ちなみに列に並んでいるのは、殆んど男である。
「快さん、今日もお仕事お疲れ様です。日替わり弁当取っておきましたよ」
店から一人の少女が駆け寄ってきて、俺に微笑みかける。
それを見た男性客が俺を睨む。
俺の名前は倉子快。三十二歳独身のしがないサラリーマン。
「ありがとう。今日は桜が手伝いなんだな」
そして俺に話し掛けて来たのは、大崎桜、高校二年生の十七歳。
弁当屋大崎の娘で、行列の一因である。数ヶ月前ネットに“都内に美人姉妹がいる弁当屋を発見した”って投稿されてから、この行列が出来る様になった。
発見!?俺は十二年前から、この店に通っているんだぞ。それとお前等のお目当てである姉妹は俺を恋愛対象として見ていないんだぞ。精々気の良い親戚のおじさんポジションだ。だから睨むのは止めて下さい。
特に高校生位の君。君の方が絶対に可能性があるんだからな。
生徒会長といった感じの真面目そうな少年で引き締まった身体をしており、絶対にモテるタイプだ。
(あれは桜達の学校の制服だよな……好きな子が他の男と話すのが嫌だなんて可愛いね)
おじさんは恋愛対象じゃなく、固定客ってだけなんだぞ。
「夏音はちょっと用事があって……そのお願いなんですけど、夏音を迎えに行ってもらえますか?」
それを頼みたかったのね。桜と夏音は双子で二人共かなりの美少女だ。
でもタイプはかなり違う。桜は薙刀を習っている和風美少女で、髪形はポニーテール。夏音はサッカー部に入っている元気系美少女で、髪形はショートカット。
「最近、この辺も物騒だからな。行ってくるよ」
まあ俺が昔いた世界と違って命の危険に晒される事はない。
◇
俺は高校生の時、人間違いで召喚された。当時の俺は戦いどころか喧嘩すらした事ない陰キャ。
異世界の名はサークレ。そこのピューラファイ王国って、とこに召喚されたのだ。サークレは、いわゆる剣と魔法の世界で、魔族や魔物もいた。
知り合いが一人もいない異世界で生活するだけでも地獄なのに、魔族と命懸けで戦ったんだぞ。
ちなみにジョブは邪神騎士でした……異世界転移でさえ他人に言えないのに、邪神騎士って。
駅までとんぼ返りして、夏音を探す。昔はよく二人の送り迎えをしたんだよな。
「おっ、兄貴。こっちこっち!出迎えご苦労さん」
俺を見つけた夏音が手を振りながら、近付いてきた。周囲の視線が俺達に注がれる。桜も夏音もかなりモテるらしい。でも、小さい頃から知っている俺からしたら年の離れた妹の様なもんだ。
「夏音は学校帰りか……萱沢先生は元気か?」
これが気になる女性の話なら良いんだけど、萱沢先生は男だ。萱沢元気は俺と小中の同級生だった男で、今は桜や夏音の担任をしている。
「元気だけに元気って言っているけど、疲れているみたいだよ。萱沢先生“も”早く結婚すれば良いのにね……兄貴も疲れてるのに、迎えに来てもらってありがとう」
もを強調するな。元気も俺と一緒で独身なのだ。高校の教師なんて出会いがわんさかありそうなのに。
「どうせ帰っても寝るだけだしな」
もう、寂しいって感覚も薄れている。最近は恋ってどうするんだっけ状態だ。
「もう、情けないな……ねえ、兄貴。僕と桜がいなくなったら、親父達の事お願いね」
いや、二人が嫁に行っても俺は弁当屋通っていると思うぞ。なんで、今そんな話をするんだ?
(そういや桜が“これ、内緒なんだけど……夏音は外国から来た転校生の事好きなんだよ”って言ってたよな)
ジュマンとかいう金髪碧眼のイケメンらしい。
告白前から海外に嫁ぐシミュレーションか……なんとも微笑ましい脳内計画だ。
「おいおい、外国にでも行くのか?」
夏音をからかいたいけど、桜からは内緒にしてと言われている。なにより若い娘をからかって喜ぶなんてセクハラ親父の兆候だ。
「うん、ピューラファイってとこ……桜も行くんだよ。それと帰って来たら桜の話を聞いてあげてね」
今、なんて言った?ピューラファイって、あのピューラファイ?
「おい、今なんて言った?」
俺の知っているピューラファイなら、ぶん殴ってでも止めるぞ……あそこは死と隣り合わせの世界なんだ。
「内緒―!鈍感兄貴は自分で考えなさい」
夏音はそう言うと、走り去って行った。俺が迎えにくる必要なかったのでは。
◇
唖然としていると、一人の少年が近付いて来た。
「僕は貴方になんか負けませんからね。向こうで僕の方が桜さんの事が好きだって事を分かってもらうんです」
挨拶なしにそれかい。元気にちくるぞ。
「市豆君、止めなさい。快、間に合って良かったよ……ちょっと良いか?市豆君、君は先に行ってなさい」
からかって遊ぼうかと思ったら、元気が間に入って来た。生徒もイケメンなら先生もイケメン。腐女子の生徒がいたら、大喜びしそうな取り合わせだ。
「元気、どうしたんだ?用事があるならライソでいいのに」
悲しいかな、俺のライソは過疎化が進み仕事以外で連絡が来るのは、元気と大崎姉妹だけだ。
「ちょっと、顔を見たくなっただけさ。快、元気でいろよ」
こいつ、頭でも打ったのか?もしかして生徒に手を出したのがバレて、臭い飯を食わなきゃいけなくなったとか。
元気はそのまま走り去っていった。
(何があったんだ?……これはプリント?)
市豆君がいた所に一枚の紙が落ちていた。
そこに書かれていたのは名前とクラス名らしき物が書かれている。
そして右上に市豆君の名前が書いてあり、大崎姉妹や元気の名前も書いてあった。
俺は優しいおじさんだ。市豆君、安心しなさい。桜の名前の下にハートが書いてあるこのプリントは
きちんと始末してあげるからね。