Chapter-11
本来は、古の時代の魔導師が、その生命の根源まで再構成するため、超高温を発生させる目的で作り出されたという、大灼熱魔法。
俺、アルヴィンが放ったそれは、まず、ドラゴンの顔面を灼き尽くした。
それは、明確な指向性を持って、ドラゴンの肉体を包み込み、洞窟の、ヤツがやってきた方、その身体から尻尾の方へと向かって、流れていった。
自身が高温のブレスを吐くドラゴンであっても、こいつの熱には、いくらなんでも、堪えられないはずだ。
炎の奔流が晴れた後、果たして、ドラゴンの姿は、まだそこにあった。
「そん……な……」
キャロルは、一瞬、絶望のような顔をした。
ジャックも、同じような表情をして、2本目の矢をつがえた弓を、呆然と持ち続けていた。
だが、
「ううん、極まっている」
エミが、そう言った。
ドラゴンは、原型はなんとかとどめていた。
だが、それだけだった。
超高温に全身を灼かれたドラゴンは、既に息絶え、ただ、グラリと、その巨体を崩れ落ちさせた。
「やった…………」
呆然としながら、ジャックが、ようやく絞り出すように、呟いた。
「やった…………」
キャロルもそう声を出す。
「やった! やったわ! アルヴィン! あなた、ドラゴンを倒したのよ! 凄いわ! やっぱり、あなたは天才なのよ! アルヴィン!」
喜びに歯止めが効かないのだろう、キャロルは、跳ねるようにしてはしゃぎながら、俺に抱きついてきた。
だが、俺は────
「はは……そうか……やった……のか……はは……」
「アルヴィン?」
目はしっかり開いているはずなのに、視界が急激にぼやけていく。
この、感覚は……
「アルヴィン!!」
ぐらり、と、全身の力が抜け、倒れかけながらも、自分の身体が、まるで浮いているかのような、感覚。
直ぐ側で叫んでいるはずなのに、遠ざかっていくキャロルの声を最後に、その意識を、手放そうとしていた。
──まぁ、今度は、皆、助けられたし、まぁ……いいか……────
……
…………
……………………
見慣れぬ、天井。
その視界の中に、見慣れた存在が飛び込んできた。
「あ……姉弟子」
「『あ……姉弟子』、じゃあない」
姉弟子は、ベッドに横たえられた俺を覗き込むようにしつつ、ため息まじりに、呆れたような声を出した。
「まったく、無茶をする。いくらお前でも、あの魔法を、ドラゴンへの攻撃に使うだなんて」
「すいません、他に、方法が思いつかなくて……」
どこか憤ったような姉弟子の言葉に、俺はただ、そう言うしかなかった。
「まる2日、眠り続けていたんだよ? その間、お前さん達の仲間が、どれだけ心配したことか……」
ため息まじりに、姉弟子は言う。
「そうだ……皆は……無事……ですか? って、あれ……? ここは……どこですか?」
「質問は一度にひとつにしろ」
そう言いつつ、姉弟子は、穏やかに苦笑する。
「ここはダールグーン代官の屋敷さ。流石にここの安宿に、お前さんをほっぽりだしてはおけなかったからね」
姉弟子は、まず、その問いに答えてから、
「お前さんの仲間については……ま、見れば解るよ」
苦笑交じりにそう言うと、姉弟子は、部屋の扉の方に向かって、
「おおい、アルヴィン、目を覚ましたよ、皆、入っておいで」
と、声を張り上げた。
すると、扉がそっと開き、キャロルにエミ、それに続いてジャックが、入ってきた。
「ごめんなさい……アルヴィン……あなたに無理をさせてしまって」
キャロルが、開口一番、しょげたような様子で、そう言った。
「いや……いいんだよ。それしか皆が助かる道はなかったんだしさ、それに、俺もちゃんとこうして生きてるみたいだし」
「でも、私達のために、アルヴィンが無理をしたのは、事実」
エミが、自分を責めるかのように、そう言った。
「そうだな……結局、俺達、お前に頼ってばかりだってことだしな……」
ジャックまでもが、珍しく、神妙な顔で言う。
「ジャックがそこまで言うなんて……こりゃ、天気でも崩れるのかねぇ」
「って、どういう意味だよ、そりゃ!」
俺が苦笑しながら言うと、打てば響くかのように、相棒は、ツッコミを返してくれた。
「でも、そうは言うけどよ? 無茶してたのは、皆だって一緒だろ?」
「え……?」
俺の言葉に、3人が揃って、キョトン、とする。
「俺が魔法を発動させるまでの間、結構無茶苦茶なことやって、時間稼いでくれたじゃないか」
「それは……なんって言うか……」
「私達も、ドラゴンを倒すのは、アルヴィンにしか出来ないと思っていたから……」
「俺なんか、結構後ろに下がってたしな……」
キャロル、エミ、ジャックが、それぞれきまり悪そうに、そう言った。
「いや……皆がいなきゃ、俺1人じゃどうにもならなかったさ。……うん、皆のおかげで、あのドラゴンは倒せたんだ。皆も引け目なんか、感じる必要ないよ」
俺は、力が入らないまま穏やかに笑いながら、そう言った。
「けど……」
「ああ、もう」
キャロルがさらに何か言おうとした時、焦れたような声を出したのは、姉弟子だった。
「4人とも無茶苦茶してるんだよ、その事を自覚しろ、何度もこんな事態になってたら、生命がいくらあっても足りないよ? いくら冒険者でも、命あっての物種なんだからね」
「…………はい」
姉弟子の、少し説教じみた言葉に、俺は、というか、俺達は、神妙な面持ちで、そう返事をしたのだった。
「でも」
俺達を叱り飛ばしていたかのような姉弟子の顔が、ぱっと綻ぶ。
「よく帰ってきたよ、4人共……よくやった」
姉弟子は、そう、俺達を労うように、褒めてくれた。
その後。
俺はまだ全身に力が入らず、もう2日ほどダールグーン代官の屋敷に厄介になることになってしまった。
でも。
これで俺達、ドラゴン・スレイヤーなんだよな。
そう、俺じゃなくて、俺達が。
原作──『転生したら辺境貴族の末っ子でした』では、マイケル・アルヴィンが最初に対峙するドラゴンは──アンデッド・ドラゴンだったんだから。
そう、以前説明しかけた、エンシェントドラゴンが厄介な存在になる事象──それは、エンシェントドラゴンが、リッチのようなノーブルアンデッドになってしまった存在だ。
こうなると、周囲の生けとし活ける者すべてからその精気を吸い尽くしながら、移動し続ける、…………ちょっと他に例えが見つからない、惑星規模の大災厄となってしまう。
もちろん物理攻撃なんて効きゃしないし、魔法攻撃も、……いわゆる事象を具現化する現理属性魔法では、炎の魔法なら、まったく無力ではないかな、程度の勢い。
原作のマイケル・アルヴィンは、虚理属性魔法とされる、光属性の魔法にもそこそこ長けていて、それを駆使して、いきなりアンデッド・ドラゴンと戦う羽目になるんだが……
実は、俺はこれがそれほど得意ではなかったりする。いや、まったく使えないわけじゃないんだが。
ちなみに言うと、姉弟子も似たようなもん。
で、そんな相手だから、マイケル・アルヴィンは、他の仲間の力を借りずに、ほとんど1人で、このドラゴンを対峙する事になるんだ。
でも、俺は違った。確かに倒したのは下位種のドラゴンかもしれない。でも、仲間と……皆の力を借りて、あのドラゴンを倒したんだ。
俺のことを信じて、飛び出して行った皆。
皆のことを信じて、究極魔法に賭けた俺。
なんか、なんか、面倒くさいのは嫌だな、って、現世ではそれを避けるつもりで生きてきたけど。
まぁ、でも、こんなのも、悪くないかな……
そう思いながら、俺は、再び微睡みの中に落ちていった。