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Chapter-62

 それにしても……


「これで食べるお魚って、ほんと美味しいわぁ」


 キャロが言う。俺も全く同意だ。


 灌漑事業の視察やら資材買付なんかで、後回しになっていたが、遂にアル・ソルの実物をマークリスまで運んでもらった。


 その味……まさに醤油。


 厳密には前世でお馴染みだった濃口醤油とは少し違うようだが……

 具体的に言うと、しょっぱさが少し控えめで、その分やや香りが強い。


 だが、何よりこの舌がこの味を覚えている。

 これは……醤油だ。


「何よアルヴィン、泣くほど美味しいの?」


 感動に浸りながら口に飯を運ぶ俺に、キャロがそう言ってきた。

 あかん。あまりの感激に涙まで出てたか。


「いや、懐かしい味だな、と思ってさ……」

「懐かしい?」


 キャロが、こくん、と小首をかしげた。


「バックエショフ……オズボーン・バックエショフ子爵領でも、アル・ソルをつくっていたの?」

「いや……そういうわけじゃないんだが」


 キャロの問いかけに、俺は思わず反射的に、笑って誤魔化してしまっていた。


「日持ちはするとのことですが、帝都でも流通していませんでしたし……」


 ミーラも、少し困惑したように言う。


「ひょっとして、前世の記憶?」


 エミが、ズバリ言ってきた。


「ああ、前世ではショウユって言ってな、若干違うんだが……これに似た調味料があったんだよ」

「なるほどねー、前世の記憶かー」


 キャロが、そう言いながら、しみじみとアル・ソルの小皿と焼き魚、米の飯を眺める。


「そうすると、アルヴィンにとっては15年ぶりの……その、ショウユということになるんですね?」

「うーん、まぁ、そういうことになると思うんだが、俺が前世の記憶を取り戻したのは、11の時だったしな。実感としては4年ほどってところか」


 ミーラの言葉に、俺は思い返すようにしてそう言った。


 アル・ソルには、小麦を原料とする、色のほとんどない透明に近いものもあった。

 こちらも、少し風味は違うが間違いなく醤油の味がした。


 確か、前世にも白醤油ってあったんだよな。原料が小麦だったかどうかまでは思い出せないが。


 少し残念な所もあるとすれば、米の品種がコシヒカリのようなジャポニカ種の米とは少し違うようだった。

 元々、この一帯の気候が高温多湿の前世の日本とは違うんで、水が少なかったり夏あまり暑くならない気候でも栽培できるような品種が生き残ったのかも知れないが。


 稲作なら、ここより南方の()実家の気候なんかピッタリの気がするが、稲作をやっていた記憶はないなー。

 いや、()実家の記憶って意外と曖昧だから、俺が忘れてるだけかもしれんが。



「──というわけで、アル・ソルの生産量を多くしたい」


 俺は、領地開発の会議の場でぶち上げた。


「規模はどれくらいで?」

「最初は領内で日常的に消費できる程度に、もっと長期的に、まぁ数年以上かかって良いんだが、帝都まで売りに出せる程度にしたい」


 訊き返してきたセオ兄に、俺はそう言った。


「人員に関しては、用水路の整備でこれまで人力灌漑に依っていた分の、農民の家族に仕事がない者が発生している。余剰の人員を職人に回すのはありだとは思うが」

「足踏み水車かー、そう言うものも使ってたわけだな」


 今までそういう仕事に駆り出されていた層に、別の収入源をつくれば経済が潤うな。


「ただ、アル・ソルを増産するとなると、まず塩田の拡張から始めないとならないな」

「あ、そうか塩か……」


 実際の中世ヨーロッパでは、塩の生産は海の沿岸部ではなく、内陸の岩塩だったはずだが……

 と、言っても産業革命一歩手前の状況まで来てるってことは、もう海から塩を取るのが普通になっているのか?


「しかし、それも含めて目処が立たないことはないだろう。あとは領主の判断次第だが」

「わかった。じゃあ、その方向で動いて欲しい」


 セオ兄の言葉に、俺はそう答えた。


「了解」


 打てば響くと言ったように、セオ兄はそう言った。



 農耕地の区画整理自体は旧マークル子爵の時代にある程度終わっていて、それはあまり考えなくてすんだんだよな。まぁ、それも古くからの低い水路を引くためだったんだが。

 農地の改革と余剰人員の再配置は順調に進んでいるわけだが、そうなると忘れちゃならないことがある。


 税務改革だ。村ごとの税務監理官の教育は進んでいたが、彼らはあくまで、税率に対して帳尻を合わせる役。領地全体の税務監理をする人間が必要になってくる。

 で、その人材を、ひとまずはローチ家から借りられるようにお願いしてあったのだが……


「お初にお目にかかります、アルヴィン・バックエショフ卿。私はタバサ・ジンデル・ローチと申します。ローチ伯爵の長女で、エミの姉にあたります」


 てっきり引退した人間が来ると思っていたんだが、やってきたのはエミの姉という人物だった。つまり、長兄ウィリアムから見た妹ということになる。


「初めまして、自分がマイケル・アルヴィン・バックエショフです。普段はアルヴィンと呼んでください。

「了解です。アルヴィン卿。妹がお世話になっています、いえ、お世話になります、ですか」


 タバサは、にこりと笑いながら、そう言ってきた。


 美人ではあるのだが、エミとは少し感じが違う。何より、エミのように黒髪ではない。これも、母親が違うためか。

 ただ、女性にしては長身ではある。それは、ローチ伯の血筋ということなのだろうか。


「姉上、久しぶり」

「久しぶりね、エミ。貴方も少し、美人になったかしら?」


 エミは口元で笑みを浮かべながら、タバサに挨拶する。

 タバサも、親しげにエミに語りかけていた。


 うーん、この兄妹、確かに兄妹同士だけなら、仲がいいんだろうなぁ。


「私が美人になったんだとしたら、それは、多分、アルヴィンのおかげ」

「ふふ、なるほどね」


 エミが、少し照れたように言うと、タバサが、俺を値踏みするように見つつも、微笑みながら言う。


「あ……えと、あの、税務監理をお願いできる人間を、ローチ伯にはお願いしておいたのですが……」


 俺が訊ねると、


「はい、ですので、私が来たというわけです」


 と、タバサは、軽く胸に手を当てながら、笑顔でそう言った。


「父は信頼できる人間を自領の税務監理に就けようと考えておりまして、ゆくゆくは私に婿を取らせて、税務監理を任せようということになっているのです」


 ああ、なるほど?


「ということは、タバサさんは税務監理の勉強を?」

「はい、勉学で覚えられる事は一通り覚えておりますので、アルヴィン卿の下で実地を積ませていただけたらと言う事になりまして」


 それなら言うことはないな。任せても大丈夫そうだ。


「それなら、よろしくお願いします。あまり複雑な税を課すつもりはないので、会計の正確性と不正の防止を重点的にお願いできるとと思います」


 俺は、笑顔でタバサにそう言った。


「ええ、よろしくおねがいしますね」


 タバサの差し出した手を、俺は握り返した。



「さて、これで領内の体制はとりあえず構築できたわけだけど……」


 俺は、公務を終えた後の領都屋敷で、リビングでくつろぎながら、そう言った。


「そうだな、そうすると、後の大きな問題は1つだけだな」


 姉弟子が、エミが作ったらしい焼き菓子を食べながら、言う。


「大きい問題と、言うと……」

「決まってるだろう」


 うん、決まってるんだよなぁ、これが。

 まだ、あんまり話題に出したくなかった気もするんだけど、避けては通れない道。


「お前の結婚だ」


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