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Chapter-06

 講義のないその日の朝、学生食堂での朝食の後。私、キャロルは、パートナーのエミと共に、ブリュサムズシティ冒険者養成学校、アルバイト依頼斡旋事務所、じゃなくて学生寮の事務所の方にいた。


 ここの掲示板には、当然のことだけど学生寮での様々な案内が貼り出される。生活に関する情報とか、後は食堂の献立とかだけど。


「キャロ、あれ……」


「え?」


 私が、貼り出された掲示物に目を通していると、エミが、掲示板を見ていると背後の方になる、学生寮の正面入口の方を見た。


 そこに、私達より少し年下くらいの女の子が、キョロキョロと周囲を伺っているのを、見かけた。

 冒険者養成学校に入るのが13歳、卒業が14歳だから、11・12歳位。


 まだ早い時間であるためか、外部からの事務受付には、事務員が来ていない。

 それで困っているんだろう。


 私は、見過ごすのもなんだな、と思って、声をかけてみることにした。


「あの、ここで何をしているのかしら?」


「あ、丁度良かった」


 やっぱり困っていたんだろう、私が声をかけると、女の子はぱっと顔を明るくして、私に言葉を返してくる。


「ここに、マイケル・アルヴィン・バックエショフっていう学生がいるよね? 彼とそのパーティーメンバーに会いたいんだけど」


 女の子は、なんだか流暢な感じで、そう言ってきた。


「アルヴィンなら確かにここにいるけど……あなた、彼に一体何の用?」


 私はそう、聞き返したんだけど、


「! ミドルネーム呼びを知ってるって事は、あいつの知り合いか!」


 女の子は、ぱっと顔を明るくしつつ、アルヴィンを「あいつ」呼ばわりして、そう言った。

 確かに、彼をミドルネームで呼ぶのは、その事情を知ってる近しい人物だけのはず……なんだけど。


「そもそもあなたはどなた?」


 私が、そう聞き返した時。


「おっ、キャロとエミじゃないか」


 なんて、声が聞こえてきた。

 アルヴィンのパートナー、今は私達のパーティーメンバーでもある、ジャックの声。


 今日は特に依頼を受ける気がなかったから、朝食のタイミングを合わせていなかった。

 当然、学生寮の居住区画は男女で分かれているし。


「ああ、それが、この女の子が、アルヴィンの事を探しているみたいなんだけど、少し変なのよ」


「変? まぁ、あいつ自身が少し変だからなぁ」


 私がジャックに視線を向けて言うと、ジャックは、一旦キョトン、としてから、苦笑するようにそう言った。


 すると、女の子は、吹き出すように、クスクスと笑って、


「まぁ、確かに」


 と、そんな事を言った。


 すると、ジャックより少し遅れて、アルヴィンが食堂の方からやってきた。


「ああ、アルヴィン、丁度良かったわ」


「? 何が」


 状況を把握していなかったのか、アルヴィンは、一瞬キョトン、としたようになってから、軽くキョロキョロと見回す。そして、その女の子に視線を向けた。


「姉弟子、何やってるんですかこんなところで」


「姉弟子って、え?」


 アルヴィンの言葉に、私は短く言って絶句する。いや、私だけじゃなく、エミやジャックも硬直していた。


「ああ、俺の姉弟子、つまり、西方の魔女ディオシェリルの弟子の1人、リリー・シャーロット・キャロッサ騎士爵だ」


 アルヴィンが、笑顔で普通に紹介したけど……え?


「ええええっ!?」


 私とエミ、それにジャックも、紹介された女の子を見て、驚きの声を上げてしまった。


「うーんまぁ、無理もないか、こんなナリだからね……」


 女の子……もとい、アルヴィンの姉弟子、キャロッサ卿は、困ったように苦笑しながら、そう言った。


「ちなみに、みんなにとっても先輩に当たるんだ、この学校の卒業生だからね」


 アルヴィンは、私達に紹介するように言ってから、顎をつまむような仕種をして、視線を上に上げる。


「えーっと……いくつ上でしたっけ?」


「こらこら、女性の歳がバレるような話をするんじゃない」


 アルヴィンが、多分、半ば故意犯的にヘラヘラ苦笑しながら言うと、キャロッサ卿は、わざとらしく憤ったような表情を作って、そう言った。


 まぁ、高位の魔導師、特に女性は、一定の年齢で容姿を固定していることが多いって聞くけど……


「ま、それ言ったら師匠なんて、それこそいくつになるんだって話ですけどね、バックエショフ家(うちの実家)の成り立ちに関わってるっていうぐらいですから」


「そうだなぁ、確か、四捨五入すれば200になるんじゃなかったか、あの人……」


 アルヴィンとキャロッサ卿は、そう言って、悪ふざけ混じりに笑い合っていた。



 立ち話もなんなので、場所を談話室に移して。


「すみません、キャロッサ卿、先程は失礼しました」


 私は、エミやジャックとともに、頭を下げて非礼を詫びる。


「ああ、いいよいいよ、気にしないで」


 キャロッサ卿は、手のひらを前に出すようにしながら手を振って、苦笑しながらそう言った。


「それに、その、リリーでいいよ、騎士爵と言っても、村にもならない集落がある小さい土地持ってる程度で、実際領主らしいことはあんまりしてないからね」


 キャロッサ卿……リリーさんはそう言った。まぁ、確かに、実質法衣貴族みたいなものだけど、一応小さな領地は持ってるって感じの騎士爵は結構いる。

 だいたいは、寄騎にした上位の貴族が、領地で新たに開拓した土地とかを、1代限りで分け与えたりしてるんだけど……


「でも、魔導師が容姿を固定しているって話はよく聞きますけど……リリーさんはなんでそんな幼い姿にしてるんですか?」


 失礼と知りながら、私は訊いてしまった。だって、さっきみたいに、大人に見られなくて不便になることだって多いはず。


「…………」


 リリーさんの表情が、笑ったまま凍りつくようにして、軽くひきつる。


「うん……まぁ……一応、この姿、私が16の時の姿なんだけどね」


「ええっ!?」


 思わず、声が漏れてしまう。


「あ、す、すみません、失礼なこと、訊いてしまって……」


「いや、いいよ、よく言われる話だから」


 私は慌てて、再度深く頭を下げたけど、リリーさんは笑い飛ばすように苦笑しながら、そう言ってくれた。


「で……姉弟子、今日は一体何の用です?」


 アルヴィンが訊ねる。このままリリーさんの容姿の話題ばかりしていてもしょうがないと思ったのかもしれない。


 すると、リリーさんは、少し困ったような、怒ったような表情をして、


「何の用って……それはこっちの台詞だよ、お前がいつまで経ってもお館様のところに顔を出さないから、何事かと思って訊ねてきたんだ」


 と、アルヴィンにそう言った。


「お館様?」


 私は、リリーさんの言い回しに、思わず聞き返してしまっていた。


「ああ、うん、ブリュサンメル上級伯のこと。私は上級伯の寄騎でね、普段はお抱え魔導師みたいなことをしてるんだ」


 ああ、なるほど、そう言うことなのね。


「それで今日は、不肖の弟弟子が、もう卒業も間近いってのに一度もお館様のところに足を運ばないから、その事で釘を差しに来たって言うわけ」


 リリーさんがため息交じりにそう言った。


 冒険者養成学校に通う者、つまり冒険者志願者は、基本的に一旗揚げて、その功績でなにか地位や財産を得ようとしている者が多いわけなんだけど……

 その逆も然りで、冒険者養成学校の成績優秀者は、後々功績を残すかもしれないから、在学中に囲っておこう、っていう領主が多い。


 ブリュサンメル上級伯も、その一般的な例の1人なんだろう。


 で、当の本人も、授爵の機会が貰えたり、高位貴族に陪臣として士官できたりするから、普通は、領主に自分から売り込もうって考える人間が多いのよね。


 アルヴィンは、出世欲がないから、普通の枠内に入ってないんだけど。


「え……あ……まぁ、別に避けていたわけじゃないんですが」


 嘘だ。

 実際面倒くさがって行かなかったんだろう、この前の話でアルヴィンの行動パターンが、少しは読めるようになった。


 やっぱりその事はわかってるのか、リリーさんは、はぁ、と困ったようにため息をついた。


「お前さんが目指す生き方は私も知ってるけど、一応の礼儀ぐらいは通しておきなよ? まぁ、お館様はそれぐらいで目くじら立てるような人じゃないからいいけど」


 リリーさんは、仕方ないなぁ、と言った感じで苦笑しながら、そう言った。


「そうですね、近いうちに」


 アルヴィンは、明らかに適当な返事でお茶を濁した。


「それで、その──」


 リリーさんは、苦笑から“苦”を消して、私達に視線を向けてきた。


「今、アルヴィンと固定パーティーを組んでるみんなも、結構成績上位だっていうじゃない」


「え、あ、まぁ……一応、上位に入ってるって自覚はありますけど……」


 私は、苦い愛想笑いをしながらそう言った。


 悔しいけど、実際、総合順位じゃ私もエミも、ユリアやルイズよりは下なのよね。もちろん、同期生全体の中では、圧倒的な上位ではあるんだけど。


「だから、みんなも一度はお館様にあっておいて損はないと思ったんでね、その話もしておこうと思ったんだ」


 リリーさんは、そこまで言うと、傍らにいたアルヴィンの首根っこを、掴むようにする。


「あででで、姉弟子、苦しいです……」


 そう言うアルヴィンの言葉はサラリとスルーして、


「ついでに、この不肖の弟弟子が、いつまでもグズグズしているようだったら、引っ張ってきてくれるとありがたいかなって話で」


「あはは……わかりました」


 苦笑して言うリリーさんに、私は一度エミやジャックと顔を見合わせてから、三人で笑顔になって、そう言った。


「よろしく頼んだよ」


「はい、大丈夫です。首に縄くくってでも連れていきますから」


 リリーさんの言葉に、そう答えたのは、ジャックだった。


「お前らも姉弟子も……人のことをなんだと思ってんの?」


 アルヴィンが、ようやくリリーさんの手から開放されて、喉元を擦るようにしながら、不貞腐れたように、そう言った。


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