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Chapter-73

今回に先立ちまして、Chapter-72の、Webで検索できる環境がない状態で執筆した部分を、一部訂正いたしました。

(具体的に言うとシレジアの大佐の名前)

「いやぁ、まいったなぁ……」


 宿舎の、豪華なホテルのようなロビー。

 アルヴィンは、そのソファに腰をどっかりと腰を下ろして、ため息まじりに言います。


「グンタイ、って言うものが、それほどすごいものなんですか?」


 先程、アルヴィンが、キャロと話していた中に出てきた単語。

 私は、それを問い詰めるように、アルヴィンに問いただします。


「いくらシレジアが、中央に兵団を集約していても、総兵力では、帝国には敵わないはず」


 エミも、当然のことを言います。

 皇帝陛下が招聘の勅令を出せば、領主は、兵を出します。出す義務がある。


「地方の領主が、兵団を出すのを渋ったら?」

「それは……」


 しかし、アルヴィンは信じられないような事を言います。

 そして、エミは詰まったような声を出します。


 いいえ、そのようなこと、有り得ません!


「考えられない話です!」


 私が、声を荒げると、アルヴィンは、ロビーのソファ・セットのテーブルの上に飾られていた、花を生けた花瓶の、花をかき分けるようにします。


「盗聴は気にしてもしょうがない……か」

「え?」


 アルヴィンの呟きに、キャロが反射的に訊き返す言葉を出しました。


「いや、あの、クロヴィスって大佐を俺達の世話係にした時点で、シレジアとしては、もう現状を見せつけるつもりだったんだろうな、と」


 アルヴィンは、苦笑しながら、そう言った。


「誤魔化さないでください、アルヴィン!」

「誤魔化しているつもりは、ないけどね?」


 私が問い詰めるように言うと、アルヴィンは、苦笑しながら肩を竦めました。


「帝国貴族たるもの、皇帝陛下に絶対の忠誠を誓っているはず。国家危急の時に、兵を出し渋るなど……あってはならないことです!」

「そうでもないのさ」


 私は、再度、声を荒げてしまいます。

 それに答えるように言ったのは、リリーさんでした。


「実際──私が物心ついて、今まで大きな戦争こそなかったが、国の直轄領や、重要拠点であるブリュサンメル上級伯の領内で出兵が必要になったことは、何度かあった。魔獣の跋扈とかな」

「そんな……ことって……」


 リリーさんの言葉に、私は言葉を失ってしまいます。


「もちろん絶対出さないという貴族は少数派だ。だが代わりに領地をよこせ、税収の免除をしろ、そういう要求をする領主は割と多い」

「…………」


 リリーさんの言葉に、私は押し黙ってしまいます。

 領地持ち貴族が、そう言う要求をすることがあるというのは、祖父や両親から、聞かされていました。


 でも、それも地方での魔獣討伐など、雑用に近い用事に限ればの話です。

 もし、帝国を揺るがすような事態になっても、そのような事が起こるとは、私には、到底思えません。


「ミーラ、まだ納得がいかないという顔をしているな……君を納得させるのは、ちょっと、この件に関しては、難しいのかも知れないな」


 アルヴィンが、困ったような、どこか悲しそうな顔で、言います。


「絶対有り得ない話、という前提で、言わせてもらう。いいか、絶対有り得ない話だって、俺自身は信じてるからな、陛下を」


 アルヴィンは、念入りに前提を言ってから、さらに、言います。


「もし、陛下がファルク王国討伐を前提に、挙兵する気になったとして、その為に俺に──アルヴィン・バックエショフ子爵領に、派兵の要求をしてきたら、俺は──」


 アルヴィンは、そこで、表情を険しいものにします。


「──断る」


「…………そう、ですか」


 キッパリと言ったアルヴィンの言葉に、私は、全身の力が、抜けるような思いをしながら、そう言うのがやっとでした。


 私にも、理解できてしまったからです。


 アルヴィン・バックエショフ子爵領は、未だ領地の体をなしていません。

 旧マークル子爵領──アルヴィンが準男爵の段階で与えられた部分だけが、ようやく体裁が整ってきたばかりなのです。


 そこで、派兵しろ、と言われても、無理なのは言うまでもありません。

 だからアルヴィンは、その時は“断る”と。


「もし、ファルク王国──外国の方から、帝国に、攻め入ってきたら?」


 言い返すことが出来なかった私に対して、エミは、険しい顔をしながらも、そう訊ねます。


「その場合でも、派兵の要求には応えられないな」


 アルヴィンは、険しかった表情を、幾分緩めて、そう言った。


「でも、なにもしないわけじゃないでしょう?」

「やれやれ、こういう時、エミは何でもお見通しだな」


「え?」


 やはり、どこか真剣そうなエミの言葉に対し、アルヴィンは、肩を竦めて言いました。

 私は、思わず、というか、妙な声を、出してしまっていました。


「俺を誰だと思っている?」


 ニヤリ、アルヴィンは唇の端を吊り上げます。


「アドラーシールム西方の魔女、その直弟子にして、ドラゴン・スレイヤー(竜騎勲章持ち)だぞ。畏れ多くも帝国に仇なす相手なら、いくらでもかかってこいってんだ」


「アルヴィン!」


 自信ありげに言うアルヴィンに対し、私は思わず、声に出してしまっていました。


「実はね、この前、陛下にお呼ばれした時、そう言う話を、アルヴィンはしたのよ。ううん、この話だけじゃない、もっと難しい──私達には、ちょっと理解できないような話もあったんだけど」


 キャロが、私とエミを宥めるかのように、言います。


「俺は正直、シレジアの体制には驚いた、いや、本当に驚かされるのはこれから詳しい事を知ってからだろうが──ともかく、そうなんだけど、別に、悲観はしていないんだ」


 アルヴィンは、いつものように、お気楽そうな表情になって、そう言います。

 けれど、そのお気楽な表情も、一瞬のことでした。


「シレジアが帝国に攻めてくることは、少なくとも短期的には考えなくていいだろう。俺が考えてるのは、むしろ、シレジアに頼み事ができればいいな、と思って」

「シレジアに頼み事、ですか」


 アルヴィンは、少しだけ表情を真剣なものに戻して、言いました。

 私は、その意味がわからず、訊き返してしまいました。


「そうだな、妻である、キャロやエミ、ミーラには、ちゃんと言っておいたほうが良いだろうな」


 アルヴィンは、なぜかお気楽そうな表情になって、その事を話し始めました。


「実は、俺は帝国内にちょっと敵が出来ているみたいでね、そういう手合がゴチャゴチャ動き始めた時は、はっきり言って……」

「戦うんですね! 陛下もアルヴィンの後ろ盾になってくれるはずです!」


 気軽そうに言うアルヴィンの言葉を、私は遮ってしまって、そう言いました。

 アルヴィンは、正しいことをしていると信じられるからです。


「いや、そん時ゃ、俺は逃げる」

「え…………」


 あんまりに気軽に言うアルヴィンに、私は、絶句してしまいました。


「どうして……」

「どうしてって……俺が、帝国内でそう言う手合と小競り合い起こしても、一番苦しむのは領民だからなぁ、なにより────」


「めんどくせぇ」


 私以外、つまり、アルヴィンの言葉に、キャロ、エミ、ジャック、リリーさんまでもが、ハモってそう言いました。


 ああ、なるほど……

 キャロやエミ、ジャックが言う、“私と出会う前のアルヴィン”が、これなのですね……


「何より、俺達、別にその日暮らしになっても、しばらくは困らないだろ?」

「まぁ、確かに……それはそうかも知れませんが、ですが……」


「俺は帝国にとって異物みたいなもんなんだ、それがなくなってことがすんなり進むんなら、その方が良いだろう?」

「アルヴィンが、異物────」


 だなんて、そんなことは、ない!

 そう言わなければ、ならないのに。


 私は、言えなかった。


 はるかな太古、人間が別の文明を築いていた時代からの、その前世の記憶を持った、転生者。

 そのアルヴィンが、今の帝国にとって異物である……それを否定できなかった。


「ただ、俺達はどうにかなっても、どうにもならない人も、俺達の身近にはいるだろう?」


 アルヴィンは、呑気そうな様子で、続ける。


「例えば、アイリスとかな」

「なるほど、確かに」


 アルヴィンの言葉に、私は肯定の返事をします。


 タバサさんなんかは、ローチ伯爵の庇護下に任せてしまえばいいでしょうけれど、アイリスさんは今、アルヴィンやリリーさんぐらいしか頼る相手がいない。


「だからさ、もし、俺がそうする時が来たら」


 アルヴィンは、そこまで言って、


「アイリスとかを、シレジアに脱出させられたらな」


 と、その部分を、わざとらしく、少し、大きな声で言いました。


「と、思っているわけよ」

「そういう事でしたか……」


「ミーラ、私達もこの話、今ここではじめて聞いた」

「そうね、私ですら、そこまで突っ込んだ話を聞いたのは初めてよ」


 エミと、キャロが、私が落胆していると思ったのか、そう、慰めるように声をかけてきます。


「だとすれば、俺は、今回ここに来たことで、やっておかなきゃならないことがある」

「ええ、解ってます」


 アルヴィンの言葉に、私は、なぜか妙に笑ってしまいながら、言いました。


「シレジア王家が、信頼に足りるか──見極めるのですね」


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