Chapter-68
「移民希望者?」
俺は、新婚期間抜けてすぐに、アイザックにその話題を振られた。
まだ、正式な陞爵も新領地の下賜もまだだ。
つまり、移民希望者というのは現在のアルヴィン・バックエショフ領に、ということになる。
「いろいろと問題が起きそうだなぁ、それで、移民元の領主はなにか言ってないの?」
「それが……」
俺が渋い顔をして言うと、アイザックは少し困ったような顔になった。
「実は、移民希望者というのがデミ・ドワーフでして」
「ほぇ」
アイザックの言葉に、俺は妙に間の抜けた声を出してしまった。
「帝国北部の更に北方の、人間の国家がまだ領地としていない山岳地帯ですね、そこからやってきたのだと」
「なるほどねぇ……」
人間が未開拓の土地、と言うと、まず真っ先に魔獣の住む森だの何だのを想像してしまう。
が、実際には、エルフやドワーフ、デミ・ドワーフのコロニーが存在している場所もある。
そう言った場所は、名ばかりの直轄地だったり、あるいはまだ人間が国境線を引く外側にあったりするのだが……
「それがなんだって、俺の領地に移民希望よ?」
「ここ数年、作物の不作が続いているそうでして。最初は、代表者が帝都のエズラ殿を頼られて行ったそうなのですが」
あ、エズラが俺を紹介したのか。
それでこっちの方までえっちらおっちらやってきたと。
「でも、農地は言うほど空いてないしなー。どうするか」
別にデミ・ドワーフだから断ろうとかそういう事は考えていない。
エズラや、ペンデリンやフューリーにはだいぶ世話になった、というかこれからも世話になる……と思うしな。
ただ、現実問題として、農地やそれを開拓できる土地がそれほど残っていない。
陞爵して、領地が広がればそれも受け入れられるんだが。
「いえ、それが、今回の移民希望者は、職人だということです。農作業の割当は断らないが、基本的には……だそうです」
「職人。ってことは……鍛冶師とか?」
デミ・ドワーフで職人と言ったら、製鉄から鉄製品を仕上げる鍛冶師、というのが相場だと思っていたのだが……
「いえ、酒造家だそうです」
「酒造家!」
俺はその言葉を聞いて、ちょっとときめいてしまった。
確かに、現状で我が領は、基本的に麦やジャガイモの供給で経済を賄っている。
が、酒になると、一気に付加価値がつくし、日持ちもするので、それはそれで高値で取引ができるのだ。
「一応、会うだけあってみようじゃないか」
「承知いたしました」
アイザックは、そう言うと、俺の執務室に、少しぽっちゃりした少年のような装いの人物?を連れてきた。
「お初にお目にかかります、アルヴィン・バックエショフ準男爵閣下。自分は北方ノスラのデミ・ドワーフの村からやってきた、キャメリア・アルバーシュトと申します」
「俺が、マイケル・アルヴィン・バックエショフだ。普段はアルヴィンと読んでくれ」
少し下手に出てくるキャメリアは、どうやら、その声と名前からして、女性のようだった。
それに対し、俺は、できるだけ好意的に挨拶を返した。
「アルヴィン卿、謁見いただき、ありがとうございます。実は、我々の故郷の村では、芋を原料にした酒をつくっていまして、それを人の商人に売って、生計を立ててきたのでありますが……」
「話は訊いてる。芋の不作が続いたんだろう?」
キャメリアが最後まで言いかけたのを遮ってしまいつつ、俺はそう言った。
「しかし芋……となると、サツマイモはこのあたりが北限だし、貴殿らが酒の仕込みに使っていた芋というのは……」
「はい、ジャガイモです」
ははーん、なるほどね。
ジャガイモから酒が造れるのかどうか、俺はよく知らないが、まぁ作れないってことはないんだろう。
「聞けばアルヴィン卿の領地はジャガイモの産地とか。我々にそれらの収穫の一部をお譲りいただければ、高く売れる酒に変えてみせます」
「うん……そう言う事なら、よろしく頼んじゃおっかなぁ……」
俺は、苦笑交じりに、そう言った。
「よ、よろしいのですか!」
「ああ、ただ、税は取るぞ。それについては、承知しておいてほしいが」
俺が即決で判断を下したことに、軽く驚いたのか、キャメリアは目を円くしながら訊き返してくる。
それに対し、俺は、はっきりとそう言った。
「それはもちろんでございます。今の我々としては、定住して酒が造れるだけでも御の字」
「よし、じゃあ、交渉成立だな」
俺は、キャメリアに向かって、手を差し出した。一見、幼いようにも見える手が、それを握り返してきた。
「まずは、アルヴィン卿に試飲していただこうと、今まで作った酒の中から、持ってきたものでございますが」
そう言って、キャメリアは、酒の入った陶器の瓶を差し出してきた。
でも……うーん、今の俺は成人……って事になってるんだけど、なんか20歳未満で酒を飲むのには抵抗あるなぁ、まして今は公務中だし?
「アイザック、試してみてくれるか?」
「は、私が、でありますか?」
俺に振られて、アイザックは驚いたような声を出した。
「ああ、俺はちょっと、酒の味とか、わからないからさ」
俺は、苦笑しながらアイザックに頼む。
「では……失礼して」
アイザックは言い、小さめのコップに酒を移して、それを煽った。
「これは……!」
アイザックの目が、かっと見開かれる。
「かなり強い……しかし洗練された味です」
アイザックの言葉に、今度は俺が驚いてしまった。
「え、これひょっとして────」
「でも、わざわざマークリスの備蓄倉庫を1つ空けて、そこを酒造所にするとか、それほどの価値があるお酒なの?」
キャロが俺に問いかけてくる。
「ああ、来てみれば解るよ」
俺はそう言いながら、その備蓄倉庫改造の酒造所へと、キャロ達と共に行った。
すると、中ではトンカントンカン、と、酒をつくっているにしてはやたら騒々しい音が響く。
「これは……」
キャロが、それを見て、ゴクリと喉を鳴らす。
「どうだ、調子は」
「万事順調っス。仕込んだ樽も、特に問題なさそうっスし」
蒸留器の組み立てをしながら、キャメリアはそう言った。
どうやら、この口調が彼女本来のものらしい。
片隅には、皮を向いて茹でたジャガイモに、酒麹をまぶして発行させている最中の樽が、いくつも並べられていた。
「へぇ……蒸留酒だったのね」
「ああ」
蒸留酒そのものは、ワインを蒸留したブランデーがすでにあるくらいだから、別に珍しいものではない。
ただ、ジャガイモが原料となると、俺もキャロも訊いたことはなかった。
「おお、だいぶアクアビットの蒸留所らしくなってきたじゃないか」
そんな時、声をかけてきたのは、姉弟子だった。
「姉弟子!? アクアビットって……そんな酒、あったんですか」
「なんだ、お前知らなかったのか」
俺が驚いたように訊き返すと、姉弟子はキョトン、としつつそう言ってから、笑いながら言った。
「まぁ、お前は成人したてだし、酒にあまり詳しくないのは仕方ないだろうな」
と、なぜか機嫌良さそうにそう言った。
「姉弟子、だいぶ機嫌良さそうですね……」
俺が、少しジトーっとした目を向けながら言うと、
「いやぁ、アルヴィンが、地酒に手を出したと聞いてな。どんなものが出来上がるのか、今から楽しみだ」
姉弟子の格好で酒は……いや、言うまい、言うまい……。
「恩義を返すためにも、万事抜かりなくやるっスよ」
上の方で蒸留器の組み立てをやっていた、キャメリアが、俺達のそばに降りてきて、胸を叩くようにしてそう言った。