第3話【千味猛瞭、最初の任務を通達される】
大学1年生ながらTICOへの内定を決めてしまった猛瞭は、本当に大学に通っていいのだろうか迷い始めた。大体、往来情報統制機構というNGO法人のような胡散臭さがどうにも引っ掛かる。すべてのNGOが胡散臭いわけではないが、どこか不透明性の強いという認識を抱いていた猛瞭は、自分がとんでもない新手の詐欺に引っ掛かってしまってるのではないかと疑心暗鬼になった。
そうは言えども、定められた理由のない限り、出没しなければ百数十年単位の罰則規定が設けられることに対して怯えている自分もいた。今後果たしてどうなっていくのか・・・、それは木曜日になるまで待つしかないようだ、どうやら。
実際に水曜日はなんともなかった。大学の授業のオリエンテーリングはあったが、それ以外に顕著な変化は見られなかったような気がする。
ただ、交友関係というものはまだ構築できていないのは事実で、誰にも話しかけられずに、終わってしまった。きっと、まだガードが堅いのだろう。つい昨日、あんなことの直後で、また変なことに巻き込まれたくないという心境でいたので、そこは致し方ないのかもしれないと猛瞭は勝手に解決していた。なにもそこまで不安に思う必要性などない、少なくともこの三次元空間においては。
そう勝手に納得させた水曜日は、淡々と経過し、そして運命の木曜日を迎える。
この日猛瞭は、午前中に不足していた食材の買い出しを終え、身辺をある程度整えて、その時を待つ。
そして、夕刻となり、その時を迎える。
17時55分、猛瞭は特殊な蛍光塗料で塗られた換気扇をじっと3秒、まじまじと見つめる。すると、猛瞭の身体は空中浮遊を始めやがてアパートの一室の風景がみるみるうちにうすぼんやりとなり、真っ暗闇に包まれながら、何者かに上から引っ張られているのかと感じながらそれが2分程度続き、それが終わった瞬間、TICO本部1階ロビーのあの黄色い間が姿を現した。いつの間にやらそこまで昇ってたんだな・・・と思ったときには、ゆっくりと降下し始め、ゆったりとその間に着地した。
ここには、重力はないのか、少なくとも重力加速度は存在するはずなんだろうけどと、些か疑問に残る場面はあったものの、とりあえず身体が無事なことを安堵していたら、程なくしてロビー上部の電光掲示板に、「千味猛瞭、出社」とでかでかと書かれたものと、緑のLEDランプを確認した。
そういや、この黄色い間に5秒いたら、また現代に送還されると気づいた猛瞭は、外に慌てて飛び出し、その勢いで前転したのち、正座の態勢になったちょうどその頃、東湯沢が顔を出し、猛瞭を出迎えた。
「こんばんは、千味君」
「どうも」
「どうだ、初めて自発的にTICOに来訪した感想ととしては」
「上昇しているときに引き裂かれた感じがしたが、2分くらいで着くとは予想していなかった」
「交通アクセスに関しては、全国どこにいても2~3分程度のアクセスで到着できるように仕向けているからな。今日は初鳴き任務があることは、一昨日に聞いているよね?」
「聞いてはいますな、ただそれがなんなのかは気になるところではあるけれども・・・」
「それは、理事長の口から発表される見通しだ」
「あのガウンの・・・」
「そうだ」
「そういや、128対72で現世送還が可決されたと聞いたんだけど、ここには何人いるんですか?」
「その200人と取締役が10人で210人というところだな、出身地、年齢別ごとにバランスよく登用している。千味君の場合は、最年少という感じだな」
「類稀なる能力があっての起用だそうですが、そんな実力ありゃしませんよ」
「とにかく間もなく理事長がこちらに来る。その時に、少なくとも任務は判明するであろう」
「あとは?」
「さあな、ただ全貌は発表されないと思う」
その刹那、猛瞭と東湯沢の背後の扉が開き、ガウンの男が入場する。東湯沢はお辞儀を行い、猛瞭もそれを見習ってお辞儀をする。
そして、理事長はロビー奥にあるソファに腰かけ、二人を見つめてこう放つ。
「千味猛瞭君、こちらへ」
何やら、理事長は賞状らしき用紙を持っている。猛瞭は従順に理事長の前に移動する。理事長はソファから腰を浮かし、そして数秒程度、猛瞭の顔を見つめ、こう話す。
「まずは千味猛瞭、そなたを往来情報統制機構の正社員として本日より正式に採用する」
賞状と思っていた用紙は任命状であった。猛瞭は両手で受け取り、くるくるとまとめて右手に持つ。そして、次に理事長から発せられた言葉は、
「私の名は是木典春、TICOに入ってからは24年だ。36歳の時に入ったから、人間界でいうと丁度定年だ。私は残念ながら現世に行くことは叶わないし、まだ彼岸への渡航許可証も下りていない。まあ、この際そんなことはそなたにとってはどうでもいいか。では、本題。千味君、現代社会において話題となっているニュースがあってだ、君もご存じであろう。複数人の児童を誘拐している報道というというものは。これが何と関係しているのか。簡単に言えば、立てこもっている犯人の手から、幼児を救い出してほしいという任務ではあるのだが、その犯人というのがTICOの構成員でな、万が一でも警察に拿捕されてしまうと、我々の存在が公になってしまう。そうなってしまった場合、TICOだけでなく、現世と彼岸にとっても大きな混乱を生じさせる可能性がある。そこで、東湯沢君と共に、解放に向けて努力してほしい」
「はい」と東湯沢。いや、待てよ。初めてのミッションがそれなのか?東湯沢さんはプロだとは言えど、いきなりきついものが来てしまったな・・・と内心感じていた猛瞭。そんなことはお構いなく、
「では、頼む。期限は本日の24時まで。成功したら、報酬を2.5倍にする。失敗しても減額にすることはないが、とにかく我々の情報漏洩防止に協力を頼む」
そう言い残して、理事長はロビーを去った。猛瞭に隠せない不安と、不敵な笑みを浮かべる東湯沢。ともあれ、初鳴き任務ここに開幕。