Chapter-71
「なんだか空の旅も、久しぶりね」
「ああ、そうだな」
笑いながら言うキャロに対し、俺はそう答えた。
俺達は今、飛空船で西を目指して飛んでいた。
もちろん、俺の領地に飛空船の空港なんかないから、ブリュサムズシティ経由で、だ。
北西方に国境線を接する、シレジア王国で王太子の立身の儀がある。
それに帝国からの親善大使として参加して欲しい。
それが俺に課せられた、“大命”だった。
「何難しい顔してるのよ」
「え、俺、そんなに難しい顔、してた?」
キャロが、苦笑しながら問いかけてくるのに、俺は、ハッとしながら、顔を解すようにしつつ、そう言った。
「また、なにか気になることでもあるの?」
「いや……ちょっと気になってさ。なんでアドラーシールム帝国の東に領地を持ってる、俺にわざわざそんな大命が下ったのかな、と」
ぶっちゃけ、適当な法衣貴族にでも行かせればいい。
じゃなきゃ、もっと近場の領主に頼むとかすればいい。
なぜわざわざ俺なのか──と勘ぐってしまう。
──嫌がらせが、始まったかな?
心当たりは先日の陛下とのお茶会だ。
あそこで、俺はかなりぶっちゃけた話をした。
古参の法衣貴族の耳に入ったら、少なくとも気持ちのいい内容ではないはずだ。
「あれじゃない? まだ、アルヴィンは治権に縛られてないから、丁度よかったんじゃないの?」
「あー……まぁ、それもあるっちゃ、あるんだろうけどな」
キャロの指摘も的外れとは言えない。
俺はまだ、領地に張り付いてなければならない身でもないから、今回の大命が来た、という解釈もできる。
「それに、新婚旅行もなかったしさ、その気分で行ってきなよ、って意味じゃないの?」
「案外そうかもしれないけどな」
俺はそう言うと、キャロの隣に寄っていき、その肩をそっと抱き寄せた。
「きゃ……い、いきなり、なにするのよ……」
「いや、どうせだったら、新婚気分出そうかなと思ってさ」
キャロに言われたら、そりゃあちょっとは意識する。
意識するから、ちょっとその本能のままに動いてみた。
「も、もう……びっくりしたじゃない」
「嫌だったか?」
俺がそう訊ねるが、キャロは離れようとするどころか、自分から身を寄り添わせてくる。
「いきなりだったからびっくりしただけよ。アルヴィンだったら嫌なわけないじゃない」
「そっか……うん、キャロは、可愛いなぁ」
思わず、頭をなでてしまう。
だが、キャロが嫌がる様子はなかった。
「当然でしょ、私は……アルヴィンの、正妻なんだから」
理屈になっているようないないような事を、やや自信あり気な笑みを浮かべて、キャロはそう言った。
「おーおー、2人さん、熱いねー」
などと、囃す声が聞こえてくる。
「ジャック」
「いやぁ、夫婦仲がいいのはいいことだ」
ジャックはなんか楽しげに笑いながら、そう言ってきた。
「そうよ、私達とーっても仲がいいんだから」
「ちょっ……キャロ」
キャロは、俺の首に腕を回して、抱きついてきた。
俺は、少しバランスを崩しかけて、わたわたとする。
「そういうジャックこそ、リリーさんほっといて良いわけ?」
「あ、いや……えーっと」
お。
キャロの反撃が飛んだ。
ジャックはなんか、視線を泳がせて誤魔化そうとする。
「いいわけないよなぁ」
「えっ、リリーさん!?」
突然、姉弟子がジャックの背後に現れたかと思ったら。いきなりジャックに抱きついた。
ジャックにしっかり抱きつき、頬ずりまでしてる。
「姉弟子……一気にはっちゃけましたね」
俺は、なんだか本当に、女の子が年上の“近所の兄ちゃん”に懐くような様子の姉弟子を見て、少しジトッと汗をかいた気になってしまう。
「ああ、もうはっちゃっけたぞ。別に今更純情ぶる必要もないだろうし、いいだろベタベタしても」
いや、むしろ思いっきり純情に見えるって言うか。そうでなかったらもしもしポリスメン案件って言うか。
「り、リリーさん……」
「嫌か?」
戸惑った様子のジャックが言うと、なんか姉弟子は、瞳をうるませながらジャックの顔を、少し上目遣いで見つめる。
「い、嫌じゃないから困ってるんです……」
ジャックも嫌がるわけでもなく、逆に見つめてきた姉弟子を、抱きしめ直した。
「リリーさん、お酒入ってる?」
「酒が入ってるのは事実だけど、酒に呑まれるような人じゃないんだよな」
流石に幾分引き気味のキャロの言葉に対し、俺も少し苦い顔をしてしまいながらそう答えた。
「じゃあ、確信犯?」
キャロが再度問いかけてきたので、俺はこくん、と確り頷いた。
飛空船は、一度補給のために、西方のヒドリヒ上級伯爵領の領都・ヒドリヒスシティに寄る。
本来、飛空船はブリュサムズシティと帝都、ヒドリヒスシティと帝都、と言った感じで、定期的に運行されているのだが、今回は1隻の飛空船を、俺の──と言うか、今回のシレジア親善訪問団の為に、専用に用立てていた。
それがあるからか、どうしても俺はちょっと緊張してしまう。もしかしたら、事故に見せかけて……という疑念が拭えないからだ。
とは言え、この飛空船に乗っているのは俺だけってわけじゃない。もし、シレジアへの途中で墜落するようなことになれば、アドラーシールム帝国としては面目丸潰れだろう。
だから、その心配は、あんまりしても仕方ないかなとは思ってるんだけど。
もしかして、姉弟子は、その事を見透かして、俺の緊張を解そうとしているのかな?
「よっ、と」
俺は、展望台から空と、眼下の世界を眺めながら、あれこれと話していたエミとミーラの、間に割り込むようにして、2人の肩を両側から抱き寄せた。
「あ、アルヴィン……」
「迷惑だったか?」
ミーラが、戸惑ったような声をだしたので、俺は2人を両腕に抱き寄せたまま、そう訊ねた。
「め、迷惑ではありませんけど……」
「アルヴィンだったら、別に歓迎」
ミーラは少し戸惑ったような顔をしたが、エミの方は、もう慣れているよと言った感じで、そう言った。
「アルヴィンの師匠って、アドラーシールム西方の魔女、って呼ばれているけど、このあたりで活躍していたの?」
エミが、そう訊いてきた。
何の話をしているのかと思ったら、それだったのか。
「いや、俺の師匠が活躍していたのは、もうちょっと南の方だな。まぁ、このあたりでもいろいろやらかしたみたいではあるけどな」
「そうなんですね……」
俺が言うと、ミーラは俺に抱き寄せられたまま、眼下を見下ろして、そう言った。
そういやぁ、その話があったなぁ────




