Chapter-37
翌日。
枢密院の使者が、俺の、バックエショフ準男爵家の帝都屋敷にやってきた。
俺に下賜される領地が決まったのだ。
こんな、暮れも押し迫った時期にとも思うが、
逆に、法衣貴族ではなく、下賜領地を得ると決まった以上、年明けのんびりしてからというのもまずいという判断だろう。
俺と、枢密院の役人とで、応接用のソファに向かい合って腰掛ている。
その間にあるテーブルに広げた、地図で示されたのは、ローチ伯爵領のほぼ、真東の土地だった。
面積は、ローチ伯爵領の1/4より少し広い程度。
……と、言うことは、面積あたりの税収の高い、つまり、結構開発されている土地ということだ。
帝都からは、少し離れてはいるが……
その代わり、ブリュサンメル上級伯領とも、結構近い。
具体的に言うと────と、言うか。
そもそもが、エミがブリュサムズシティの冒険者養成学校に通っていることで分かる通り、ローチ伯爵領とブリュサンメル上級伯領が、隣り合ってんだよな。
で、俺が下賜される領地は、ローチ伯爵領の南側と、ブリュサンメル上級伯領の北側が隣接しあっている、そのローチ伯爵領の南側の境界線の延長線上、その北側。
ただ、丁度そこから、未開の山地が横たわっていて、その領地とブリュサンメル上級伯領とは、直接は隣接していない。
「っていうか、これ、うちの領地と隣り合ってるじゃないか」
そんなことを言ったのは、俺が同席を頼んだ、姉弟子だった。
俺1人だと、どんな領地を下賜されるんだか、わからんからな。
ちなみに、姉弟子の反対側の隣には、キャロが座っている。
「え? そうなんですか?」
そのキャロが、少し驚いたように、俺越しに姉弟子に訊ねた。
「ほら、ここだよ」
姉弟子は、そう言って、地図の一点を指した。
そこは、丁度、ローチ伯爵領の東南の端で、東側がさっき言った、未開の山地という場所。北側を俺が下賜を受ける領地、西側ローチ伯爵領、南側をブリュサンメル上級伯領に囲まれた土地だ。
…………と、言っても、地図の上だとマジで文字通りの一点、ちょっとした都市1個分の、狭い領地だったが。
とにかく、リリー・シャーロット・キャロッサ騎士爵領は、確かにそこに存在していた。
「リリーさんの領地と隣接しているとなると、気が楽なんじゃない?」
キャロはそう言ってくるが、姉弟子は実質法衣貴族みたいなところを、小さな領地を形式的に持ってるぐらいってなもんでな……
「そうだね、新参領主の新参が取れないうちは、多少の面倒ぐらいは見てあげるよ」
俺が、キャロにそれを言っちゃったもんか気にしていたら、当の姉弟子が、キャロの方を向きかけた俺の後ろどたまに向かって、そう言った。
「でも、そこそこ開発が進んでいる領地のように思えるんですが、やっぱり、曰く付きの領地なんですか?」
俺は、役人にそう訊ねた。
曰く付き。
つまり、お家騒動かなんか起こして、お取り潰しになった家の領地じゃないか、ってことだ。
まぁ、立場からすれば、そんな領地をでも、俺が文句言える立場じゃないんだが。
ただ、枢密院が評価する石高の割に、荒れちゃってて、実際の生産力が落ちている事が多い。
「っていうか、これほとんど、旧マークル子爵領ですよね?」
姉弟子がそう言った。
うげ、やっぱりそうなんか、と、俺が思いかけた時。
「旧マークル子爵家って、確か、最後の当主が亡くなられた時に、ご自分の遺言で領地を返上したんじゃなかったかしら」
と、キャロが、記憶を辿るように、そう言った。
「キャロは知っていたか」
姉弟子が、そう言った。
「最後のマークル子爵家の当主、サリー・ラッセルズ・マークル卿は、病気がちでね、子供を遺せなかったんだよ」
……うん? 子供を遺せなかった?
あ、いや、そうか、女性当主だったのか。それじゃあ序列夫人や妾に、ってわけにも行かないな。
「それで、縁戚筋が揉めるといけないから、って言うんで、早いうちに遺言で、自分を最後の代として、爵位と領地を返上されたんだ」
姉弟子が言う。
なるほどそれなら、確かに曰く付きかもしれないが、内紛で荒れっぱなし、なんて心配はいらないだろう。
領地そのものにも、問題点がまったくないわけでもなかった。
多少、水利が悪い。
多少、とは言うんだが、少し日照りが続くと、たちまち干ばつが起こってしまう、ということだ。
しかも、俺の領地が基本的にローチ伯爵領より海側、つまり、ローチ伯爵領より、水源の下流側にあるってことだ。
南側の山地からも、多少は流れ込んできてはいるみたいなのだが。
まぁ、あのウィリアムの妹ラブっぷりを見た後なら、エミも困らせると知って、ローチ伯爵家が嫌がらせをしてくるとは思えない。
だが、ローチ伯爵家も自分の領地を守る義務がある。極端な水不足になった時に、自領を犠牲にしてまで、というのは、逆に褒められない。
まぁでも、新参貴族に下賜される領地としては、破格の良物件であると言っていいだろう。
ちなみに、元実家のバックエショフ子爵領とは、ブリュサンメル上級伯領を挟んで、南北に反対側だった。
まぁ、これなら、元実家でお家騒動があったとしても、よっぽどのことでもない限り、ローチ伯の寄騎である俺に、ブリュサンメル上級伯が出兵を要求してくることはないだろう。
まぁ、俺がそこに拘るのはには理由がある。
実はこれは半分原作知識なんだが、父上はまぁ、領主として可もなく不可もなくってところなんだが、問題は公子である長兄ってのが、壊滅的にアホでなぁ。
何をしでかすか、解ったもんじゃないのだ。
だから、なんか揉め事起こしても、俺はもうローチ伯の寄騎だから、で、知らぬ存ぜぬを決め込む。
いくらミーラに会って変わったと言っても、やっぱしそこは、譲れないもんである。
つーか、むしろミーラを、あんな家のゴダゴダに巻き込みたくないわい。
で、俺の領地は、これで正式に決まったものの、実際に治権を行使できるようになるのは、俺が成人した翌年から。
冒険者養成学校を春に卒業して、その年が、アドラーシールム帝国での成人の年だから、ほぼ向こう1年と3ヶ月は、地元の名代任せってことになる。
と言っても、多少以上には口出しできるし、悪代官なんぞがはびこっていたら、助さん格さんならぬ、キャロさんエミさん、なんてことぐらいはできる。
まぁ、その分、領主としての責任も、免れるものではないんだが。
要するに、領地に張り付く必要がないってことだ。
でもまぁ、どうしようかな、卒業したら、経緯から言ってブリュサムズシティにはちょっと居られないし、帝都で引き篭もりするぐらいなら、さっさと領地入りしても良いかもしれん。
「これで、ある意味キャロ、それに私やエミの責任も、重くなりましたね」
枢密院の役人が引き上げていった後、ミーラがそう言った。
うん? どういう意味だ?
「え、あ、そう言う意味!?」
「? 何をそんなに、驚いているの?」
俺は、ミーラの言葉を理解した瞬間、思わず声に出してしまった。
エミが、不思議そうな顔で覗き込んでくる。
ミーラの言った意味、つまり、世継ぎだ。
旧マークル子爵家が、そう言う終わり方をしている以上、領民は、新しい領主には、お家安泰を望んでいるだろう。
下世話なことを考えてしまって、俺は思わず、声に出してしまったんだが、そう考えると、確かに、俺の実の子孫にしろそうでないにしろ、バックエショフ準男爵家を次代に渡すのは、俺にとって重責ということになる。
キャロには、もう正式に、婚約指輪を贈った。
前世のように華美なものではなく、四ツ葉のクローバーの意匠の飾りのついた、プラチナだが、宝石が嵌っているというわけではないリングなんだが。
この世界、アドラーシールム帝国、というか、「五柱神聖教」の領域での慣習では、婚約指輪ってのは、そう言うものらしい。
で、実際、結婚の際に渡す結婚指輪は、願いを込めた宝石の嵌った指輪を、ってことだそうだ。
それと、序列夫人候補として、これは慣習ではないが、エミとミーラにも、プラチナのシンプルなリングを贈った。これは、クローバーの飾りはない。
でもな、キャロ、その指輪見ながら、「えへへへへ……」と、緩んだ表情見せるのは、俺としては贈り甲斐自体はあったわけだが、人前ではみっともないから、屋敷の中だけにしてくれよ?




