Chapter-51
「ちょ……ま………」
キャロが、どうにか絞り出すような感じで、そう声を出した。
ハッキリ言って、この前倒したドラゴンなんか、こいつと比べたら、でかいトカゲみたいなもんだ。
恐怖を煽る凶悪な巨体、だが、同時に漂う威厳のような雰囲気。
「人間共が……また懲りずに来たか……」
エンシェント・ドラゴンは、声なのか、直接俺達の脳に響かせてくる思念通話のようなものなのか、とにかく、低く響く声で、そう、語りかけてきた。
「あ……あ……っ」
明確な意思を持って、真っ先に前を進んでいたはずのミーラが、半ば恐慌状態で、立ち尽くしてしまっている。
「立ち去らぬというのならば、貴様らも灰に変えるしかあるまい!」
ドラゴンは、そう言うと、軽く息を吸い込む。
「ミーラ! ブレスくるぞ!」
俺は、地面に伏せながら言う。ハッキリ言って、気休め以外の何物でもない。この前と違って、遮蔽物らしい遮蔽物などないのだから。
だが。
「グローリー・グレート・ウォール」
ブォオォォォッ
下位種ドラゴンのそれとは比べ物にならない、青白い超高温のブレスが吐き出された。
だが、ミーラは少し慌てつつも、自らの盾を前に立てるように突き出し、光の防壁の魔法を展開した。
ブレスが、その光の壁に当たって、散らされていく。
「すごい! ミーラ、エンシェント・ドラゴンのブレスを防げるの!?」
キャロが、感心したように声を上げた。
「はい、ですが、何度もは、持ちません……」
「いや、我の攻撃を凌いだだけでも、大したものだ。敬意を表して、全力で挑むとしよう」
ミーラは困惑気に言ったが、ドラゴンは、感心したように言いつつも……
全力で!? 冗談じゃない!
「キャロ!」
エミの声。
キャロを狙って、ドラゴンの前脚が振り下ろされる。コンクリート……にしては、妙に柔らかいそれを崩すが、キャロは、間一髪、跳躍でそれを避けていた。
エミが、その前脚に向かって、オリハルコンの剣で切りつける。
「ぬぅ……」
極端な悲鳴ではないが、明らかに傷をつけられ、ドラゴンはくぐもった声を上げる。
「待て、待て待て待て、待ってくれ!」
俺は、エミとドラゴンの間に割って入り、手足を広げて、遮るように言った。
「俺達は、アンタに敵意はない。退けと言うなら、退く。ただ、その理由が、できれば知りたいだけなんだ!」
俺は、ドラゴンに向かってそう声を張り上げた。
ハッキリ言って、エンシェント・ドラゴンにとどめを刺す手段なんて、ないからな。
口八丁で、この場をやり過ごすしかない。
「むぅ……?」
だが、ドラゴンは、なぜか、立ちはだかった俺を、不思議そうな目で、凝視してくる。
「お前は…………」
ドラゴンは、攻撃を止める。
こちらからも、姉弟子がうまく動いて、手を出させないようにしてくれた。
「よかろう……お前は、この先の物を見るべき人間だ……」
「え?」
ドラゴンの、意外な言葉に、俺は、目を円くしてしまった。
「アルヴィンは……お前のいる先を見る資格があるってことか?」
「そうだ」
姉弟子の問いかけに、ドラゴンは、静かにそう答えた。
「それは……それは有り難い」
俺は、一瞬言葉を噛んでしまいかけつつ、そう言った。
この先に何があるのか、このドラゴンは何を守っていたのか、それを知ることができれば、上級伯からの依頼は果たしたことになるだろう。
「だが、俺1人では流石に心もとない。仲間を連れて行くことはできないか?」
「よかろう、ただし、1人だけだ」
俺の他に、1人、か。
「それと、もう1つ条件がある。1時間半の間に戻ってくること。それが、条件だ」
「解った。それも承知しよう」
俺は、ドラゴンにそう答えつつ、同道を頼む仲間を選ぼうと、皆を見渡した。
2人きりになってしまうことを考えれば、戦力的には、やはり姉弟子、次点でミーラか。
いや……しかし……
俺は、僅かに迷った末、
「キャロ、一緒に来てくれるか?」
と、声をかけた。
「ええ、解ったわ」
俺がそう決めたなら異存はない、と言った感じで、キャロは力強く、そう答えてくれた。
「姉弟子、もし俺達が戻らなかったら、その時は、皆を頼みます」
「ああ、頼まれた」
俺は、姉弟子に、いざという時に他のメンバーを逃がすことを頼んだ。
「よし、キャロ、行こう」
「ええ、解ったわ」
ドラゴンが塞いでいた場所から、キャロと2人きりで、カンテラの光を頼りに、更に奥へと進んでいく。
コンクリート……いや、間違いない、この床は、アスファルトだ。その床を踏んで、奥へと進んだ。
「ねぇ、ひょっとして、この場所……もしかして、超巨大な、建物なんじゃないかしら?」
言われてみれば……そうか、2層で感じた違和感も、それだったんだ。
「どうやら、そうみたいだな……」
2層の床は、巨大なこの建物の、屋上だったのだ。
しかし、なぜこんな建築物が、地下に埋もれているのか。
そして、エンシェント・ドラゴンなんかが、守っていたのか。
「ねぇ、アルヴィン、見て!」
キャロが声を上げる。
「建物よ。巨大な建物の中に、また建物があるわ」
本当だ。
なんか、カマボコ型のドームのような建物が4つ、少し離れたところに、箱型の建物が、2つ。
「神殿……みたいなものかしら?」
ううん……たしかにそう見えなくもないが……
いや? 俺、なんかどっかで、これとよく似た光景、見た覚えがあるぞ。
どこだったかな……
俺が、考え込んでしまっていると、
「ねぇ、アルヴィン!」
と、また、キャロが、なにかを発見した。
どうやら、好奇心にかられて、あたりを観察しながら進んでいるようだった。
「これ、壊れてしまっているけど、門じゃないかしら? 鉄製の」
「確かに、そうっぽいな」
キャロが指したのは、しかし、この世界ではまだ一般的ではない、車輪とレールで横にスライドするタイプの、鉄格子の門の残骸だった。
「何か、描いてあるな……」
土汚れで、うまく見えない。
俺は、手で、その、門の残骸についた板切れの、土汚れを、落とした────
「!!」
なんだ……これは……
おい、冗談だろう? このマーク……
「ねぇ、アルヴィン、こっちにも、看板みたいなものがあるんだけど!」
キャロが、あたりに散乱する瓦礫の中から、それを見つけて、俺に声をかける。
「これ、文字かしら? 記号? なんだか変にカクカクしているわ……」
キャロが、そう言って、難しい顔をするそれは。
俺には、簡単に、読めてしまった。
見たことが、ある光景のはずだ。
あの日、あの時、嫌と言うほど、見せられたのだから。
「ああ……ああ……」
「どうしたのアルヴィン、アルヴィン?」
「うぁあぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ!!」